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#ワンナイトラブ
皆にデートだと勘違いさせてしまったので、今日はノー残業デーではないのに定時上がりだ。こんな日、一体何時ぶりだろう。
急に時間を貰っても悲しいかなする事が無い。水曜だった事もあって、何時もより手の込んだ料理を作ることしか出来ない。
でもデートだと勘違いさせた手前、食べてくれる人が居るだけ嬉しい。これで一人だったら余計に切ない。
「…………最近早くないですか?」
常葉くんは帰宅して直ぐにネクタイから取る派なんだ、と、それを緩める仕草にしか目がいかない私に気付いたのか、緩んだネクタイをそのままに彼はずい、と近寄るので思考は現実ルートを辿る。
「あっ、はい。今日はたまたまです。だから、晩ご飯は品数多く出来……」
言葉の途中、何故か常葉くんの手は私の眼鏡を取り上げた。
目線の先に居る彼の輪郭がぼんやりと滲む。
滲んだ先ではどうしてか、常葉くんの瞳は殊更色がないように思えてしまうから、目を細めて見上げた。
「……どうしたんですか?」
「なんでも」と、一言だけを零すと先日とは違いすぐに私の視界を元に戻してくれた。
クリアな世界に変われば、常葉くんの表情はいつも通り穏やかなそれへと変わっていたので戸惑う心に幾ばくかの安堵が蘇る。
「何作ったんですか?」
「あ、と、今夜は中華にしました。仕上げるので、お着替えを先に、どうぞ」
ふーん、と、いつもの返事を聞かせて彼は自室へ入った。
少し、機嫌悪かったな。
……あ。おかえりって言うの忘れたから?
フライパンの上でカラフルな具材が油と共に跳ねる音を聞きながら、不安な気持ちを胸に押し込めた。
……ふぅ、出来た。
チャーハンと青椒肉絲、それから春雨のサラダ。いつも遅くなるからって煮込み料理が多いから、さすがに張り切りすぎたかな。
カウンターの上に料理を並べていると、部屋着姿へと変えた常葉くんが現れた。
「すげぇ量」と、椅子に腰掛けると、ずらりと並んだお皿を眺めて常葉くんは笑った。どちらかと言えば失笑に近い。
「の、残ったら明日のお弁当にするから、全部食べきらなくても大丈夫ですよ」
「腹減ってるんで、いけると思います」
彼は軽くそう言って手を合わせるので、やっと心が落ち着きを取り戻した。
常葉くんの箸がすすむので、少し安堵して私もお皿を持った。
私は根っからの尽くすタイプなんだろう。
人が食事している所を見ると、それだけで安心する。
「昼、柿原さんと一緒だったんですか?」
食べることよりも見る方に時間をかけていれば、何故かその事を知られているので、素直にうん、と頷く。
「そうなんです、ランチに誘われて」
「で、行ったんですか」
「はい。……バカですか?」
「いーえ。柿原さんは、良いんじゃないですか。……あ、これ美味い」
彼がつつくのはチャーハンだ。今日のは米粒がパラパラに仕上がった。それに「チャーシューから作りました」と、こだわりを縮こまって言えば「まじか」と、常葉くんは失笑した。
男ウケだとか下心を知る彼にとっては、私のやっている事など必死過ぎて笑えるのだろう。
「ひ、暇だったんです……ちなみに杏仁豆腐もあります……」
「簡単に出来るやつで作ったんですか」
「いえ、一から…」
素直に作り方を伝えれば、へぇ、と興味無さそうに呟いた。常葉くんは余程気に入ったのかチャーハンから食べ終えてしまった。
……気合い、いれても良かった、かな。
結局、常葉くんは綺麗に完食してくれたので心置き無くお皿に洗剤を落とす。
……そう言えば、いつも文句も言わずに残さず食べてくれるな。
もしかしてあれかな、常葉くんって好きな子虐めたいタイプ?
ありえそうだな。小学生の頃なんて、きっと好きな子を泣かせていたに違いない。
頭の中でも常葉くんの事を考えていると、すぐ後ろにその存在を感じた。
横から手が伸びるとシンクの中にマグカップが新しく置かれるので、無意識のうちにそれに手を伸ばして泡をつける。
「ねぇ、常葉くんって……」
蛇口を捻って流水音に言葉を乗せると、ほぼ同時に頭の拘束が緩くなる。
ふわりと緩やかに巻かれた髪の毛が一束胸の前に落ちると、今更、その事に気付く。
……あ、忘れてた。
今日、柿原さんに───。
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