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「もぉ!早く開けてよね!」
玄関を開けた途端にレイナさんの声が部屋まで響く。
「ゴメンゴメン。てか、今日は稼ぎ時だから来ないはずじゃなかった?」
「雪乃ちゃん、いるんでしょ?」
聖夜さんの言葉を無視して、私のことを聞いてきたレイナさん。
いつものレイナさんと違う。
姿が見えなくても声だけで、それがわかってしまう。
さっきとは違う胸の痛み、そして激しい胸のドキドキ。
まるで何かを警告してるかのようだ。
「いるよ。雪乃に何か用?」
「とりあえず上がらせて」
いつもの冷静な聖夜さんに対し、イライラした口調のレイナさん。
ドタドタと足音が聞こえ、部屋のドアを激しく開ける音が耳に響いた。
「雪乃ちゃん!どういうこと!」
部屋に入って来たレイナさんは、いきなり私に向かってそう言ってきた。
しかも、いつものホワンとしたレイナさんとは違う。
「えっ?」
「レイナ、落ち着いて」
後から入って来た聖夜さんはレイナさんにそう言ったけど……。
「アキは黙ってて!」
大声でそう言うと、聖夜さんを睨みつけた。
そして私の方に向いたレイナさん。
その目は笑っていなかった。
「雪乃ちゃんが私に話してくれたことは全て嘘だったの?」
「えっ?」
「惚けないで!自分が公開捜査されてるの知ってるんでしょ?」
私は目を見開き、レイナさんを見た。
それは自分が公開捜査されてるの初めて知ったわけじゃない。
やっぱり、嘘がバレてしまったことに対して。
再び恐れていたことが私を襲う。
「施設にいたとか全て嘘なんでしょ!」
本当に施設にいたレイナさん。
その話に合わせて嘘をついた私。
レイナさんは施設で凄く辛い思いをした。
しかも親友まで自殺で亡くしている。
何も包み隠さずに教えてくれた。
私を優しく抱きしめてくれた。
なのに私は……。
レイナさんを利用してしまったんだ。
「レイナさん、私……」
もう、これ以上、嘘をついていることなんて出来ない……。
「ねぇ、レイナ?公開捜査って何のこと?」
私が本当のことを話そうとした時、聖夜さんが口を挟んできた。
まるで私に本当のことを話させないようにするために……。
「アキ、知らないの?」
「何を?」
「雪乃ちゃん、行方不明で公開捜査になったの」
「ホントに?」
「ホントよ!そのパソコンでネットニュース見てみたら?」
聖夜さんはパソコンの電源を入れる。
マウスでカチカチとパソコンを操作する聖夜さん。
「ホントだ……」
聖夜さんはパソコンの画面を見たまま、呟くようにそう言った。
「でしょ?」
レイナさんは聖夜さんの方を向いてそう言うと、再び私の方に向いた。
「私ね、アキから私と同じ施設から抜け出した子に助けて欲しいと言われて、その子を保護して自分の部屋に連れて帰って匿ってるとメールをもらった時ね、私もその子を助けたい、その子の力になりたいと思ったの。だから私は……なのに……何で……」
レイナさんはそう言って悔しそうに唇を噛み締めた。
「ゴメン、なさい……」
私はレイナさんに謝ることしか出来ない。
何度も何度も謝った。
「雪乃ちゃん、本当のこと教えて?」
「私は……」
そこまで言った時、聖夜さんを見た。
聖夜さんと目が合う。
ドクンと高鳴る胸。
さっきまで本当のことを言おうと思っていたのに……。
なのに、聖夜さんと目が合った途端に本当のことを言うのが怖くなった。
それは、もし本当のことを言って自分もあの公園で殺された女性のようになるのが怖いんじゃない。
私が本当のことを言って、聖夜さんが警察に捕まることが怖いからだ……。
聖夜さんを庇いたい。
いつの間にか、そんな思いが私の中に生まれていたんだ……。
「施設にいたのは本当、です……」
聖夜さんを庇いたい、聖夜さんが警察に捕まるのは嫌だ。
そんな思いで口から出た言葉。
前まで、早く家に帰りたくて解放されたいなんて思っていたのに……。
「えっ?」
レイナさんが驚いた顔をする。
「でも、今日テレビで……雪乃ちゃんの両親が……」
公開捜査にもなれば、マスコミは当然、自宅に行き両親に取材するだろう……。
あとは近所の人や学校にも。
だけど今はそんなこと考えていられなかった。
聖夜さんを庇いたい一心だった。
「両親は、私とは血が繋がってないんです……」
