テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
黒板の文字が、焦点を結ばない。
教師の声も、ただの振動のように耳を通り過ぎていく。
──それでもいい。
何も感じなければ、壊れることもない。
ペンを握る指が、少しだけ震えていることに、遥は気づいていなかった。
寒いのか、恐いのか、疲れているのか。
もう、自分の身体が出している信号すら、分からない。
隣の席から、時折、日下部が視線を寄こしていた。
でも、それすらも──遠い。
「関わらないでくれ」と言ったつもりだった。
けれど、あの目はまだ、俺を見ようとしている。
──やめろよ。
そんな目で見るな。
俺には、もう“何も”ないんだから。
1時間目。
2時間目。
時計の針だけが、静かに進んでいく。
昼休みになって、周囲がざわついても──遥の中には、何も変化がなかった。
弁当は開けなかった。
喉が渇いてる気も、空腹もない。
ただ、机に頬を伏せて目を閉じる。
──眠っているふり。
それが、唯一の“逃げ場”だった。
そのとき、背中のあたりに小さな衝撃があった。
誰かが、肩を軽く叩いたのかもしれない。
でも、遥は動かなかった。
目を開けたら、戻れなくなる気がしたから。
何かを感じたら、また「壊れる」のが怖かったから。
“感情”というものが、呼吸と同じだとしたら、
遥は今、肺に何も入れないまま、ただ心臓だけを動かして生きているようだった。
静かな、音のない絶望。
気づかれない死角で、遥の中の「生」が、少しずつ摩耗していく。
そして──その鈍麻の“進行”は、誰にも止められない速度で進んでいた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!