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#溺愛
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「……あの『悪乳(あくにゅう)』の会議、今日もふざけてたな」
「なんだよ、それ」
佐藤のボヤきに、僕は箸を止めた。
「コンサルの蓮沼だよ。悪い乳と書いて、悪乳。いいか、あいつの前面アセット(胸部)は人類の宝(SSR級)だ。一回でいいから、この手のひらで直接、本物の重みと弾力を確かめてぇ……ッ!」
佐藤の手は、もはや空中で何かを捏ね上げる職人のような躍動感を見せている。指先の絶妙な動きが、そこに「あるはずのない感触」をリアルに再現していた。
「はあ……」
「……だがッ!」
佐藤がバッと両手を握りしめ、空中の幻影を握り潰した。
「エンジニアとしての俺の魂が、全力でアンインストールを叫んでるんだよ!俺たちの設計書を全否定して、マージン見え見えのクラウドに強制移行だぞ? 一体キックバックいくら積まれたんだよ。本能が求めても、俺はあのアマを拒絶してやる!」
呆れる僕の隣に、王子谷がスッと滑り込んできた。
「……先輩。あの女の会社の住所、ただ『私書箱』っすよ」
「実体がない……? まさかコンサルは偽装で、本当の目的は……」
嫌な予感が背筋を走る。涼香の前職はM&Aアドバイザー。企業の価値を引き上げ、解体して売り払うプロだ。
「登記簿と決算書によるとほぼ休眠状態。実体はその子会社の、悪名高いハゲタカファンド『スズカ・パートナーズ』っす」
王子谷がタブレットをスワイプする。
「経営改革した企業は、社員は全員ポイ捨て。ブランド名は海外に売却。……まさにデス・コンサルっすよ」
さらに、王子谷が疑惑の確信を突き出す。
「コンサル導入の稟議書の決裁印は白石常務。費用は相場の3倍。……差額の2倍分は、恐らく常務へのキックバック(裏金)っすね」
佐藤の顔から、完全に色が消えた。
「……待て。会社がなくなるってことは、俺たちはクビ? ふざけんな!マンションのローン、あと35年も残ってんだぞ!フルローンで組んだばっかなんだよ! 俺の人生までデリートされてたまるか! あのエリート野郎、ただじゃおかねえ……っ!」
最近、白石さんは、日に日に疲れた顔をしていた。「大丈夫」と言う彼女の笑顔が、無理をしているのを、僕は知っていた。社内の噂に疎い僕の耳にさえ、「常務は白石さんの元婚約者」、「毎日つきまとっている」という話が届くほど、事態は悪化していた。
本当は、今すぐ彼女の元へ駆け寄って、全部聞き出したかった。けれど、僕にはそれができなかった。
(……僕だって、涼香のことを隠しているんだ。こんな時に元カノの話なんてして、彼女に余計な不安や心配をさせたくない……)
何もできない自分に、奥歯を噛み締めるだけの時間はもう終わりだ。僕は二人を見据え、迷いを断ち切るように力強く言った。
「……常務たちの不審な動きを徹底的に洗おう。二人とも、あいつらの不正を暴いて、この会社と……白石さんを守るのを手伝ってくれるか?」
「その言葉、待ってたっすよ」
王子谷が不敵に笑い、佐藤がローンへの恨みを込めた拳を力強く突き出した。