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車の中では昔懐かしのバラードの音楽が流れていた。
美羽は、和哉の隣で窓を見ていた。
紬は、テディベアを抱っこしてコックリとして軽く眠っていた。
色々神経を使いすぎて疲れたようだ。
和哉は、鼻歌を歌いながら、ハンドルを握る。
「美羽。颯太くんと付き合うってなったきっかけはなんだったんだ?」
美羽は、過去の記憶を改めて考える。まさか颯太が結婚してる時に付き合ってたなんて詳しく言えない。
どう言おうか悩みに悩んで。
「カフェオレ」
「え?」
「最初に会った時に一緒に同じカフェオレ飲んでた」
「カフェオレか」
「そう、カフェオレ」
「そのカフェオレは微糖か? すごく甘いやつか?」
「話掘り下げるところ間違ってない?」
美羽は呆れた表情を見せる。
「あ、ああ。そうか。初めて会って同じカフェオレだったってこと?」
「そうそう。友達の紹介とかじゃなくて、たまたま会った公園の自販機の飲み物が全く一緒のカフェオレだったの。同じって思って、なんかね」
「同じだからって付き合うまでいく? 面白いね」
和哉は、笑っていた。
「もう、いいでしょう。なんでも。お父さんこそ、お母さんとどんな出会いだったの?」
「俺は、ナンパだし」
「は? 最悪。」
「いいだろう、別に。というか、美羽のカフェオレが同じってナンパと一緒じゃん」
「声かけないと何も始まらないよ?」
「だから、ナンパ最悪っていうけど、大事なことだろ?」
「まぁ、確かに。会話から始まるもんね」
和哉は、美羽を納得させてあたかも自分は悪いことしてないと言い切った。
自宅の駐車場についてドアを開けた。
「美羽。母さん、機嫌良くなったし、もう一度、話してみたらどうだ?」
助手席から立ち上がり、美羽は、玄関に向かう和哉を見た。紬は、まだ眠ったままだ。
「え。でも、反対していたんじゃないの?」
「母さんが颯太くんと車一緒に乗っている時点で脈アリじゃん。結構、気に入ってると思うけど? 俺より……」
半分泣きそうな顔で言う。和哉は玄関の棚の中に入っていた消臭スプレーを取り出し、運転席に何回も振った。
「あ、後部座席は待って。今、紬ちゃん起こすから」
美羽は、肩をさすって紬を起こした。
「あれ、おはよう。もうついた?」
紬は目をこすって車から出ると、これでもかと消臭スプレーを振りまくった。
「ちくしょー。若いやつに負けるなんて! しかもあれ、レンタカーだろ? 俺のは自分専用なのに!! 芳香剤つけてても臭いっていうのか!?」
イライラしながら、車の中は消臭剤の匂いでいっぱいになった。
その様子を見ていた紬はまるで颯太を見ているようだった。
匂いに敏感な颯太はところ構わず消臭剤スプレーをまくことがある。
「パパと同じになってるよ。おじちゃん」
「え、そうなの? 颯太さんもスプレーするんだね」
そこまで気にしない美羽は不思議で仕方なかった。
****
茶の間でゆっくりとお茶とみかんでまったりと過ごしていた美羽と紬、和哉の3人は、トランプをしようかと手札を分けているところに恭子、琴音、颯太の3人が帰ってきた。
「ただいまぁ〜」
だいぶできあがっている恭子。お酒を飲ませていないのに上機嫌だ。琴音も静かな笑顔を見せていた。
颯太は、遅れて車のかぎをポケットに入れて靴を脱いだ。
「颯太さん。大丈夫?」
茶の間から玄関に顔をのぞきこむ美羽。靴を丁寧に並べると緊張がほどけたようでリラックスしているようだった。
「うん、大丈夫だよ」
立ち上がってすぐに美羽の横にあぐらで座った。
「颯太くんは、お茶飲めるの? それともビールがいいかしら?」
「まぁ、なんでも飲めます。おすすめで」
「え? お母さん。まだ明るいよ。4時になったばかりだし」
美羽は、お酒が出ることに慌てた。
「いいのよ。今日、泊まっていくんだから」
「へ?! そんな話聞いてないよ?」
「え、あ。ごめん言ってないよね。今日、泊まるところ決めてないって話したら、お母さんがゴリ押しで
泊まってって言うもんだからさ。断れなくて……」
小声で話す颯太に美羽はありえない顔をする。あんなに拒否っていたのに。紬はお泊まりという話に耳がピクッと動いて喜んだ。
