テラーノベル
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音楽番組の収録後、誰もいなくなったグリーンルーム。
大森はソファに深く座り込み、譜面を見つめていた。
「また考えすぎてるでしょ」
そう言って声をかけたのは若井。ギターケースを置き、自然に隣に座る。その距離が、いつもより少し近い。
「別に」
そう返す大森の声は、少しだけ疲れていた。
若井は何も言わず、スマホで録音していたデモを再生する。
それは、まだ誰にも聴かせていない未完成のメロディ。
「俺、この曲好き。
大森が“誰にも届かなくていい”って思って作った曲ほど、
一番届くんだよね」
大森は驚いたように若井を見る。
そして小さく笑った。
「……それ、ずるい」
沈黙。
でも気まずさはなくて、むしろ心地いい。
「ライブ終わったらさ」
若井がぽつりと言う。
「海、行かない?曲作りとかじゃなくて」
「……逃避行?」
「そう。二人だけの」
その言葉に、大森は一瞬迷ってから、ゆっくり頷いた。
「じゃあ約束。
この曲、完成させたらね」
若井は笑って、指で小さく丸を作る。
「約束」
グリーンルームに残るのは、まだ名前のない曲と、
言葉にしない感情だけだった。
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