「どういうこと?」
「私、中学生の時に、今の両親に貰われたんです……養子縁組ってやつで……」
「えっ?」
聖夜さんのことを思うと、自分でも驚くほど口から嘘がポンポンと飛び出していく。
「最初は両親も気を遣いながらも可愛がってくれたんですが……。その、えっと……私の方が、両親に懐かないと言うか……」
さっきまで息を吐くように口から嘘がポンポンと出ていたのに。
頭にお父さんとお母さんの顔が浮かび、自分の両親を悪く言ってることに罪悪感があった。
お父さん、お母さん、ゴメンなさい……。
今だけ許して……。
だって、そうしないと聖夜さんが……。
私、聖夜さんが……。
「なかなか懐かない娘に、両親が……その……えーっと……私に、暴力を……」
そこまで言った時、私の目から涙がポロポロとこぼれ落ちていった。
両親に一度も手なんて挙げられたことなんてない。
厳しい面もあるけど、優しくて、私のことを愛してくれている。
「それで、あの日……両親に……私、怖くなって家を出て……それから……行くとこなくて、えっと……施設に……助けて、もらえると思って……」
「ねぇ、雪乃ちゃん?その手首のアザ……」
「えっ?」
レイナさんは私の手首を見ていた。
私も自分の手首を見る。
聖夜さんに着けられた結束バンドの痕。
そこがアザになっていた。
私は自分の手首を服の袖を引っ張って隠した。
「ねぇ、レイナ?もう、いいでしょ?」
さっきまで静かに私の嘘話を聞いていた聖夜さんが、レイナさんにそう言った。
「最後まで、話します……」
聖夜さんが途中で話を止めてくれたのに……。
私はそんなことを口走っていた。
「雪乃……」
聖夜さんは私の名前を呟くと、目を見開いて私を見た。
ーーもう、余計なことをしゃべるな。
そう言ってるみたいに。
「私のいた施設は、レイナさんのいた施設とは違って、職員さんは良い人ばかり、でした……」
でも私は聖夜さんのことを無視して嘘話を再開させた。
「だから助けてもらえると、施設に行ったんです……」
レイナさんは黙って私の話を聞いていた。
「でも、職員さんは両親に連絡しようとしたんです……。話し合いをしましょうって……それで、私は……また連れ戻されると怖くなって……」
「もう、いい!」
いつも穏やかだった聖夜さんが大声を出した。
ビクンと肩が揺れる。
「もう、それ以上、何も話さなくていい」
聖夜さんはそう言って、私の側に来ると、私の体をギュッと強く抱きしめた。
こんな時でも、聖夜さんに抱きしめられた私の体は正直で……。
胸が痛いくらいドキドキしていて、体は熱を帯びたように熱くなっていた。
「雪乃ちゃん、ゴメン……ゴメンね……」
泣きながら謝るレイナさん。
謝らないといけないのは私の方なのに……。
「雪乃、もう大丈夫だよ……」
聖夜さんは小さい子供に言い聞かせるようにそう言って、私の頭を優しく撫でた。
「レイナ、もう本当のことがわかったでしょ?」
「うん……」
「もしレイナが誰かにしゃべっちゃうと、雪乃は両親の元に帰されてしまうんだ……」
「い、いや……」
レイナさんは泣きながらそう言って首を左右に振った。
「だからね、レイナ。ここに雪乃がいることは誰にも言ったらダメだよ?」
「うん、わかった」
レイナさんはコクンと頷いた。
そんなレイナさんに聖夜さんは手を伸ばし頭を撫でた。
「アキ?私に出来ることがあったら協力するから、何でも言ってね」
「うん。ありがとう。レイナは誰にもしゃべらないことを約束してくれたらいいよ」
「約束する!絶対に誰にもしゃべらない」
「ありがとう」
聖夜さんはそう言って、再びレイナさんの頭を撫でた。
「じゃあ、私、帰るね」
「うん」
「雪乃ちゃん、またね」
私はレイナさんの言葉にコクンと頷いた。
レイナさんは帰って行き、私の口から大きな溜息が漏れた。
「雪乃?よく頑張ったね」
聖夜さんはそう言って、私の体を抱きしめたまま頭を撫でた。
「まるで女優みたいだったよ」
そう言ってクスクスと笑う聖夜さんは、私の体から離れると、またいつもの定位置に戻る。
「レイナが単純なバカ女で助かったね。一時はどうなるかと思ったけど」
心が痛かった。
チクチクと針で刺されてるみたいに。
聖夜さんを庇いたい一心でついた嘘。
レイナさんを傷付け、両親も傷付けてしまった。
罪悪感に心が痛かった……。