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蟲柱と花柱
・・・・・・・・・・
お願い、姉さん。お願いよ…!
柊依さんがそちらに行こうとしたならば、どうか彼女を追い返して。まだ連れて行かないで。私には…、鬼殺隊には、彼女の存在が必要なの。失いたくないの。お願い…、姉さん…!
仏壇の前で亡き姉に手を合わせながら、必死に祈るしのぶ。1日に何度も。これももう10日目だ。
柊依がここに運び込まれてから10日が経った。相変わらず、彼女の意識は戻らないまま。それでもなんとか、弱々しくも心臓は規則正しく動いていた。
「…ふーーーーっ……」
しのぶは大きく吸った息を時間を掛けて吐き出し、立ち上がった。そろそろ療養中の隊士たちを診る時間だ。
順番に部屋を回って診察し、アオイやなほ、すみ、きよに指示を出す。
最後に柊依の病室へ向かう。花柱に弟子入りした双子の兄弟は、彼女がここに運び込まれて3日後からそれぞれの育手のところに修行に行って、今は不在だった。早く強くなろうと必死なようだった。
「柊依さん。調子はどうですか?点滴が終わったみたいなので変えますね」
声を掛けるが、当然まだ返事はない。
「ちょっとチクッとしますよ。泣かないでくださいね〜」
小さな子どもじゃないのだから、点滴の針の痛み如きで彼女が泣くわけがない。でも、少しの冗談でも混ぜなければ自分の気持ちが保ちそうになかった。
一旦針を抜き、点滴のパックを変えて新しい針を刺す。液漏れして一部、白い手の甲が青紫色になっていて痛々しい。
点滴の流れる速度を調整し、ちゃんと落ちてきているか確認する為、上を見たしのぶ。
『…ふえぇ〜〜ん……』
「えっ!?」
か細い泣き声?が聞こえて、驚いて振り返ると、今まで意識のなかった柊依が目を開けてこちらを見て微笑んでいた。
『痛いよぉ〜。お注射しないで〜』
「ひ…、柊依さん…?」
そっと柊依に近付く。
『しのぶちゃん…、迷惑掛けてごめんね。私、どのくらい寝てたのかな…?』
「…10日くらいです。柊依さん、目が覚めたんですね。よかった…!」
質問に答えながら、視界がぼやけていくのを感じたしのぶ。熱い雫がぼろぼろと頬を転がり落ちていく。
『ああっ…!しのぶちゃん…。ごめんね、心配させちゃったね』
柊依が眉をハの字に下げてしのぶの濡れた頬を指で拭う。
「…ぅっ…、うぅっ…」
嗚咽が漏れる。しのぶは堪らず、まだベッドに横たわったままの柊依にぎゅっと抱きついた。柊依も重い腕を持ち上げて、しのぶの身体に回す。
「柊依さんっ…、…私っ…、柊依さんまで失うんじゃないかって…怖くて…!必死に姉さんにお願いしたんです。…連れて行かないでって…!毎日、毎日…、何度もお願いしてたんです…! 」
『うん、うん。ごめんね。…カナエちゃんにね、まだこっちに来ちゃだめって怒られちゃったよ』
震えるしのぶの背中をそっとさすりながら柊依が話す。姉に追い返された話が本当かどうかなんて分からないけれど、とにかく今は、彼女が意識を取り戻しただけで嬉しい。
ゆっくりと身体を話す。柊依はまだ青白い顔をしていたが、にっこり笑った彼女はとても綺麗だと思った。
ちり紙で涙を拭い、鼻をかむ。
「…有一郎くんと無一郎くんもすごく心配してました。柊依さんが危ない時はずっと泣いてて。容態が落ち着いた4日目からは、育手のところに修行に行っています」
『そっか…。みんなに心配掛けちゃったね。……一緒に任務に行ったあの男の子も、上弦の壱の攻撃で呆気なく死んじゃった。柱の私が守らないといけなかったのに…』
悔しそうに眉を寄せる柊依。
『…あんな斬撃、あの強さ。今まで戦った鬼と全く違う』
「どんな術を使ったんですか?」
『……全集中の呼吸を使ってた…』
「えぇっ!?」
想像していなかった柊依の言葉に、思わず声が裏返るしのぶ。詳しく聞こうと、ベッドの脇の椅子に腰掛ける。
『…歪な形をしてたけど、あの鬼も刀を持ってた。…多分、昔は鬼狩りだったんだと思う。それでね、目が6つあるの。侍みたいな格好してて。威厳すらあった』
貴重な上弦の壱の情報を、しのぶが急いで紙に書き留める。
『放つ斬撃の中にも細かい刃がついたような攻撃だった。ひとつの攻撃を避けても躱しても、大なり小なり斬撃を受けてしまう。しかもね、間合いがとんでもなく広くて』
「そんな…」
柱の柊依でさえここまで負傷させられた上弦の壱の強さ。そんな相手に、ましてや鬼の始祖である鬼舞辻󠄀無惨に、我々鬼殺隊は勝てるのだろうか。前に一度、柊依が遭遇した鬼舞辻の容姿や攻撃の特徴を聞いたことがある。奴も変幻自在に伸び縮みする腕のような触手のようなもので広い範囲を切り刻み、あっという間に柊依の家族を皆殺しにしてしまったと。
『でもね、いくら上弦の壱といえど、やっぱり太陽の下には出てこられなかった。どれだけ強くても、奴らの弱点は太陽なの。あの鬼が放った斬撃も刃も、陽に当たった途端消えちゃったし』
柊依が窓の外を見て眩しそうに目を細める。
『…それとね……』
「どうしたんですか?」
何かを考えるように一旦言葉を区切った柊依が、少しの間を置いて再び口を開いた。
