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6月の風が、放課後の教室を通り抜ける。3年生の修学旅行を翌日に控えたこの日、そわそわと落ち着かない空気が教室を包んでいた。
「陽、明日の集合時間、ちゃんと覚えてるか?」
神谷迅が教室の後ろから顔をのぞかせる。
その横には佐伯澪がいて、しおりを手に軽く笑った。
「寝坊したら即アウトだからね。7時半集合だから、6時には起きないと」
「はい、もちろんです。目覚まし三つ、かけておきます」
陽は苦笑しながら答える。
初めての泊まりの学校行事に、胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「ところでさ、陽。この子、知ってる?」
突然、澪が紹介してきたのは、ひとつ後ろの席に立っていた女の子だった。
ポニーテールを揺らして明るく笑うその子は、軽く頭を下げる。
「藤堂花です! トロンボーンやってます! 澪とは中学のときからの友だち!」
「えっと……風間陽です。よろしくお願いします」
「よろしく〜! 修学旅行、同じ班なんだって! 楽しみだね!」
花の眩しいほどの明るさに、思わず圧倒されながらも陽は小さく頷いた。
迅が笑いながら口を挟む。
「この子、テンション高いけどしっかりしてんだよ。班のまとめ役みたいなもん」
「えっ、それ言わないでよー。責任感じちゃうじゃん!」
陽と花、そして澪と迅。修学旅行の班は4人構成だ。
ふと陽は、あることに気がついた。
(……澪さんと、二人きりの時間、作れるだろうか)
期待と不安が入り混じる気持ちのまま、放課後の空は少しずつ朱に染まっていく。
そんな中、校舎の別の場所では、バドミントン部の練習を終えた1年生の柚葉が、水筒のふたを開けながらぽつりと呟いた。
「……修学旅行か。いいなぁ、行ってみたかったな」
隣にいた同級生が笑って言う。
「来年だよ、来年。気が早すぎ」
「うん、そうだけどさ。——陽先輩、楽しんでるといいなって思って」
「え?」
「なんでもない! はい、次の練習行くよ!」
そう言って笑顔を作る柚葉の心には、まだはっきりとしない気持ちが、小さく揺れていた。