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「ロイヴァス家の跡取りって、顔と親の財産だけの能無しかよ」
「実力もないのに見栄張ってSSクラスとか、笑かしよる!」
「プゲラ!」
俺ができるだけ存在感を消して自席で丸まっている中、スクールカーストトップのリア充どものささやき声が聞こえてくる。
「青春ってなんだろうな……サスキア」
「苦しみや葛藤です」
「そんなの嫌だあああ」
頭を抱えて悶えていると、黒板の前にいるお調子者っぽい男子生徒が手を振ってきた。
まさかスクールカースト最底辺に堕ちた俺と仲良くしてくれるのか。何ていい奴!
「ルリク様!」
「うんうん。何? 俺と友達に――」
「僕これから昼寝するんでぇ掃除当番代わってくれますぅ?」
え、何? コイツめっちゃ嫌な奴じゃん。
彼から渡された箒を手にして茫然としていると、水色のショートヘアの美少女が絡んできた。
「プップー。SSクラスは実力至上主義だからごめんねっ!」
ちくしょう。全ての元凶め。
なあ、父さん。だから言ったじゃん。SSクラスなんて行きたくないって!
◆◆◆
≪十月六日(月) セネリス魔術学院 六学年SSクラス≫
「えー、ルリク君とサスキアさんです。二人とも家庭の事情でFクラスでしたが、今日からSSクラスの仲間になります」
黒いローブの中年男性。このクラスの担任であるガガリン先生が、教壇に立つ俺たちのことを限りなくグレーに近い内容で紹介した。
「SSクラスの制服って窮屈だよな?」
俺は隣にいるサスキアに耳打ちした。
「そうですかね? Fクラスの緩い感じより個人的には好きですが」
Fクラスはシンプルなローブだったが、SSクラスはかっちりしたジャケットにネクタイが必須。下は男子がパリッとしたズボンで、女子は膝丈のプリーツスカートだ。
制服だけでなく、校舎も違う。
SSクラスの教室は歴史ある石造りの大きな城の中にあるが、Fクラスの教室はこぢんまりとしたレンガ造りの建物の中で、何も知らないとアパートと間違えそうな外観をしている。
「ルリク君とサスキアさん、一番後ろの席を使ってね」
空席は窓の隣から横に三つ並んでいる。
どれでもいいのだろうか。俺が真ん中を選ぶと、サスキアは通路側の空席に着いた。
「窓側のほうが快適そうなのに、通路側の席なんだな」
「敵襲は廊下からと相場は決まっています。ルリク様を守りながら敵をぎったんぎったんのめったんめったんにできるベストポジションです」
「敵襲?」
今までそんなの受けたことない。
スクールバッグから教科書を出して揃っているか確認していると、俺の一つ前の席に座っている水色のショートヘアの女子生徒が、振り返って話しかけてきた。
猫のようなつり気味の目が、好奇心に溢れて輝いている。
「初めまして。あたしはエジェ。よろしくね」
「ああ、よろしく」
彼女は手足が長そうで、座っているから確信は持てないが多分背も高いだろう。ボーイッシュで快活な雰囲気の美少女だ。これまで関わったことがないタイプだから新鮮だった。
「噂で聞いたんだけど、四大貴族のロイヴァス家のご子息って本当なの?」
「ああ」
「すごーい。敬語使ったほうがいいですか?」
「タメ口でいい。ここの生徒は身分に関わらず対等だろ?」
「貴族なのに偉ぶらないで素敵!」
「まあな! って、いてぇ!」
サスキアに足の甲を踏まれた。
「どうしたの?」
俺はエジェに、「何でもない」と答えて誤魔化した。
サスキアには謙虚に振る舞えと指示されている。新しいクラスメイトたちに興味を持たれすぎると、本当は弱いことがバレやすくなるから。