「わーい! お泊まり、お泊まり」
「そんなに大きなお風呂じゃないけど、ゆっくりしていってね」
恭子はご機嫌に台所へ立ち上がって夕食の準備を始めた。その様子を見て、琴音は安心した。
また食事の準備を自分がしないといけないと思っていたからだ。
恭子の体調が悪いといつも琴音がご飯当番だった。
「美羽、先にお風呂入ってきたら? ご飯できるまで時間あるから」
「それじゃぁ、お言葉に甘えて。紬ちゃん。一緒にお風呂行こう」
「うん」
「紬、よろしくな」
颯太は言う。
「大丈夫、任せて」
和哉は台所の方からジョッキと瓶ビールを持ってきた。
「俺らは飲んでおくか」
「ありがとうございます」
颯太はジョッキを持ってビールを注いでもらう。
すぐに和哉の分のビールを注ぎ返した。
カツンとジョッキ同士で乾杯する。
琴音は、恭子の食事作りを手伝おうと台所に立ち上がった。
平穏な時間が流れていた。
「母さんも嫌味を言うものね。最近、リフォームしてお風呂がかなり大きくなったこと忘れているのかしら」
「まぁまぁ。広ければいいでしょう。早く入ろう、美羽ママ。大きいお風呂最高!!」
脱衣所に2人は並んで、服を脱ぎながら話す。リフォームを終えたばかりの朝井家のお風呂はジャグジーも
ついていた。洗い場の床はポカポカと温かく、水がすぐ乾く素材でできていた。
「この床、不思議〜。なんですぐ乾くんだろう」
シャワーのお湯を床に当てて実験をする紬。頭に泡をモコモコつけてシャンプーを流した。美羽も一緒にシャンプーをして体をモコモコの泡で洗った。2人は泡で遊びながら、お風呂タイムをキャキャっと楽しんだ。
3人の住む家にもお風呂はあるが、ジャグジーはついていない。豪華なお風呂に贅沢に過ごせた。美羽は、嫌だなと思っていた実家もいつの間にか紬もいてくれたおかげもあってか楽しく過ごすことができていた。
問題なく、時間が流れていく。
終始、笑顔が続いた。
颯太と紬がいなければ、和哉と恭子を笑顔にすることができたのだろうか。
喧嘩ばかりやりすごして平和な時間などなかったんじゃないかと考える。
翌日の帰る間際、玄関でみんなが靴を履く際に恭子がボソと美羽に言った。
「あなたが思うように生きればいいよ。私に反対する権限はない。好きに生きなさい」
声のトーンも仕草も落ち着いていた。本心だろうと感じ取った。
沈黙が続いてからそれは良かったと安堵していると
「颯太くんと今度、ライブに行くことになったの」
「は?!」
「だって、連れてってくれるって。福山雅治さんのライブチケットが会社のつながりで取れるっていうから」
「え?! えーー?! ちょっと颯太さん、どういうこと? 私は?」
「ちょっと待ってください! それは語弊があります! 俺は行きませんよ!?」
「嘘ぉ、ついてきてくれないの?」
「いやいや、お父さんと一緒に行けばいいじゃないですか?」
「そうだよ。お母さん。颯太さんは私と過ごすんだから」
「えー、なんで? 颯太くんの方が東京詳しいでしょう。私、駅の中とか迷子になるし、お父さんなんて、無理よ。
電車滅多に乗らないし」
「おいおいおい。俺に聞きもしないで話を進めるなよ。大丈夫だよ。それくらい。行けるから」
「ほら、ね? 大丈夫だから」
美羽はなだめた。額から冷や汗が止まらない颯太。恭子はすごく残念そうにする。
「ちぇー、一緒にデートできると思ったのに」
まるで女子高生のような態度の恭子だった。
(ダメだダメだ。これは、颯太さんとお母さんは一緒に過ごすのめっちゃまずい気がする。翔太郎おじさんのこと思い出しちゃってる)
「颯太さん、そろそろ、帰ろう」
「ああ、うん。そうだね。あれ、紬?」
「紬ちゃんなら、車にもう乗ってるよ。眠いって言ってた。昨日、遊びすぎて夜更かししちゃったから」
「ああ、そうか。んじゃ、行こう。いろいろ、お世話になりました。お土産もいただいてありがとうございます。
失礼します」
「うん。またおいで。いつでも歓迎するよ」
「お父さん、お母さんのことしっかり頼んだよ!!」
「はいはい」
漠然の不安を抱えたまま、美羽は颯太の運転する車の助手席に座った。
紬は後部座席ですでにすやすやと眠っていた。
大雨の昨日とは打って変わって雲一つない青空が広がっていた。