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夢花とデートをすることになった。昔から女っ気が無かった僕は、何一つ作法を知らない。その僕の最初のデートはいいとこのお嬢様。相手方に嫌われたら、ここまでの策略は水の泡だ。
そこで僕の産まれ故郷だ。産まれ故郷であれば、エスコートは人一倍できるハズだ。でも江戸川区は再開発で、かつての賑わいは見る影も無かった。東京三大タワーも消えていた。
が、葛西臨海公園だけは残されていた。たとえ至上党でも、ラムサール条約には敵わなかったようだ。ここには水族館がある。しかも今でも|鮪《まぐろ》がいる。…さぁここで彼女に見せ場を作ろう。
そう思い連絡すると二つ返事でOKがきた。けど彼女は護衛がどうたらで、車を手配したいと言ってきた。御令嬢でも堅苦しい生活を強いられるから、それはそれでご苦労様だとは思う。そしてなんと次の日曜日にもう行くことが決定した。
…またあのデッカイ車に乗るのか。あれ目立つから恥ずかしいんだよな。
転生以降初の江戸川区来訪は、100年後にできた美人彼女とだった。こんな運命もあるのだと納得をした。こんなの納得するしかない。
車内で夢花は言った。
「実は私…、デートって初めてなんだよ」
「え、そんなことある?」
「私が嘘ついているとでも思っているの」
「そうじゃないけど…。よく|選《え》りすぐりの男共の中から、僕を見つけられたね」
「んだって、出会ったときから叶くんに心の余裕を感じたから」
「初日は多分環境に適応できてなかったと思うよ」
「でも大っぴらに自慢とかしないじゃん」
「することがないんだよ」
「ふーん。そっか
…じゃあ私の彼氏だからこれで初めての自慢できちゃうね」
坂谷一族は羞恥心が存在しないのだろうか。顔面至上主義だって、我に返ると普通にイタい。無論それだけ強権なんだ。どうであれ僕としては、己に自信のある女性は魅力的だと思う。
…でもちょっと性格|面倒《めんど》いな。
公園に着くと徒歩で水族館に向かう。警護のイケメンが僕らの八方を塞いでいる。これは様々な意味合いで狭い。
観覧車もまだあり、大広場には大道芸人もいて、ここだけはかつての栄華が遺されている気がした。
3代目の建物になった水族館では、トッチをタッチして入場する。登録しておけば、身分証の代用にもなるらしい。確か似たようなものは昔からあったが、何十倍も高性能になっていた。
|流石《さすが》は夢花御令嬢。左腕には先週僕が見た、最新鋭のトッチを身に付けている。ズルズル行ったらヒモになりそうで怖い。
館内に入りいざエスコート…、と思っていたのだが、目の前の張り紙に思わず二度見してしまった。
水中ボールで鮪と泳ごう!!
どうやら人がカプセルに入り、モータを駆動させて鮪を間近で鑑賞するんだとか。つまりカップルで参上してしまったら、身体は密着不可欠。恐らくは失神する。デート終了だ。だから僕は告げる。
「夢花は水中ボールってのやりたい?」
「やりたいやりたい!」
「じゃあ一人一個ずつ入ろうか」
すると夢花は手を指した。その先には密着コースのカップル共がいた。彼女は羨望の眼差しでそちらを見る。だからこっちを振り向くと超絶不満そうな顔をする。
そして次の瞬間、僕は手をとられ彼女に引き|摺《ず》られるように、カプセルにの中に突っ込まれた。やっぱり自己中で客観視できないのは、お嬢様なんだなと思った。こんな積極的な子にどうして色恋の縁がなかったのか、全く分からない。
笑顔に包まれた彼女は、今僕とゼロ距離にいる。背丈は僕が若干高い程度だから、顔から何からよく見えてしまう。ぶつかる気はなくてもぶつかってしまう。まぁ彼女がしでかしたのだから、その点は容赦してくれると望みをかけた。
…何だかポカポカしてきた。
何とか鮪に視線をやると、超巨大サイズが右から左までゴロゴロ居り、こっちに猪突猛進…、いや鮪突猛進してくると迫力が|凄《すさ》まじい。彼女は喜びを|露《あらわ》にしていた。本当に幼子のようだ。馬鹿みたいに純粋に育っていた。
理性との葛藤が無事に終了して、僕らは一息つくことにした。
昼飯は彼女がマグロカツカレーを食べたいということで、館内のフードコーナーで食した。にしても鮪の展示のちょっと先で、鮪を食べるのだからサイコパスだよな、と思いつつ、マグロカツの旨味に感心した。
いくつか魚を見て、いい時間になったから観覧車に乗ることにした。