「えーっと、一限目は……」
「セネリス帝国史だよ」
「ありがとう、エジェ」
この子めっちゃいい子じゃん。SSクラス新生活、幸先いいな。
少し経つと歴史の先生が教室に入ってきて、黒板に長々と文字を書き始めた。
「百年前の第十五次帝国戦争で勝利した際に結んだ、うちの国に有利すぎて敵陣営の不満が爆発した条約の名前がわかる人は?」
誰も答えない。
「皆さん、魔術科目だけが得意ではいけませんよ。歴史上の出来事は表面の形を変えて繰り返すのですから。過去を知ることが未来に繋がります」
なるほど。
SSクラスの連中はエリートだが、魔術科目特化型ってことか。
「そうだ、今日からルリク君が編入したのですね。座学の成績はいいのだからわかりますよね?」
『座学の』という部分を強調された気がする。
「ルリク君、回答してください」
謙虚でいろと言われたが、この場合は仕方ない。
「モウズット・ショクミンチダ条約ですね」
「正解。さすがですね!」
先生が拍手すると、クラスメイトたちが感嘆の声を上げた。
「すごーい。ルリク様って優秀だね!」
「まあな」
エジェが振り返って褒め称えてくれた。悪い気はしない。この子、なかなかいいぞ。花嫁候補にできるかもしれない。
「あたし体育会系で座学は苦手なんだ。今度教えてくれる?」
「任せとけ。こんなのコツを掴めば楽勝だ――って、いでぇ!」
また足を踏まれた。
「どうしたの?」
「いや、エジェ……何でもないんだ」
一限目が終わるなり、サスキアが呆れた顔で俺を見据えた。
「もー、すぐ調子に乗るんですから」
「ついFクラスのノリになっちゃうんだよ」
「弱いのバレないようにサポートするって大変なんですよ。せめて目立たないようにして欲しいです」
「あーあ、ずっと座学ならいいのに――」
という俺の希望は、男子生徒たちの会話で脆くも崩れ去った。
「二限目は風魔術の授業だな」
「今日も思いっきり魔術をぶっ放すぞ!」
俺は彼らの言葉を聞くなり、急に胃が痛くなった。
「おおおおお俺医務室行きたい」
「めちゃくちゃイがいたイがためですね」
「何? ダジャレ?」
「違います」
「今回のはちょっとイケてないぞ」
「だから違いますって。さすがに初日からサボりはダメですよ……」
俺はサスキアに襟を掴まれて引きずられ、校庭に連行された。
「無理!」
「大丈夫です。私がサポートして誤魔化しますから」
校庭に来てもなおぐずっている俺を、サスキアがなだめた。
「た、頼む。初日から弱いってバレたら花嫁探しが難航するかも」
最弱イケメンでいいと言ってくれる変わり者をSSクラスで見つけるのは難しい。だが、愛が生まれてから本当は弱いとカミングアウトしたらどうだろう?
受け入れてくれる相手はいるはずだ。
俺はそれを狙っている。
「任せてください! お父様からも愚息を手伝ってやれと言われてますので」
「愚息?」
「とにかく私に任せておけば大丈夫です」
「さすがサスキアさん! 頼もしい!」
興奮してサスキアに抱き着こうとしたが、手のひらで顔を押し返された。
「顔はやめて……押すのはボディにして……」
「どんな魔術科目も私がいれば心配なっしんぐで――」「ルリク様確保!」
サスキアがドヤ顔している隙をついて、エジェが俺の腕にまとわりついてきた。
サスキアは巨乳だから、エジェの服越しにもわかるぺったんこさにびっくりしたが、そんなことより確保って何だ。
「あたしとやろう」
「え、ヤるって何を!?」
「二人一組のやつ」
「準備運動とか?」
「違うよ。魔術の練習に決まってるじゃん!」
