コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
外の気配が
ゆっくりと色を取り戻していた。
鳥の声が森の奥からいくつも重なり、
夏のひかりが
まだ眠たげに差しこんでくる。
エリオットはそっと目を覚ました。
ソファで眠っていた身体を起こすと、
木の床がかすかに鳴る。
少し息を整え、
寝室へ目を向けた。
扉は昨夜と同じくわずかに開いている。
エリオットは静かに立ち上がり、
音を立てないよう寝室へ近づいた。
覗き込むと――
イチはまだ目を閉じていた。
寝返りひとつ打たず、
呼吸は淡く、静か。
夜の間ほとんど眠れなかったようには
見えないほど、
穏やかに。
けれど、
その安らぎが真実かどうか
エリオットにはわからなかった。
そっと扉を閉じてから、
エリオットは
木刀を手に取る。
もう夜明け。
この時間なら
森を徘徊していた獣のほとんどは巣へ帰るころ。
代わりに
鳥たちが活発に動き出す。
朝が小さな隙間をくれる。
狩りの危険が
もっとも減るひとときだった。
「……少しだけ」
自分に言い聞かせるように
小さく呟くと、
静かに外へ出た。
森は
朝露の気配を纏い、
足元の草が
しっとりと濡れている。
エリオットは
木刀を軽く握りしめながら、
呼吸を整えた。
病弱な身体に
無理はできない。
だが
それでも
行かなければならない理由が
今はあった。
――イチのぶん。
今までなら
落ちている木の実だけで
命をつないでいればよかった。
自分ひとりならそれで十分だった。
だが――
見知らぬ少女が
自分の家で眠っている。
その小さな存在が、
エリオットのささやかな日常を
静かに塗り替えていた。
「……せめて、
食べられるものくらいは」
そう呟いて森の奥へ踏み出す。
朝の光が
木々の隙間から差し込み、
葉の影を落とす。
生きものの気配はまだ薄く、
森は青い呼吸をしているようだった。
足音は殺してある。
エリオットは気配を逃さぬよう
耳を澄ませながら歩く。
木刀を握る手は細く、
ときおり
震えるほど力が入っている。
小さな足跡。
草の揺れ。
気配をたどり、
小さな獣を見つけたとき――
木刀が迷いなく振り下ろされた。
そのあと、
エリオットは帰り道で食べられそうな木の実を
いくつか袋に詰めた。
自分だけの朝ならきっと
これだけでよかった。
でも今は違う。
小さな家に
もうひとり分の朝を運ぶために
エリオットは
静かな森を
ひとり歩き続けた。