テラーノベル
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【夏の果てに恋は消え】
蝉時雨の中、君の声が頭の中で繰り返される。
言えなかった「好き」という言葉は、夏の空に溶けて消えてしまったのだろうか。
教室の窓から差し込む光は、背中を焦がすほどに熱く、机の上に置いたノートの紙もじっとりと肌に張り付く。
隣で友達が夏休みの予定を楽しそうに話す声も、今の僕には遠い世界の音のようだった。
廊下の向こう、笑い声と共に君が通り過ぎる。
心臓が跳ねるのを感じながらも、僕はただ視線を落としたまま。振り向く勇気も声を掛ける勇気も全て蝉の鳴き声にかき消されてしまったようだ。
夏の匂い──焦げたアスファルトと練習用の運動靴の匂いが混じる教室の空気に、僕の後悔も溶け込んでゆく。
あの日言葉に出来なかった思いはこの蝉時雨のように、二度と戻らないのかもしれない。
部活帰り、昇降口を出た瞬間、世界が白く煙っていた。雨がまるで糸を束ねたように降りしきっている。
その中で、君は立ち尽くしていた。
制服の袖にポツポツと水玉を散らしながら空を見上げている。
「…どうしたの?」
勇気を振り絞って声を掛けると、君は少し恥ずかしそうに笑った。
「傘を忘れちゃって、」
その笑顔に胸が痛くなる。
僕は鞄から予備の折りたたみ傘を取り出した。
「…これ、使って」
驚いたように目を丸くする君を置いて、僕は傘もささずに駆け出す。
雨粒が頬を叩き、耳の奥まで冷たさが染みていく。
それでも振り返らない。
君の声が聞こえなくなるまでただ前だけを見て走った。
翌日、部活の途中、突然名前を呼ばれた。振り返ると先輩が手招きしている。
「…何かやらかしたかな」
そんな不安を胸に足を速めると、先輩は軽く笑って言った。
「この子が、お前に用あるって」
視線を向けた先で、心臓が一拍遅れて跳ねた。
昨日、雨の中で立ち尽くしていた君がそこにいた。白いワンピースに麦わら帽子。陽射しを透かす笑顔が眩しい。手にはあの折りたたみ傘が握られていた。
「…用って、何?」
自分でもわかるほど素っ気ない声になった。
君は少し首を傾げ、
「傘、返しに来た。昨日はほんとに助かった、ありがとう」
と、笑った。
傘を受け取りながら、胸の奥が熱くなる。逃げる前に、もう一つだけ勇気を振り絞った。
「…今からどこか行くの?」
「これから友達と、海に行くの」
「…そっか、楽しんできてね」
それだけ言って、背を向ける。
背後で君の笑い声が、夏の空に溶けていった。
部活帰りの夕暮れ、校門を出たところで、君の姿を見つけた。
けれど、その隣には君より少し背の高い男の子がいて、二人は肩を並べて歩いていた。笑い声が風に乗って届くたび、胸の奥で何かが崩れ落ちていく。
──あぁ、もう僕の恋は叶わないんだ。
そう悟った瞬間、目の奥が熱くなるのを振り払うように、僕は走り出した。君に気づかれないよう、ただがむしゃらに。
気づけば海辺に立っていた。
八月の後半、夕焼けに染まる波打ち際。
蝉の声がまだ遠くで響いている。潮風に混じる夏草の匂いが、胸を締め付けた。
このまま海に飛び込めば、全て手放せるだろうか。君への想いごと、消えてしまえるだろうか。
けれど波は静かに寄せては返すだけで、僕を拒むように足元を濡らす。
僕はそっと目を閉じ、せめて心の中だけでも と、君への想いを海へ投げ捨てた。
コメント
4件
ちーちゃんの作品めっちゃ久々に見たけどまじで好き😭💕 恋愛系の物語大好きすぎる…エモいし切ないしちーちゃんの作品ほんとに天才すぎる🫶🏻💕💕
すごいえもい‼️