「ダメ、ダメダメダメ! せ、先生―!」
先生たちはコネ編入だと知っているからフォローしてくれる。俺は情けない声で呼んだが、タイミングが悪く聞こえなかったらしい。
「皆さん、武器は持ってきました? 今日は前回呪文を学んだ上級の風魔術を二人一組でやりますよ。覚えていますか? 呪文は『ヴェルキー・ポリフ』でーす」
ナイスな発言だ風魔術の先生。さっきの無視は許してやろう。
ここで忘れ物を理由に逃げる。そうしよう。
俺は威勢よく手を上げた。
「先生、忘れ物したから見学させてください!」
「あれ? ルリク君、サスキアさんと組まないのですか? SSクラスの子とやろうなんて素晴らしい向上心ですね。だって君って激弱――」
「うわあああああ!」
おいコラ暴露すんな。最後まで言わせないように、俺は風魔術の先生の言葉を叫び声で遮った。
「サスキアさんが持っているのって君の武器ですよね?」
「は!?」
サスキアを見ると、剣を二本持っている。
「サスキアあああああ!」
「すみません。持ってきちゃいました☆」
サスキアが魔術師用の武器――ノスト・アームを渡してきたから、受け取る動作のついでにエジェを振り払った。
「うう……」
世の中には魔力を持つ人間と持たない人間がいる。
前者は魔術師の才能があるが、魔力があるからといって何もなしに魔術を発動できるわけではない。
魔鉱石という特殊な鉱石を埋め込んだノスト・アームに触れたうえで呪文を唱えないと、魔術という名の魔力の具現化はできないのだ。
魔力は体力と同じようにずっと使い続ければ消耗し、回復するまで休息が必要になる。
万が一戦闘中にそうなってしまった場合でも身を守れるように、ノスト・アームは物理戦対応の形をしているものが多い。
剣だったり弓だったり。どれを使うかは個人の好みで、俺はビジュアルがカッコイイという理由だけで剣を選んだ。
「ルリク様が剣を持ってる姿、久しぶりに見ました」
「Fクラスでは短刀型以外禁止だったからな」
短刀型は初級魔術までしか発動できないし、戦闘よりリンゴの皮剥きに向いている。
「自由に選ぶのは途中で禁止になっちゃいましたもんね~」
実は俺たちの学年のFクラスは、二年生から四年生の途中までノスト・アームの選択は自由だった。
けれども、とある男子生徒が暴発させて侯爵の息子の頭を坊ちゃん刈りにしてから短刀型のみになった。
「ルリク様、やるよ!」
振り払ったはずのエジェが戻ってきたから、俺はサスキアに助けを求めようとしたが――エジェの奴、それよりも早く動きやがった。
円形の、リーチが短いうえに特注の鞘とかも必要になりそうな小型の剣を構えている。
「エジェ、いっきまーす! 風魔術――」
「ま、待て! いくらなんでもイくには速すぎる」
「下ネタですか? もー。ルリク様ってば一分に一回はエロいこと考える狼なんだから」
「いや、俺は狼じゃなくて紳士だぞ! 十六年間童貞を守ってきたし! ていうかサスキア、そんなこと言ってないで早く助け――」
「四大貴族のご子息と戦えるなんて嬉しいです! ――ヴェルキー・ポリフうううう!」
オワタ
俺は父さんの教育方針により、幼少期に上級魔術の呪文を大量に暗記済みだから防ぐ方法は知っている。
でもオワタなのだ。
ブサイクになりたくないもの。
あ、身を守らないと外傷でブサイクになるかもって?
ははっ。一つだけ確かなことがある。
どっちに転んでも最悪ってことだ!
俺の足元に竜巻が具現化して身体が宙に舞い上がり、雲に手が届きそうな距離まで到達した気がした。
竜巻の風が浅く切りつけてくるが、身体はまだいい。顔だけは守らねーと!
