「はぁ…」
私は廊下を歩きながら、大きなため息をついた。
最近は困ったことが多いというか、とにかく休まる瞬間がない。
放課後の学校はしんと静まり返っていて、うるさい昼とはえらい違いだ。
2年3組の教室あたりに差し掛かった時、ガタンという物音が聞こえてくる。
この物音を聞くのが初めてではない私は、いつものように教室の扉を開ける。
「モブリット…どうせ着替えるなら空き教室使ってくれないかな。」
「わっびっくりした、いいじゃないですかどこで着替えたって」
モブリットは驚いた表情でこちらを振り返る。
机の上に椅子のように腰掛け、ちょうど靴下を履くところだったようだ。
「忘れ物取りに来た人とかに見られたらどうするの?」
「お金を取ります」
「はぁ…」
彼が身に纏っているのは、制服だ。制服は制服だが…
超超ミニスカのセーラー服。そして薄ピンク色のニーソックス。
この学校の制服では無いため、恐らくコスプレ用のものを購入したのだろう。
親御さんは一体どう思っているんだ…と、私は額を手で抑える。
「感想とか無いんですか」
「まあ…この前の逆バニーに比べればマシか…うん、良いと思うよ…」
「やった♡」
唐突にメタを出すが、皆さんはこの状況の意味が分からないだろう。
安心してほしい、私も分かったふりして全く分からない。
そんな君たちのために、私が過去回想を入れてあげよう…
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まさに桜が満開だという頃、私は2年3組の担任になる事が決まった。
さて、あんまり手がかからない生徒ばかりだと助かるな…
私はそう考えながら自分のデスクの引き出しを開ける。
「あ…さっきあそこに行った時、忘れてきちゃったか。」
大事な書類を、事情があって入ることになった空き教室に置き忘れてしまった。
だが特段焦ることも無かったので、廊下は走らず歩いて空き教室に戻る。
教室の扉に手を掛けようとすると、ガタンという物音が聞こえた。
この教室は、今は使われていない。
私みたいに何か大人の事情とかが無ければ、入ることが許されない場所だ。
生徒が入っているとなると、それは重大とはいかなくても問題だ。
私は意を決し、勢いよく扉を開ける。
「この教室はぁ!!立ち入り禁止だぞ…って、はぁ!?」
「すいませんすいません退学だけはご勘弁を…って、分隊長!?」
中にいたのは、サラサラなダークブロンドの髪をした優しそうな顔の青年…
モブリットだ。
こんなことを言っても信じてもらえたためしが無いが、私は前世の記憶を持っている。
その前世で、私の世話を焼いてくれたのがモブリット。
まさか今世で会えるとは…
「今…分隊長って言ったよね…副隊長殿…」
「まさか…分隊長も前世の記憶が…」
再会を喜びたい所だったが、ようやく追いついてきた情報のせいで
私はもはやそれどころでは無くなってしまった。
「……その服は何だい?」
「あっ!?す、すいませんすいません!ごめんなさい!」
退学になるのが嫌なのか、彼は必死にぺこぺこ涙目で謝罪してくる。
だが謝罪なんかより、今はその服装の説明をしてもらいたいところだった。
真っ黒でフリルがたくさんついたドレス…これがゴスロリというものなのだろう。
なぜそれを君が着ているのか。なぜ学校で着ているのか。今すぐ問いただしたい気分だ。
そんな空気を感じ取ったのか、彼は服装に関しての説明を始める。
「あれは中学2年生の時です…文化祭で女装喫茶をやることになって、
私はトントン拍子で女装させられることになりました…」
「うんうん、それで?」
「それが思った以上に好評で、ツーショットを50回以上頼まれ、
可愛い子が女装喫茶にいると噂を流した生徒のおかげで客足も絶えず…
何回も可愛いと言われているうちに…癖になってしまったというか… 」
なんというか…男の娘系同人誌とかでよくありそうなシチュエーションだが
いざ元部下がその餌食になってしまったと考えると、かなり複雑な気持ちだ。
「で、なんで学校でそんな格好をするんだ」
「バレるかバレないかの瀬戸際を責めています」
「瀬戸際とは」
「最初はトイレでやってたんですけど、今は空き教室でやってます」
「やるんじゃないよ」
胃が痛む…これが前世の彼の気持ちなんだろうか。
私の奇行をいつも止めてくれた彼のありがたさが、改めて実感出来た。
私は前世の恩返しのつもりで、彼にこう返す。
「まあ大体分かった…言わないといてあげるから、今日はもう帰りなさい」
「分隊長、なんか先生みたいですね」
「みたいじゃなくて先生なんだよ」
「あ、そうでしたね…」
そう言いながら、モブリットは当然かのように目の前で着替え始める。
「ちょちょちょ待った待った!私出る!!一旦出るから!!」
「はぁ…どうぞご自由に」
「なんでちょっと面倒くさそうなんだ!!」
私は足がもつれそうになりながら、慌てて空き教室を出て扉をピシャリと閉める。
これは、私がしっかり色々教えてやらないと…モブリットの貞操が危うい…
女装癖ありな可愛い顔した男子高校生とか需要ありまくりだからな!!コノヤロー!
けど、前世の彼はこんなに羞恥心がないヤツだっただろうか。
むしろ羞恥心の塊みたいな子だった気がするが…
そうか、もう既に今世のモブリットは羞恥心という概念がおかしくなって…?
「着替え終わりましたよ」
「あっ、ハイハイ…」
呼びかける彼の声に、私は若干キョドりながら答える。
もう一度教室の扉を開けると、しっかり男物の制服を着たモブリットがいた。
「なんか、さっきの見た後だとこっちの方が違和感だなぁ」
「そうですか、私もです」
「それは、さっきの服の方が着てて違和感ないってコト?」
「まぁ、正装みたいなものですから」
正装…正装か…そうかそうか。
やはり羞恥心がグッバイおさらばしてしまっているようだ。
確かに、ゴスロリを着ているところを見られても
退学にならないかを気にするばかりで、服装に関しての弁明は全く無かった。
いよいよ本格的に女装癖丸出しだな。
そう考えていると、モブリットがこう聞いてきた。
「あの、分隊長…じゃなかった、ハンジ先生はどこの担任になる予定なんですか?」
「ああ、確か2年3組だっけか」
「えっ」
「ん?」
まさか、この流れは。
私のクラスとかはやめてくれよ。
手のかからない生徒がいいって思ってたばっかりだろ。
前世のモブリットは有能すぎる美人秘書(副隊長)みたいなポジションだったが
今のモブリットは破廉恥小悪魔系のToLOVEるとかに出てきそうなヒロインだぞ。
そんな子が1人でも教室にいたら、風紀もクソもあったものではない。
「私も2年3組なんですよ」
さようなら私のクラスの風紀と平和。
ようこそ胃薬。
私の前世の行いが悪かったバチが当たったのだろうか。
一応人類を救った要因になったのだが。
「じゃあ、よろしくお願いしますねハンジ先生」
「うん…よろしくねモブリット…」
もう言葉が右耳から入って左耳から抜けていきそうなほどだ。
私は帰りに薬局に寄って胃薬を買うことに決め、
女装モブリットはお得だと必死に自分に言い聞かせて、精神を保とうとしたのだった。
〜好評じゃなくても多分続く〜
おまけイラスト↓
コメント
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気の赴くままにぱぱぱっと書いたから多分変なところある、ごめんね。 女装癖がある男の子っていいと思うんだ。それがモブリットだったらさらに良いと思うんだ。 我ながら靴下をピンク色にしたのはナイス判断。