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〝営業部〟には、彼がいる。
「どうした?」と、隣のデスクで作業をしていた八木が不思議そうに呼びかけてくる。
しかし、答えを待つまでもなく真衣香の手元にあるメモを見た八木は「ああ、営業部のコピー機な」と呟いてから、再び真衣香を見た。
「なんだよ、ここ最近喜んで行ってたろ。坪井がいるから」
「そ、そうでしたっけ……?」
”坪井”と、その名前が聞こえただけで、声が上擦ってしまう。
けれど同じ会社に勤めているのだ。すべてを避けて通れるはずがない。
黙ったままの真衣香に、八木は「あー、はいはい」と何やら気がついた様子で頷いた。
「なるほどなぁ。ったく、金曜何かあったんだろ?わかりやすい」
「そ、そんなことは……ないんですけど……」
否定をした声が弱々しい。これでは認めているのと同じだ。
「ったく、あの後何かあったのか?まぁ咲山連れてった時点で目に見えてるっちゃ見えてんだけど」
「坪井もわかんねぇ男だなぁ」と、八木は椅子に深くもたれダルそうに脚を組みながら。呆れたように坪井の名を繰り返す。
あの日――咲山と坪井が真衣香を迎えにきたことを八木は知っている。
更には真衣香と坪井のことも、知っている。
舞い上がりすっかり勘違いをしていた真衣香のことを八木は、知ってしまているのだから。
(……あ、だめ、無理。どうしよう、どうしよう)
名前を声に出されてしまうと、そして、いざ会わなければいけないと思うと。
それだけで心が乱されていくのがわかった。
目の奥が熱く、痛く、嫌な予感がする。
(ダメだって、こんなの八木さんにも……坪井くんにも迷惑になっちゃう)
咄嗟にデスク奥にあるペン立ての周辺を探るけれど、いつも置いている位置に目薬がない。
そういえば……、と思い返す。
週末に切らせてしまったから新しい目薬を買って今日持ってこようと思っていたんじゃないか。
唯一思いついた誤魔化す方法を失ってしまって、それ以上は今の真衣香では頭がまわらない。
何とか堪えようと思っていたのに、溢れ出してしまった。
(ど、どうしよう、タオル……だめ、タオルなんて出してきたら本格的になっちゃう、でもじゃあどうしたら止まるの?隠せるの?会社なのに!!!)
「おい、マメコ聞いてんのか……って、は!?」
真衣香を見て八木がギョッとしたように声を上げる。
そりゃそうだ、と。八木に申し訳なさを感じて俯く。するとポタポタとさらに涙が溢れた。
(やっちゃった……あり得ない、仕事中に泣いちゃうとか最悪だ)