竜巻が薄くなるにつれて落下し、俺は地面に叩きつけられた。
「ぐえっ!」
痛みを噛みしめながら腕をどかすと――サスキアが覗き込んでいた。
「あちゃー……無事ですか?」
「顔は傷付いてない?」
「はい」
「じゃあ無事」
「基準はそこですか」
上体を起こすと、俺を取り囲むように集まってきたクラスメイトたちの会話が聞こえた。
「本当にロイヴァス家の人なんだよね?」
「何で防がなかったの?」
「家庭の事情でFクラスっていうか、実力がFクラスってこと?」
空気を察した風魔術の先生が、「はいはい、皆! 二人一組でヴェルキー・ポリフの練習をしてください」と、言って追い払ってくれた。
風魔術の先生に許可を取って、俺はサスキアと共に医務室へ。この授業から逃げ出すことに成功した。
二限目の終了のベルが鳴るなり医務室から追い出されたが、今日はこの後座学の授業のみだ。
ひとまず安堵したのも束の間。三限目の前に教室へ戻ると、別の問題が発生していた。
「あ、来たよ(ひそひそ)」
「マジだ(ひそひそ)」
腫れもの扱いか。無視して席に着くと、エジェが近寄ってきた。
「さっきはごめんねえ」
「お、おう。気にしてないぞ」
「ルリク様って本当の実力を隠してるんだよねー? プップー」
あからさますぎる手のひら返しだ。
エジェは後ろにリア充っぽいクラスメイトたちを従え、率先して俺を嘲笑っている。
そうか、SSクラスの支配者はこいつか。
「ははは、まあそんな感じ」
「そーだよねー。こんな雑魚なわけないよねぇー? プップー」
エジェが嫌味な笑みを浮かべると、サスキアが肩をプルプル震わせた。
「ぐぎぎ。私の主に向かって何たる無礼」
「いや、刃物片付けて。お前魔術師なのに物理戦でボコろうとしてんの?」
こうして俺のSSクラス生活は初日で地に堕ち、放課後になるなりよく知らない男子生徒に箒を押しつけられて今に至る。
彼の掃除の持ち場は校庭の隅にある倉庫だという。埃っぽい中、ついてきてくれたサスキアと床を掃いていると、箒の柄に目が留まった。
魔鉱石が埋め込まれている。
つまりこれもノスト・アームだ。掃除中に敵襲があっても戦闘できるようにということらしい。
Fクラス用は(例の事情により)ただの箒だったから新鮮だ。
「ここって、本当に精鋭の魔術師兵を育成するところなんだな」
「何を今さら」
「エリートって我が強くて嫌になるぜ」
「ルリク様も我は強いですけどね。ナルシストだし」
「俺はナルシストじゃなくて、昔お前が俺の顔を――」
と、言い終える前に、嫌な奴がクスクス笑いながら登場した。エジェだ。ここまでからかいに来るとかどんだけ性格悪いんだよ。
「お掃除い?」
「俺は綺麗好きだからな!」
「どーせ戦場に出ても使えないんだから、掃除くらいできないとねえ」
「そーだな。前線に立たない領主の息子で助かったわ」
「でも弱いとモテないよ。どうせ童貞で、ナンパした女の子に殴られてフラれるみたいな感じでしょ?」
「ははは! そんなことないぞ!」
お前は俺の練習デートを見ていたのかよ。
「ルリク様ってピーはピーな長さで三秒でピーっぽいし」
無礼な!
でも俺は紳士だからまだ怒らな――
「自分はイケメンって思ってるかもだけど、全然そんなことないし。イケてるっていう女がいるならそいつ見る目ないわ。絶対中身空っぽでろくでもないマヌケ面のアホ女でしょ?」
ああん?
昔俺の顔を褒めてくれたサスキアのことも侮辱するのか。
傷付いていないか心配でサスキアを見たら、目が合ってきょとんとされた。この反応からして気にしていないようだが、俺の腹の虫は収まらなかった。
「うがああああ! もう怒ったああああ!」
「あたしのこと吹き飛ばせるくらい強いなら謝ってあげるけどー」
言ったな。
俺は別にいい。でも、サスキアに対しては謝ってもらおうか。
俺は箒の柄をエジェに向けた。
「はあ? 成績二位のあたしにあんたみたいな雑魚が魔術を使おうとしてるわけ?」
俺にはカンストするまで、レベルアップする度に少しずつブサイクになる呪いがかかっているが――
『少しずつ』なんだから、一回くらいはセーフだよな?
キッとエジェを見据えて、言葉を発した。
「風魔術――」