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「君って可愛いし面白いよね」
俺が瞳を見つめながら囁いたら、相手の女の子はうっとりした。
「そんなことないよ……」
「謙遜するなよ。君の瞳はこの広い空に煌めくどの星より美しいんだから」
星一つ見えない真っ昼間であることを思い出したが、まあいいか。
ここは湖に面した公園のベンチ。隣には昨日カフェでナンパした可愛い女の子。シチュエーションもムードも完璧。デートなんて楽勝だな。
「ところで君ってさ――」
女の子はすっかり俺に夢中だ。
「俺の子供を産みたくて仕方ないんだよな?」
嬉しいけど、ごめんな。彼女にはできない。身体だけの関係でもいい? ――と、言い終える前に衝撃が走った。
「ぶっ!?」
拳で顎を突き上げられ、俺の身体は弧を描く軌道で宙を舞った。
背中から芝生に落下して痛いが、そんなことより大事なのは顔だ。
両手で顎をサワサワしてみたが、いつもと同じ滑らかな皮膚と素晴らしい骨格で異変はない。
「あーよかった。俺、ちゃんとイケメンのままだよね?」
「サイッテー。確かにイケメンだけど!」
「それならよし! じゃあそろそろ行こっか? あれそっちにホテルあんの?」
「家だし」
「あ、好きな男とは家で一線越える派? 何か飲み物買っていきます?」
「てめーはくんな、騎士団呼ぶぞ!」
女の子は汚物を見るような目で俺を一瞥すると、振り返りもせずに去ってしまった。
「デートの途中で帰るなんて失礼だな!」
今の気持ちを表現するなら、プンスカだ。
だがしかし、それでもいい。今回は練習だから。
彼女いない歴十六年の俺がどうしてこんな恥を晒さなきゃならないのか。
ブサイクにならずに花嫁を見つけたいからだ。
え? 意味がわからないって?
でしょうね。
全ての始まりは昨日の誕生日のこと――
◆◆◆
≪十月三日(金) セネリス魔術学院 六学年Fクラス≫
「「「「ルリク様、十六歳のお誕生日おめでとー!」」」」
クラスメイトたちが、声を揃えて言った。
教室の真ん中の席、ケーキに刺さった十六本の蝋燭を俺が吹き消すと、男女の学級委員が円錐形のクラッカーから飛び出る糸に短刀を向けて呪文を唱えた。
「「炎魔術――リースマ」」
呪文に呼応して具現化した小さな炎が糸に点火し、爆発音と共にクラッカーの中身の紙吹雪が飛び出した。
「うわっ、髪にかかったかも」
髪を触って確認していると、クラスメイトの女子が短刀を向けて意気揚々と言った。
「任せて~! 風魔術――ヴェーシュ」
超初級の風魔術により、うちわで優しく扇いだ程度の微風が顔に当たった。
「威力弱すぎちゃって紙吹雪落とせなかった~。ルリク様ごめん! てへっ」
「仕方ないよ。超初級しか使えない落ちこぼれだからあ」
「ははは。上級魔術だったらルリク様も吹き飛んじゃうし、これくらいがいいよ」
クラスメイトの男女が笑い合っている。
「まあでもルリク様のほうが俺たちより成績悪いよな。超名家のご出身なのにどうしてー?」
「ブサイクになりたくないからだ」
「はあー?」
「あ……ほ、ほら! 難しい魔術って練習と失敗を繰り返すから、発動者が怪我することあるじゃん。痛いの苦手だし、顔も傷付けたくないし」
「ルリク様イケメンだもんね~」
Fクラスは劣等生が集まっているから、六年生でも上級魔術は使えない。
超初級魔術は誕生日会に華を添えるのにぴったり。上級魔術なんて日常生活で何の役に立つわけ? って感じだ。
ほのぼのした放課後の空気をぶち破ったのは、俺の幼馴染でありクラスメイトであり護衛でもあるサスキアだった。
「ル、ルリク様! 大変ですよお!」
教室の敷居を跨いでこっちに歩いてくる。
「どーした?」