『何となくよ。…偶然だと思うんだけど、必死に戦ってた私の何かの剣技の動きで、相手が顔や身体を強張らせたように感じた場面があったの。…もしかしたら、あの鬼が遠い昔に経験した苦い記憶を呼び覚ましたんじゃないかと思って』
「鬼の記憶…、ですか」
『うん。ただの憶測よ?ひょっとしたら、“始まりの呼吸の剣士”が使ってた技と何か結びつくものがあったのかもって。…上弦の壱は侍みたいな格好だったって言ったでしょ?歴史の資料で見るような、戦国時代の侍みたいな姿だったの』
「なるほど…」
長いこと鬼殺隊に身を置いていた為、いつかのタイミングで耳にしたことのある“始まりの呼吸の剣士”たちの話。彼らは戦国の世から存在し、鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めた者もいたと聞く。もし、仮に柊依の憶測が当たっているならば、鬼の始祖をも追い詰めた“何か”が太陽の光以外にも強い鬼たちを討つ手掛かりとなるかもしれない。
『…もし、上弦の壱が直接経験したことのあるものじゃなくても、強い鬼ほど鬼舞辻の血が濃いって話なら記憶とか戦った鬼狩りの情報も共有されてたりするんじゃないかと思って』
正確ではないが、どこか核心をついているような柊依の話。
『…炎、水、岩、雷、風の基本の呼吸も元は始まりの呼吸の派生って聞くでしょ。それらが最も始まりの呼吸に近いなら、それぞれの呼吸の中で何かしら、始まりの呼吸…“日の呼吸”を再現できないかと思って。…まあ、“日の呼吸”を誰も知らない状態では再現できてるかどうかも分からないんだけどね』
目を覚ましてすぐにたくさん喋って疲れたのか、柊依がふーっ…と静かに溜め息をつく。そんな彼女を、しのぶがそっと抱き起こして水を飲ませた。ありがと、と柊依が微笑んだ。
「柊依さん、貴重な上弦の壱の情報をありがとうございます。早速他の柱やお館様たちと共有しましょう。“日の呼吸”についても、もっと詳しい情報が欲しいですね」
『そうね。ただ、“日の呼吸”は本当に情報が少ないってしのぶちゃんも知ってるでしょ?前に聞いた話では、昔、無惨が徹底的に“日の呼吸”に関する人を殺してしまったって話よ。それ程、“日の呼吸”は無惨にとって大きな脅威になったんだと思う。……でも、“剣技”じゃなく“別の何か”としてどこかの誰かに伝わってたらいいよね…』
「剣技ではない別の何かですか……。例えば?」
『んーー…。……神楽、とか?』
なるほど。数ある呼吸の剣技の中には、時折、舞のように見える動きのものもある。もし、それらのように、“日の呼吸”が剣技ではなく舞や神楽としてどこかで継承されていたとするならば、調べてみる価値はあるのかもしれない。…全国各地の神事や神楽を片っ端から調べるのは少々骨が折れるかもしれないが。
「分かりました。そのこともお館様に相談してみましょう」
『うん』
「…あ、いけない」
『どうしたの?』
「柊依さんが意識を取り戻したこと、みんなに知らせてませんでした。すぐに連絡しますね」
『あ、そっか。ありがとう』
しのぶに呼ばれた彼女の鎹鴉と、柊依の鴉に伝え、他の者に知らせに行ってもらう。
「…ところで柊依さん」
『なあに?』
「いつから目が覚めてたんですか?」
『えっとね…、覚えてるのは、“ちょっとチクッとしますよ”って言われた辺りかな。あ、しのぶちゃんの声だと思って目を開けたの。もう子どもじゃないのに“泣かないでくださいね”なんて言われるから、ほんとに小さい子みたいにぐずってみようと思って』
「そうだったんですね。…あんな冗談でも織り交ぜないとやってられなかったんですよ」
これまで心配で不安で堪らなかったのを思い出し、しのぶがまた涙を浮かべた。
『ごめんね。…ちゃんと眠れてなかったでしょ?お化粧してるけど、クマができてるのが分かる』
「…隠しきれてませんでしたか」
『うん。……ただの寝不足ってだけではない気もするけど』
柊依の言葉にドキッとするしのぶ。誰にも告げていない、姉の仇を討つ為の作戦がバレてしまったのではないか、それをやめるよう言われるのではないかと内心焦る。
「…平気ですよ。それより、柊依さんが目を覚ましてくれて本当によかったです」
『ありがとう。…ね、しのぶちゃん。背中を起こしてくれる? 』
「分かりました。少し待ってくださいね」
しのぶがベッドの端のハンドルに手を掛ける。くるくる回すと同時に、柊依の足元が高くなった。
「あ、間違えた。すみません」
『ふふふ。いいよ』
上がった足元を元に戻し、別のハンドルを回して今度こそ柊依の上半身が起こされた。
『しのぶちゃん』
柊依がそっと腕を広げた。しのぶが無言でそこに抱きつくと、まだ点滴の繋がった腕が小柄な彼女を包み込んだ。
『ごめんね。ありがとうね。…しのぶちゃん大好きよ』
「…っ…、私も…、柊依さんが大好きです…!」
姉が亡くなってから、いつも笑顔でいることを心掛けていた。どれだけ腸が煮えくり返りそうでも、悔しくても、つらくても、姉さんが好きだと言ってくれた笑顔を絶やさないように。
でも、この人の…、柊依さんの前ではそれができないことがある。私がつらい時、何も聞かずにこうしてぎゅっと抱き締めてくれる彼女の気遣いや温もりが本当に嬉しくてありがたい。
しのぶの頬を涙が伝い、柊依の肩に落ちて吸い込まれていった。
続く