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私は家に帰り、ネットでアップロードされていた映像をもう一度見た。そして、ネット上の書き込みも見た。それだけで、時間が無駄に過ぎていくように感じた。なんでこんなことをしているのだろうと思いながら。
翔太がまだここにいたら、こんな時間の過ごし方はしなかっただろう。しかし、彼はきっと今、大変な思いをしているだろうと考えていた。
でも、あの男のノートが見つかったことで、何かが変わるのだろうか。
奈々子の旦那たちは、彼女を殴ることはなかった。精神的には痛めつけたかもしれないが、それを証明する証拠はなかった。それが一番辛い。奈々子は書き込みに「一度でもいいから殴られたかった」と書いたらしい。それを見て、心が痛む。途中から、飲み物さえも受け付けなくなった。
奈々子の母から聞いた話を重ねると、気持ち悪さが増す一方だった。
その後、何も変わることなく、むしろ、夫やその家族が名誉毀損で訴えようとしているという話も聞いた。掲示板で奈々子と交流していた人たちは
「打ってかかろうじゃないか」
と意気込んでいたらしい。それも、別の場所で知ったことだ。その後の展開も同じように続いた。
奈々子の母は、奈々子の叔母とともに(その後、父親も加わり)奈々子のパソコンを解析し、旦那や義父母が長時間、威張り続ける音声を入手したらしい。その音声は、奈々子がどれほど精神的に追い詰められていたかを物語っていた。
男の母親の元に、奈々子の叔母が会い、ノートを預かった後、どうするつもりなのかが気になった。
奈々子の子供たちは、児童養護施設に一時的に預けられることになった。奈々子の夫がノイローゼになり、義母の体調も悪化したため、奈々子の親たちが面倒を見ようとしたが、結局、施設に預けられたようだ。児童相談所は、家庭環境が良くないと判断したのだろう。
娘たちはあの放送を見ただろうか。
「最後の奈々子は、あなたたちと逃げるつもりだった」
という言葉が、きっと伝わって欲しい。
でも、私はその想像が怖かった。子供たちに「お母さんはお前たちを置いて男と逃げた」などと言い聞かせてはいないか、それが心配だ。これまでの話を聞いていると、そんなこともあり得ると思った。
お願いだから、子供たちを巻き込まないでほしい。
私も、過去に母と二人で同じような環境から逃げたことがある。
役所は助けてくれなかったし、親戚は遠く、金銭的にも手が届かなかった。それでも、ある施設に匿ってもらったが、そこは非常に厳しい環境だった。今思えば、あれはシェルターだったのだろう。
半年後、親戚から助けてもらい、今の生活がある。しかし、その間、母からは常に父や祖父母の悪口を聞かされ続けていた。私は受けてはいなかったが、大人になって結婚して初めて、母の辛さを理解した。
父も祖父母も、もうとっくに死んでいる。母は今、病院に通いながら心の病を抱え、しょうがい手帳を持っている。最近、その手続きも行った。
身体的な暴力は目に見えるが、精神的な暴力は目に見えない。それが30年以上経った今でも母を苦しめている。私はその状況を目の当たりにし、母から聞いた悪意を抱えながら育った。
その結果、私も夫との関係がうまくいかなかった。それに、彼が単身赴任して冷静になったころ、翔太が現れた。
翔太は、私の心を溶かしてくれた。
今は、夫に一日一回メールで連絡を取っているが、会うことも、会いに行くこともない。夫の親は私たちの家に入ってこない。単身赴任という別居は私たちで決めたことだ。
奈々子の夫は、そうすることができなかった。だから、彼女は辛かったのだろう。
ちなみに、夫も義両親も、私の過去を知っている。母親しかいないという時点で、疑問が生まれるだろう。しかし、夫は複雑な家庭環境で育った私を理解してくれ、結婚してくれた。
奈々子の病気に関する話も、実は知られたことがある。奈々子は父親と血縁関係がないことがわかり、その後の話も明らかになった。奈々子の義母ががんで苦しんでいるのも、癌家系であることを隠していたことを知った。
奈々子が妊娠しなかったのも、彼女の母親が遅くに産んだからと罵られて苦しんだことも知っている。
ああ、私はただ話を聞くしかできなかった。今なら、奈々子を抱きしめてやりたい。
でも、所詮他人事だと思っていた。
そう、私も。
気づくと、部屋がゴミで溢れていた。翔太が来なくなってから、こんなふうになってしまった。
翔太は結局、今回の事件後に大きな事件が起き、忙しくて会えなくなり、私たちは自然消滅してしまった。
でも、いいのだ。それが現実だ。
翔太も結婚している。奥さんは元エリート刑事で、妊娠を機に退職し、2人の子供を育てている。
私と会ったのは、ただ会いたかっただけ。奥さんが2人目を妊娠していた時、私はその存在がわかっていた。
それでも、私はいつか奥さんが3人目を妊娠したころに、翔太が現れてくれることを夢見ていた。けれど、それは夢のまた夢だろう。
ピンポーン。
今日は夫が帰ってくる日だ。なのに、部屋はゴミだらけだ。
どうしよう。
「美夜子、美夜子……ああ、なんてことだ。」
夫は私を抱きしめてくれた。
奈々子が死んだこと、そしてそれに続く出来事について、夫には何も話していなかった。多分、彼は奈々子のことをあまり知らないだろう。近くで事故があったらしい、くらいしか話していなかった。
夫にとって、その事件は他人事だった。
「美夜子、ついてきてくれ。僕のところに。」
夫の目を見ても、私はただ目をそらすしかなかった。首を横に振った。
「そうか、そうか。美夜子は今のままでいいんだな。」
夫は、そう言って私の頭を撫でた。
「ごめん、馬鹿なこと言った。」
物分かりのいい、優しい夫。
「最近、電話越しで元気がなかったけど、何かあったのか?教えてほしい。」
そんなこと言われても、どうせ他人事だろうと思った。
「ふうん。」で終わるんだろう、奈々子のことを「その3文字」で終わらせるのなら、私は嫌だ。
でも夫は、真剣に私を見ていた。
「時間はある、しっかり聞きたい。僕が聞いてどうなることではないけど、話してくれ。少しずつでもいい。」
その瞬間、私は大粒の涙を流した。
そうだ。お付き合いする時、私の過去を聞いてくれた。
彼はただ私を抱きしめてくれるだけだと思っていたけれど、今はこうやって私の気持ちを理解してくれて、支えてくれている。
私は、時間をかけて奈々子の死、彼女の受けていた傷、辛さ、過去を語った。夫は黙って聞いてくれた。そして、私を抱きしめてくれた。一緒に泣いてくれた。
でも、翔太との不倫のことは言わなかった。
それを言えば、今までのすべてが崩れ去るだろうから。
だから、私はそれを一生、墓場まで持っていく。
どうせ、こんな話は所詮他人事なのだから。