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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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領内最北の結界塔は、両脇に佇む鉱山から飛来してくる野鳥の休憩場所になっているようだった。閉ざされた窓は鳥の糞で汚れ、けたたましい鳴き声がひっきりなしに響く。

バサバサという羽音は塔の周りで縄張り争いしている個体だろうか。耳をつんざく威嚇の声に、頭痛すら覚えて頭を抱えたくなる。


いつもなら外へ向け魔力を発して鳥達を追い払うところだが、今日は無駄な力を使っている余裕はない。諦めたようにふぅっと息を吐くと、マリスは肩に掛けていた鞄から黄色の石が入った布袋を取り出した。

その様子を黒猫は少し離れた場所で、長い尻尾を前脚まで回して、ちょこんと座って見守っている。


結界魔法を発動させている古くなった魔石を見てみると、薄く細いヒビが入っている。マリスの予想通り、既に石の限界が来ているらしい。あと一週間ほど遅れていたら、領内の結界が崩壊していたところだった。


「危なかったわ……」


ヒビが広がらないよう、そっと元の位置に黄色の魔石を戻すと、反対の手に持つ新しい石に結界の魔法陣を書き込んでいく。結界の管理者となってすぐに身体へ覚え込ませた魔法陣は、これまで辺境の魔女が覚えた中で最も複雑で大きいといっても過言ではない。魔術師によっては任期中に一度も発動することがない者もいる結界魔法は、かつての大魔導師が構築したという、巨大魔法。


その大魔法を書き込み、数か月の間にそれを発動し続けさせる為には当然、普通の魔石では不可能。この拳大の大きさと、稀有な純度をもつ魔石でないといけない。魔石の鉱夫達にとって、この結界用の石の発掘はある種の浪漫なのだという。この規模の石一個で、家族全員が一生食い逸れないだろうと言われているからだ。


ひんやりと冷たかった魔石がマリスの体温と魔力を吸収して、かすかに熱を帯び始める。石の中に魔法陣が定着したのを確認すると、古い石の横に新しい石も並べて置く。

今はまだ、古い石が結界を維持している状態だ。今度はそれを新しい石で張り直さなければならないのだが、一瞬たりとも結界の消滅状態にすることはできない。古い結界を残したまま、新しいものを重ねていかなくてはいけない。


魔石を置いた台には魔法陣が刺繍された布が敷かれている。それに魔力を流し込み、新たな結界は新しい石で構築し直すよう書き換えていく。同時に、全く空の状態だった黄色の石へ魔力補充を行うのだ。すでにマリスの額からは汗が浮かび上がり始めていた。


魔法の構築と魔力の補充を並行して行うのは、想像していた以上に集中力と体力が奪われていく。身体の奥から勢いよく魔力が吸い出されていく感覚に、なぜか笑みが零れた。かつてない使命感で、気分が高揚しているのが分かる。


「キツイわね……」


口から出るのは弱音。でも、今は何が起ころうが作業を中断してはならないという緊張感が、なぜか心地よく感じる。自分はこの時の為にいるのだという存在意義。普通でない力を持って生まれた、自分だからこそやり遂げられるのだ。


新しい石への補充がもうすぐ終わろうとしている時、窓の外に一羽の野鳥が激突する鈍い音が響いた。縄張り争いの諍い中に飛行進路を誤ってしまったのだろうか。

その突然の衝突音に、マリスはビクリと肩を震わせた。


「あ」


その瞬間、円滑に流し込めていた魔力が途切れたのが合図だった。石が置かれた台の前に立っていたマリスの脚が、膝からガクンと力が抜け落ちる。台に手をついた状態でなんとか身体を支えるが、ガクガクと小刻みに震え始める脚では立っているのがやっとだった。


明らかな、魔力疲労。魔石への補充は腕の力でなんとか立ち続けてギリギリのところで終わったが、まだ古い石の撤去作業が残っている。長時間、二重に結界を張り続けていれば、このエルグの結界塔と結ばれている二拠点への負担になってしまう。他二つの石もそれほど新しいものではなかったはずだ、負荷が増えれば石の破損に繋がる可能性がある。


――急がないと……だけど、身体に力が……。


首筋に伝う汗は、冷や汗だろうか。身体を支えている腕も震えを起こし出す。なんとか力を振り絞って、台から古い魔石を持ち上げる。この石に残っている魔力を打ち消し、刻まれている魔法陣を消去すれば魔石の交換作業は終わりだ。


ただ、何年も前に書き込まれたとは言っても、魔石に残されている魔力も魔法陣も決して小さいものではない。急がないとと気持ちだけは焦るが、石を持つ手の感覚は徐々に薄れていく。視界がうっすらと灰色に染まり始める。眉間に感じる重い痛み。


「みゃーん」


そんな時だった。ずっと離れたところにいた黒猫が、マリスの脚にするりと擦り寄ってきた。長い黒色の尻尾を天井に向けて伸ばし、丸い頭を魔女の脚に寄せてくる。


「ごめん、エッタ。今はそれどころじゃ……」


力無い声で言うマリスに、黒猫はさらにぴたりと身体を添わせ、離れようとしない。ゴロゴロと喉を鳴らしているのが、触れている太ももに振動として伝わってくる。


「あれ?」


いつの間にか、ガクガクと震えていたはずのマリスの脚が落ち着いていた。魔石を握りしめる手も、しっかりと感覚を取り戻している。

驚きつつ、マリスは足下で自分に寄り添っている黒猫を見た。エッタもマリスの顔を見上げて、喉を鳴らし続けている。


――エッタの、魔力?


自らの守護獣から、エッタが触れている場所から、魔力が流れ込んで来ているのが分かった。元々、エッタはマリスの余剰魔力が具現化された存在だ。だから、エッタ自身はマリスの魔力だと言って良い。


守護獣から流れてくる魔力は心地良かった。まるで脚から魔力が湧き出て、力がみなぎってくるようだった。


エッタの助けで古い魔石の残存魔力を消し終えると、マリスはそれを布袋へとしまい込む。新しく台の上に鎮座した黄色の石に指先でそっと触れて、きちんと魔法が起動していることを確認する。


無意識に、ふぅっと大きな息が漏れ出る。その安堵の溜め息に、黒猫が「みゃーん」と相槌を打つべく鳴き返した。

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