家を出た時から憂鬱な感じだった。
灰色の雲と強い雨、道路はすでに水溜りがあちこちに出来ていて家から車に乗り込んでスタジオと、ほとんど外を歩くわけでもないのにきっと足元は一瞬にして濡れてしまうだろうなと予測できるほどだった。
「春の雨のクセに寒いし」
最近ニュースで夏日、という単語を聞いたはずだったが今日は寒くてもう一枚着込んで来たらよかったと後悔した。
こんな天候の時はズキズキと頭が痛くなるのも憂鬱さの原因のひとつで、すでに今にも痛くなりますよ、といった少し重たい嫌な感じがしていた。
案の定、足元を少し濡らしながらスタジオに入りお疲れ様ですー、と周りに声をかけた。 と、その時明るい聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
「おはようございます〜。あ、元貴お疲れさま〜」
若井がにこにこといつもの笑顔で俺に駆け寄ってくると不思議とさっきまで憂鬱だった気持ちが少し和らぐ。
「ちょうどよかった、はい、ココア」
「あ、ありがとう?」
渡されたのは缶に入ったホットココアで、受け取るとまだ熱く冷たくなった手にじんわりと熱が広がった。
「寒かったから」
不思議そうな俺をみて、温かいうちに飲んでね、と声をかけてくれた。
「あとはね、アーモンド」
「あーもんど」
ココアにアーモンド?どういう組み合わせなんだろう?
とりあえずありがたく受け取って素直にココアを飲み、アーモンドをかじる。
そんな俺を見て満足そうに若井はウンウンと頷いてまだ寒いならカイロあるよ、と教えてくれる。
「ちょっとあったまってきたかも、ありがと」
「本当?手、かしてみて」
そう言って俺の手を両手で挟むとうーん、少し冷たい、と言って温めてくれる。他の人もいる中で少し恥ずかしいが若井の手の温かさが気持ちよくてされるがままになっておく。
「おはようございます〜」
そこへ涼ちゃんがやってきてチラッと若井を見てから寒いよね、今日、と言って準備を初めている。
「おはよ、本当に寒いよね。···うん、元貴の手あったかくなったね」
そういってもう一度俺の顔を見てにっこり笑うとギターの用意にとりかかっている。身体があったまったおかげか、それとも若井のおかげか、頭が重たい感じはどこかへ消えていた。
「僕も手、冷たいなぁ〜」
わざとらしく涼ちゃんが若井に手を出したが若井はじゃあこれあげる、ってカイロを渡したから俺はますます気分が良くなった。
そのあとの音合わせや打ち合わせはスムーズに進んで少し休憩、という時に涼ちゃんが俺がアーモンドをかじっているのを見てへぇ、と感心したように頷いている。
「なになに?なんなの」
「アーモンドにココアってテレビで朝見たまんまだなって」
「何の話?」
「え?片頭痛の予防に効く飲み物と食べ物って朝してたから、それ見て用意したんじゃないの?」
「そうなの?」
知らずに買ったの?と涼ちゃんは笑ってココアとアーモンドの良さをテレビの受け売りだろうけど、自信満々に語ってくれた。
そんな涼ちゃんにちょっとごめん、と言って席を立ってどうして若井がそれらをくれたのか理解した俺は先ほど部屋を出て行った若井を探しに行った。
「若井っ」
「おー、元貴も何かを飲む?」
何を買おうか迷うよねって笑う若井の手を引いて人気のない場所に連れて行く。
「なに、どうしたの?」
ちょっと焦っていてけど不思議そうな表情の若井の首に腕を回して俺はキスをする。
「んっ?!」
唇を離すと人がいないか慌ててキョロキョロと周りを見回しているところが可愛らしい。
「誰もいないって、だから」
目を閉じて回した腕に力をいれると若井の唇がおりてきて、さっきよりしっかりと深いキスをしてくれる。
「ふは···」
「元貴どうしたの?こんなところで···」
胸元に頭を押し付けてぎゅっと抱きしめると若井も黙って抱きしめてくれる。
「···朝から雨でさ、今日憂鬱だったの」
「うん···」
「けど、若井のおかげでそんなの忘れた。だから、ありがとう」
「うん、···なら良かった。···あー、あの、休憩時間終わりだけど、もっかいだけ、いい?」
そう言うと若井はもう一度抱きしめたままゆっくりキスをして、また嬉しそうに笑った。
若井はいつだって俺のことを気遣ってくれて、想ってくれている。そのことがうれしくて俺はまた頑張れるなぁと思う。
「そろそろ戻ろうか。あ、もう雨は止んだみたいだよ」
そう言って俺と手を繋いでくれるが、これは無意識なんだろうか。
スタジオに戻った時の涼ちゃんや周りの反応と指摘されて焦る若井を想像して面白くなり、俺は手をぎゅっと握り返して足取り軽くスタジオに戻った。
コメント
2件
だはぁ❤❤❤ 好きすぎる😭 はるかぜさんも好きすぎる笑