サスキアは鎖骨までの真っすぐな桃色の髪と、髪よりも少し濃い色の瞳を持つ。くりくりした大きな目で小動物のように愛らしく、肌は透き通るように白い。
人目を引く美少女だが、今はお仕事モードで眉根が寄って情けない顔になっている。
「実家に帰ってこいって、お父様が伝令を送ってきました」
「げっ……魔術科目の成績が悪すぎたからお説教か……よし、逃げ――」
「ダ、ダメです! そんなことしたら私が怒られるんですからっ!」
「あ、コラ!」
サスキアに引きずられて教室から連れ出され、馬車に放り込まれた。
「ルリク様、髪に紙吹雪ついてます。おとー様に会う前におとーりにならないと」
「ダジャレかよ」
「偶然です」
「本当に?」
「はい。偶然です」
「あー、さっきクラッカー鳴らしたからな。てか、髪がボサボサになるから優しく取ってー」
「何甘えたことほざいてるんですか!」
「やめてー!」
サスキアが俺の艶やかな金髪をはたいた。
「ていうか敗残兵クラスで最下位って、びっくり仰天なんですけど……」
「エリートしかいないSSクラスに入れるのにFクラスにいるお前にはわかんねーだろーよ!」
俺は魔術科目の成績が悪い。
本当は上級魔術も使えるのに、諸事情により超初級魔術しか使わないから。
俺たちが通うセネリス魔術学院は六年制で全寮制の名門で、十一歳になる年から入学できる。
ここセネリス帝国は戦争で大きくなった歴史を持つから軍事に力を入れていて、精鋭の魔術師兵の育成を目的として設立されたらしい。
身分に関係なく全国から優秀な生徒を集め、学費も生活費も無料という好待遇。その代わり入試難易度はかなり高いし、もちろん魔術師の才能が必須だ。
「ダイヤモンドの中に混じれば、貴重な鉱物も石ころに見えるってな」
「自分のこと貴重な鉱石だと思ってるんですか?」
「え、俺のこと石ころだと思ってたの? いつから? 何年前から?」
「……」
無視された。
「お、俺、貴重だもん! 特別だもん!」
選りすぐられた生徒たちはさらに実力でクラス分けされ、どの学年も頂点はSSクラスだ。それに対して最底辺は俺がいるFクラス――通称、敗残兵クラスだ。
SSクラスとは校舎も寮も食堂も分けられていて、扱いに差がある。
「そんなことより、到着しましたよ」
「うげぇ」
目の前に広がる広大な敷地と石造りの城。ここは俺の実家だ。
セネリス帝国は貴族の領主が治める領土を、帝国王がトップに立つ中央政府がまとめている。
ロイヴァス家は国境付近を領土とする貴族のうちの一つで、俺は全資産と地位を相続する跡取り、ルリク・ロイヴァスというわけだ。
「私は外で待ってますので」
「来てくんないの!?」
「そんな情けない顔しない!」
サスキアに背中を押され、俺は父さんの執務室に入った。
ドアも閉められて、逃げ場はない。
「ルリク、来たか」
「父さん、おっす」
目が泳いだ。
俺の父さんは屈強な肉体と目鼻立ちの整った美形で、若いときは麗しの貴公子とか呼ばれていたらしいが――貴公子にありそうなものが一本もない。
窓から入った陽射しが父さんの頭に当たって反射し、ちょっと眩しい。そう、髪がないから。
「ルリク、お誕生日おめでとう」
「お、おう」
「お前も十六歳か。大きくなったな」
「まーな」
「充分大きくなったのだから、花嫁を決めなさい」
「は? 何?」
聞き間違いだろうか。
「花嫁を決めなさい」
聞き間違いではないらしい。
「そそそそ、そんなこと急に言われたって俺まだ十六歳!」
「大きくなったと言ったではないか」
「身体はな! だけど心はまだ少年だ!」
「案ずるな。身体さえ大人なら子供は作れるから早くヤれ」
「あんたまだ学生の息子に何言ってんの!?」
突然意味のわからないことを言い出して何なんだ。
「花嫁の条件は強い魔術師であることだ」
その言葉で、父さんは本気だとわかった。
