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碧は料理が上手く、ダイニングテーブルで向かい合ってそれを一緒に食べる
今日は鶏肉と野菜たっぷりのラタトゥイユと、


俺の好きなローストビーフだった。


「このローストビーフ、本当に美味いよ」


俺がそう言うと、碧は嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。最近作り方を変えたんだ。タケルくんが美味いって言ってくれるなら嬉しいよ」


碧の笑顔はいつも温かくて


今から殺す相手とは思えないほど


純粋だった。


しかし、心の中では冷静にチャンスを探っていた。


食事を終えて一息ついた時


碧がふと席を外したのを見計らい、彼のコップの中に、隠し持っていた睡眠薬を静かに溶かし入れた。


カプセル状の薬は、音もなく水の中に混ざり、一見しただけではわからない。


殺すことは確定している。


その事実は変わらない。


散弾はごくごく普通


睡眠薬で眠りに落ちたら、隠し持っている拳銃で頭部と心臓に弾を撃ち込み、即死させる。


簡単なことだ


今目の前にいる碧がアサシンのようにはとても思えないが


上司の忠告を考慮すれば


真正面から拳銃を向けて無鉄砲に戦うよりは成功率も高いだろう。


それから少しして碧が戻ってきて


再びテーブルにつく。


「タケルくん、今日の晩酌は何にする?」


そう聞く碧の笑顔は無垢で、まるで子供のような純真さを感じさせた。


「今日はワインにしようかな。君が選んだやつなら間違いはないだろうし」


そう答える俺の口調は自然な隣人として彼の目に映っている筈だ。


だが、心の奥では焦燥と罪悪感が渦巻いていた。


「いいね。」

そう言って、碧が睡眠薬入りのコップを手に取り口をつけた。


(よし、飲め…)


そう思った時だった


碧が急に動きを止めて


思い出したように『ところでさ』とコップをコトっとテーブルに置き直してこっちを向かずに言った。

「遼くんってさ、誰に頼まれて俺に近づいたの?」

瞬間、心臓を鷲掴みにされるような畏怖感に包まれた。


心臓が、止まった。


否、激しく脈打って、耳の奥でどくどくと響いている。


思考が完全に停止し、体が石のように硬直する。


頭の中にあった、睡眠薬、拳銃、任務完遂、自由、といった単語が、一瞬で吹き飛んだ。


「な、何の話してんの」


平静を装って笑い、言葉を紡ぐが


碧は、まだこちらに顔を向けず、コップに手を置いたままだった。


「?…とぼけなくてもいいのに」


これまで感じたことのない、冷たい圧力が放たれているのを感じる。


優しい「お隣さん」や「飯友」の仮面の下に隠されていた、別の顔。


俺が言葉を待っていると


ゆっくりと、本当にゆっくりと、こちらに顔を向けて


かと思えばスっとこちらが何も出来ないうちに


指を自分の唇まで伸ばされて


彼は指先でそっと俺の|口唇《こうしん》をなぞり


「山内健なんて在り来りな偽名使って」


ニコリ、と碧は笑った。


その笑顔は完璧だった。


だが、その完璧さが、逆にゾッとするほどの恐怖を俺に与えた。


完全に流れが変わった


偽名ということがバレた


ということは、俺の正体も、目的も、全て──。


手に持っていたフォークが、カチャリ、と皿に落ちる小さな音が、異常な静寂の中でやけに大きく響いた。


睡眠薬を入れたコップが目に入る。


きっとこいつは薬が入っていることも解っている


もしかしたら、席を立ったのもわざとかもしれない。


全部見抜かれているのかもしれない……


そう思わせるほど、どこまでも感情の読み取れない表情をしていた。


今、俺が取るべき行動は? 逃げる? いや、この雰囲気、この部屋から逃げられる気がしない


抵抗? 拳銃は隠し持っているが、この男の気配、隙のなさ。


馬鹿みたいに命乞いをするのもプライドが邪魔をして出来そうにない


何より、こいつに頭を下げた時点できっと俺は瞬殺されてしまうだろう。


馬鹿なことを考えていた。


目の前にいるのは本物の捕食者だ。


上司の声が、遠いこだまのように耳に蘇る。


『殺し損ねて帰ってきてみろ、その時は……お前を、裏切り者として処分するからな』


任務失敗。目の前の男は殺せない。


そして、俺は帰れない。


八方塞がりにもほどがあるだろ。


「そんなに怯えなくてもいいんだよ、遼くん」


碧が席を立ち、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。


その一歩一歩が、俺を追い詰めるように感じられる。


後退りするように椅子から立ち上がって微小に震える足を引きずるように後ろに一歩下がるが


その眼が


蛇のように巻きついて俺を捉えて離さない


どうする、撃つか


撃っていいのか?


撃ったらどうなる?


まず当たるのか


そもそも眠らせてから殺す算段だったってのに


丸腰のこいつに弾を当てられる気がしない。


一応、ズボン子右ポケットにバタフライナイフナイフは入っているが


近距離戦に持っていくべきか


そんな考えを巡らせていると


「別に、君を殺したりはしないよ」


碧は俺の目の前に立ち、俺の顔を覗き込んだ。


その瞳の中に、歪んだ喜びのような光が見えた。


「は…?殺さ、ない?」


ますます意味がわからない


何言ってんだこいつ


「だって……殺すなんて、勿体ないじゃないか」


碧の指先が、震える俺の頬に触れる。

毒蛇アサシンの求婚が止まらない件

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