春。
ぷち町にも、あたたかな風が吹いていた。
いむくんはひとり、公園のベンチに座っていた。
目の前には、満開の桜。
──あの日と、同じ風景。
去年、たまちゃんと過ごした夏。
そして、別れ。
忘れたくなくて、何度もこの場所に来ていた。
「……来るわけないよなぁ」
つぶやいて、ため息をつく。
たまちゃんがくれた水彩の絵は、今も大事に机の中にしまってある。
笑顔の思い出は、色あせることなく残っていた。
そのときだった。
「……いむくん?」
その声は、春の風にまぎれるように、やさしく届いた。
振り返ると、そこに──
白いワンピースに、少し短くなった髪の女の子が立っていた。
「──たまちゃん……?」
いむくんは立ち上がったまま、言葉を失った。
目の前にいるのは、間違いなくたまちゃん。
でも、ほんの少し雰囲気が変わっていた。
「ただいま、いむくん」
たまちゃんは微笑んだ。
「……なんで……どうしてここに……!」
「お父さんの転勤、またこの町に戻ってきたの。ほんとは、春からここに住んでるの」
「えっ、じゃあ、ずっと……?」
「うん。でも、最初は怖くて。いむくんに会うの、こわかったの」
「こわいって……なんで……?」
「だって……あのとき、“さよなら”って、ちゃんと言えなかったから。
いむくんに、ちゃんと向き合えなかった。だから……ずっとずっと、会わせる顔がなくて……」
いむくんの心に、すこし痛みが走る。
でも──それでも。
「……オレ、嬉しいよ。たまちゃんに、もう一度会えて」
数日後。
たまちゃんは、いむくんたちの通う学校に転校してきた。
最初はみんな「かわいい!」と盛り上がり、クラスの人気者に。
でも、いむくんはなぜか、距離をとってしまっていた。
(……なんか、前とちがう)
明るくて、みんなに笑顔を向けるたまちゃん。
その姿が、少しだけ遠く感じてしまった。
「ねぇ、たまちゃんって、いむくんと昔から知り合いなの?」
ひなこちゃんがたずねた。
「うん。……ちょっと、特別な夏を一緒に過ごしたの」
それ以上は、たまちゃんは何も言わなかった。
いむくんは、うまく笑えなかった。
それから何日かが過ぎて。
いむくんは、自分がモヤモヤしている理由に気づいた。
──たまちゃんは変わった。
でも、オレのなかでは、あの夏のたまちゃんのままだ。
「どうしたの? 最近、目も合わせてくれないね」
ある日の放課後、たまちゃんが声をかけてきた。
「……変わったよな、たまちゃん。なんか……大人っぽくなったっていうか……」
「そうかな……? でも、いむくんも変わったよ。
前よりちょっと、さびしそうになった」
「……!」
たまちゃんは言葉を続けた。
「わたし、もう一度この町に戻ってきたとき、心から思ったの。
“もう一度、いむくんに会いたい”って。ちゃんと気持ち、伝えたいって」
その週末。
ふたりは、あの桜の木の下にいた。
風に舞う花びら。
まるで去年の夏が、やさしく呼び戻されるみたいだった。
「たまちゃん……オレ、ずっと後悔してた」
「うん、わたしも」
「でも、今なら言える。たまちゃん──オレ、やっぱり君のことが好きだ」
「……わたしも、いむくんが好き。
もう“さよなら”なんて言わない。今度は、ちゃんとそばにいたい」
ふたりは、そっと手をつないだ。
指先から、あたたかさが伝わる。
それは、もう春のぬくもりだった。
──季節が変わっても、想いはちゃんと残っていた。
忘れてなかった。
そしてまた、はじまる。
あの夏の続きじゃなくて、
“いま”から始まる、ふたりの新しい物語。
🌸 おわり(たまちゃん再会編) 🌸
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