ロイヴァス家の子供は魔術の天才的な能力を持っているが、母親が弱い魔術師だと出産に耐えられず、産むのと引き換えに母親が命を失う。
母さんは弱い魔術師だったから、俺は肖像画でしか見たことがない。
「母さんがいなくて、お前には寂しい思いをさせたな」
「父さんもだろ。だって母さんの話をするとき、いつも涙ぐむじゃん。酒でも飲む?」
「おお、ありがとう――って、そうじゃない! いや、ビールジョッキどっから出したルリク」
俺からビールジョッキを奪い、ビールを注いでグビッといくと、父さんはキリッとした表情になって語り始めた。
「五百年前の大戦のとき、セネリス帝国には四人の英雄がいた。四人は爵位が適用されない特別な貴族四家――通称、四大貴族の始祖となった」
いつもこれだよ。
父さんは一口でも酒を飲むと急に昔話を始めることが多い。
「うちは四大貴族の一つで、先祖は魔術師。五百年前に悪魔と契約して人間離れした魔術の才能を得たが、代わりに二つの呪いがかかった。一つは出産のこと、もう一つは能力を完全開放できるようになるためにはカンストするまで少しずつ代償が必要というもの」
「歴史や代償のことは、もう何万回も聞かされたからわかってるって」
強大な力を持った四大貴族がいるおかげでこの国は周辺国から恐れられていて、戦争が起これば同盟内では必ず主権を握れる。
四大貴族には地位と名誉の分、責任がある。幼少期から聞かされすぎて耳ダコだ。
「お前の子供に母親の手で育てられる人生を与えるためには、強い魔術師の花嫁を選ばなければいけない」
「そうかもだけど、花嫁候補もいないじゃん」
「お前は名門の魔術学院に通っているな?」
「まさか――」
その、まさかだった。
「うむ。セネリス魔術学院のSSクラスに所属する女子生徒の中から選べば申し分ないだろう」
「で、でも俺FクラスだからSSクラスの奴に会ったことすらないし!」
「お前がFクラスにいることがおかしい。絶対に才能はあるはずだ」
「でも俺は凄く雑魚なの!」
「何故だ? 努力もしないで何を目指しているのだ?」
そんなの、決まっている。
現状維持で変化しないことだ。
魔術の訓練をして経験値が増えると、レベルアップする。
ロイヴァス家の当主と未来の当主には、カンストするまで少しずつ代償を払わなければいけない呪いがかかっている。
代償の内容はバラバラで、父さんは髪だった。
そして俺にかかっている呪いは――
呪いは――
嫌だっ。考えるだけでも鳥肌が立つ。
「まさか――お前が支払わなければいけない代償、『カンストするまで少しずつブサイクになる』が嫌だからとは言わないよな!?」
あえて口にしなかったのに、バラしやがった。
「ああ、そーだよ! ブサイクになりたくないからあえて超初級魔術までしか使わないの!」
「顔より強さのほうが大事だろう!?」
「父さんは二十歳で永遠スキンヘッドになって苦労しただろ!?」
「もう一度髪の話題出したら城外の庭園まで吹き飛ばすぞ。髪があれば偉いのか? 俺は髪の代わりに最強の力を得て領民を守っている。それでも髪の量で人間の価値が決まるなら仕事を放棄するぞ」
「すみません……」
代償なんてたいしたことなかった風を装っているが、辛かったらしい。
「俺はSSクラスの編入試験なんて受けないからな! それにセネリス魔術学院って実力至上主義だから強くないとモテないじゃん。誰も相手にしてくんねーよ」
「強くなる覚悟が今すぐできないなら、条件を満たし、最弱のイケメンでもいいと言ってくれる花嫁を選べ。そしてお前は俺が引退する日までにカンストすること。これが唯一提案できる妥協案だ」
「そんな変わり者いるかな……」
「まずは広く浅く関われ。期限は三ヶ月やる」
「三ヶ月で出会いから婚約までしろってか!?」
