テラーノベル
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その隣にいるのが瑞樹であることが、どうしようもなく嬉しかった。
ただのご近所さんだったはずの人。介護のことを丁寧に教えてくれて、困り果てていた自分に優しく手を差し伸べてくれた人。最初はただ、頼りになる隣人というだけだったはずだった。
なのに今は、瑞樹が隣にいてくれるだけで、見慣れたはずの景色の色まで変わってしまう。
——やっぱり、自分はこの人が好きなのだ。
お化け屋敷でその腕の中に抱き込まれたときも、さっき言葉通りに「可愛かった」と言われたときも、胸の中で心臓がうるさいほど跳ね踊っていた理由は、もう疑いようもなかった。
怖かったから瑞樹にしがみついたのではない。恐怖に紛れて、ただ瑞樹に触れていたかったのだ。そんな情けない自分の本音を自覚するたび、胸の奥が焼きつくように熱くなる。
「柊吾さん?」
不意に頭上から名前を呼ばれ、柊吾ははっと顔を上げた。
「えっ。あ、はい……っ」
「疲れましたか?」
「ち、違います。大丈夫です」
またしても心の中を見透かされたような気がして、慌てて首を振る。
瑞樹はそれ以上追及しようとはせず、「そうですか」と小さく目元を緩めた。
水槽の深い青を反射したその笑顔は、普段よりほんの少しだけ柔らかく、どこか眩しく見える。
この人は、どうしてこんな顔をするのだろう。
自分だけに向けられたものではないかもしれない。職業柄、誰に対しても分け隔てなく優しく接することができる人なのだろう。そう自分に言い聞かせて誤魔化そうとしても、今、目の前で揺らめいている温かな眼差しだけは、自分だけのものだと思いたかった。
密かな願いを抱くくらいなら、許されるだろうか。
水槽の前を離れ、二人は静かな館内の奥へとゆっくり歩みを進めた。
並んで歩くたび、触れそうで触れない距離で互いの腕がかすめる。ほんの数センチの隙間を隔てて瑞樹がそこにいるという気配だけで、柊吾の意識は休まる暇もない。
あのお化け屋敷では、暗闇と恐怖にかこつけてその腕にしがみつくことができた。
けれど、明かりの灯るここには、もう恐ろしいものなんて何もない。
それなのに――無性に、触れたいと思ってしまう。
手くらい、繋いでもいいのだろうか。
ふと浮かんだ思考にハッとなり、柊吾は歩きながら自分の右手をギュッと固く握りしめた。
男同士だからとか、まだ互いの気持ちを何も確かめていないからとか、引き返すための言い訳ならいくらでも頭に浮かぶ。
けれど一番の理由は、ただ怖いのだ。
瑞樹が自分のことを本当はどんな存在として見ているのか、言葉にして確かめてしまうことが。
あのアパートの玄関で、衝動的に唇を重ねておきながら「忘れてください」と言って逃げるように立ち去った瑞樹。あのとき、拒絶せずに背中へ手を回してしまった自分を見て、瑞樹は何を思ったのだろう。
嫌だったわけがない。それどころか、あの日からずっと唇に残った熱を思い出しては、胸を締め付けられていたというのに。
けれど、そんな本当の気持ちを口にする勇気は、まだ柊吾には持てなかった。
「……あ、イルカショー、もうすぐ始まるみたいです」
館内の案内板へ視線を向けていた瑞樹が、振り返って問いかけてくる。
「見に行きますか?」
「はい。せっかくですし、見たいです」
柊吾はぐるぐると考えすぎていた思考を振り払うように、力強く頷いてみせた。
#ゆあんくん
モコビリ ❨低浮上❩
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コメント
1件
みぅです🤍🥀 読み終えました…このエピソード、柊吾くんの心の声がすごく繊細で、胸の奥がきゅーってなりました。お化け屋敷で「怖かったからじゃない、触れたかったんだ」って自覚する瞬間、すごく共感しました。好きって気持ちに気づくと、何気ない距離や視線の一つひとつが特別になるんですよね。水槽の青い光が柔らかくて、二人の淡い距離感とすごく合ってた。まだ触れられないもどかしさが、続きを読む楽しみになってます🌙