遊園地デートの代名詞である観覧車に乗車するなんて、夢のまた夢、つまり幻覚を見ているように感じていた。
クラスの美人と二人っきりの時間を共に歩む。夢花が隣に座るもんだから、さっきよりも距離が近くなってしまった。まだ僕は緊張していたが、彼女は何の変哲もない態度でいる。教育の賜物をまたもや拝見させて頂いちゃった。
天辺の近くに近付いた頃に、彼女が呟く。
「あのね、叶になら話していいと思うんだけど…」
僕はこれが超重要事項の伝達と察した。
まさにその通りだった。衝撃の告白は護衛も近くにいない、絶対に今しかできないものだった。
「私ね、実は|鬱《うつ》病を患っているの」
「…へ?」
「でも今は結構落ち着いた方なの。
…ちょっと昔色々あったのよ」
おかしいとは思っていた。この恋路も嘘ではないが隠し事がありそうだった。
そうか、だから菓子パーティーとか催《もよお》して、僕と恋愛する気になり積極性も産まれていたのか。僕だけ転入生として特別扱いされていたのは、精神的な問題が大いに関連していたようだ。
僕は気になり質問する。
「友達のせい?」
「家族のせいよ。でも結局は、私が悪いの。
私が姉様や兄様ほど美形に産まれなかったから」
「それはどういうこと?」
「姉様と兄様は美人で有名で、幼少より語学堪能で、芸術でも相当な審美眼があったの。なのに私は二人ほどは美人に産まれてこなくって、もし私が美人に成らなかったら、って毎日母様は嘆いていた。私が子供を産んだときに、美形の血筋が崩壊するかもだし。
なんとか最後には高位に就けたんけど、最後まで私は家族を苦しめていたのよ。
美容整形ができたらいいのにな」
…は、
本当に虫酸が走るぐらいには、ルッキズムな世の中だ。身内でもこんなことが起きてしまうとは、思ってもいなかった。そして正直に、僕は夢花に|苛立《いらだ》ちを覚えてしまった。
人には当たり前に、理想像というものがあるが、|専《もっぱ》ら既に存在する人物の内面、外見が引き金となって形成されている。
しかし外見に関しては限度があり、内面も努力次第だが、外見によって精神的に卑屈になって、内面の改善が阻害されることがある。
こんな悩みを解決させるために、20世紀に美容整形が確立されたんだ。
でも僕は前世の風潮が大嫌いだ。
周りも整形やってるからやってみたいとか、尊敬する顔になりたいとか、そんな屁理屈で顔面改正が|罷《まか》り通る時代は、僕としては二度と来て欲しくない。
【存在しないコンプレックス】の定義付けは難しいけど、興味本位で干渉してはいけない。個性を無闇に捨てるな。これが僕の考え方だ。
彼女だってそうだ。原石がよかったら磨いたってさほど変わりない。それ以上に破損してしまうリスクがある。
だから僕は彼女に言うしかないのだ。
「…むやみにそういうこと、言わないでよ。
僕は今目の前にいる夢花を好きになった。
たとえ美容整形が合法でも、成功するのが絶対とは言えないし、家系のために自分を捨ててしまうのは違う。
僕は夢花を愛しちゃ駄目ってことなのか?」
「違うよ、そんな、…絶対に」
「やっぱり駄目じゃない。だから金輪際自己を見失うな。他人の対義語は自分だ。他人が信じれないなら自分を信じるしかないんだよ。自分を認めて、初めて人は一歩前進できるんだよ」
我ながら素晴らしい言葉を投げ掛けたもんだ。すると夢花は呆然として、すぐさま|雫《しずく》が垂れる。声を震えさせて彼女は口にする。
「ごめんね。私は今まで、そんな熱心に語ってくれる人だと思ってなかった。
叶は私の意見を否定したけど、私の存在を否定しなかった。
…叶が初めてなんだよね。私を心から認めてくれた人って」
「これからも夢花が辛いときには言っていくし、だから自分を軽々しく否定するな。せめて僕の恋心は忘れないでくれよ」
「…ありがとう」
彼女の礼の一言には、僕も目が潤みそうになってしまった。
彼女の涙の一滴一滴は、留まる所を知らない。救ってやれた気がした。今日はスーパーマン気取りでも全然いい。
それで問題は今後だ。一応前世は医者だったもんで、この後彼女に躁鬱の時期が迫っているってことは分かる。だからこそ、彼女の安定のためには、同じ歳で大人よりよっぽど分かち合える、僕が側《そば》にいてあげたい。そう想っている。
…これはもしかして恋心なのか?
恋心か否かは分からないけど、確かに彼女を精神的に保護したいと思っている。これが恋なら、もう強制的な恋なんて無い。本心にシフトチェンジしてる。
僕にはまた、明るい明日がやってくるハズだ。