「結婚しない男女はダラダラ時間だけが過ぎていたりするものだ。気持ちを伝え合えば解決するのに、彼氏じゃなくて女子会で相談したりしてな。寂しくさせたお前が悪いと自己正当化して浮気したり。あーやだやだ。これだから若い奴は。承認欲求満たしてないで結婚しろ。ぺっぺっ」
「女にトラウマでもあんのかよ」
父さんは俺の言葉を無視して、また真面目なことを言い出した。
「この八年戦争は起きていないが、いずれまた起きる。何があってもロイヴァス家が絶えないよう、俺はお前に早く家督を築かせたい。それに領主には行動力や決断力が大切だ。これくらいのことを期限内にできないような奴には跡を継がせないぞ」
「二十歳からスキンヘッドだった奴は言うことが違うな」
「はい、髪の話したね? ぶっ飛んでもらおうかな」
「すみません」
でもブサイクになるくらいなら、領主にならずに自由に生きるのもありかな――
「母さんはお前が立派な領主になると信じていた」
「うっ」
「家を継がないということは、母親を裏切るということだ」
「そんな……」
「期限内に花嫁を決めること。できなければ絶縁する」
「絶縁!?」
「今日は泊まっていけ。後でまた話そう」
追い出されて、俺はトボトボ廊下を歩いた。
「強い魔術師であり、俺の弱さを受け入れてくれるセネリス魔術学院の女子生徒……」
ふと、サスキアの顔が浮かんだ。
サスキアと出会ったのは八歳のとき。
おままごとからの護衛ごっこをしていたら俺を吹き飛ばしやがって、それでサスキアの魔術の才能が発覚し、俺の護衛になった。
『ルリク様はイケメンですね!』
チビっ子時代のサスキアがそう言ったから、俺は自分がイケメンだと気付いた。
それにサスキアはこうも言った。
『イケメンなルリク様のお嫁さんになりたいです』
あの言葉がきっかけで顔を守ってきた。サスキアに褒められて心の底から嬉しかったから。
サスキア、あの日の気持ちは今もハートの奥で輝いているよな?
俺は走った。サスキアがいる客間まで。
「サスキア!」
「うわっ。全力で走りました? 鼻の穴膨らんでますよ」
「マジか!? 鏡、鏡どこ!? ……じゃなかった。そんなことはどうでもいいんだ。その……あの……」
「どうしたんです? モジモジして」
「サスキアって、結婚願望ある?」
「んー。そうですねえ、ありますねえ」
おお、まずは一つ目のハードルはクリアした。
「子供は何人欲しい?」
「ギルドのSSランクのダンジョン攻略案件に推奨されるパーティー人数くらいですかね」
「なるほど、二人だな」
「SSランクですよ?」
「えっと、三人?」
「知らないならそう言ってください」
ギルドなんて俺の立場上一生利用しないだろうし、知っているわけがない。
「どういう男が理想?」
「んー。これといって好みってなくて――」
「マジ? じゃあ俺と――」
「唯一の条件は、強いことですかね」
「え」
「お金なくても、カッコよくなくてもいいので、強くあって欲しいです。隕石が落ちてきても拳ひとつで砕いちゃうくらい。いやそれ強すぎ? てか人間じゃないし」
オワタ
お嫁さんになりたいって言ったじゃん嘘つき!
その場にへたり込むと、サスキアが顔を覗き込んできた。
「ど、どうしたんですか?」
「全部お前のせいだ!」
「ええっ!?」
じとっとした目でサスキアを見つめていると、父さんが「ここにいたのか」と、つるつるでテカテカの頭をまさぐりながら客間に入ってきた。
「丁度よかった」
「んだよ! 何もかも上手くいかなくて絶望してるとこだ!」
「そうかよかったな。ところでルリク、SSクラスに編入が決まったぞ」
「編入試験も受けてないのに!?」
「もちろん」
「ちょっと待て」
「待たない。三ヶ月以内に花嫁を決めろよ」
父さんが俺の肩を叩くと、サスキアが怪訝な面持ちで首を傾げた。
「花嫁?」
SSクラスなんて、行きたくない。
「い、嫌だああああ! イケメンのままでいたいいい!」
俺は頭を抱えて、ブンブン振り続けた。