第3話「全部、俺のせいだ」
駿は、今日も目覚めてすぐに思った。
「やっぱり、全部俺のせいだ」と。
目覚ましのアラームを止める指も重く、体は鉛のようにベッドに沈んでいる。
布団の温もりはあるのに、心は寒く、空洞のまま。
昨日の自分の行動が次々に頭をよぎる。
朝、友人に冷たくしたこと
講義をサボったこと
バイトに遅刻したこと
ミスで客に迷惑をかけたこと
――全て、自分の選択の結果だ。
誰かのせいにできるものは、一つもない。
駿は天井を見つめ、目を閉じる。
胸の奥に、冷たい鉄の塊が重く沈む。
それが、昨日よりも確実に大きくなっていることを、駿は感じた。
大学では、教授の冷たい視線が容赦なく降りかかる。
「駿くん、今日も欠席か」
答えは、出ない。
いや、出しても意味はない。
言い訳はない。
理由もない。
ただ、自分で作った穴に落ちているだけだ。
席に着くと、隣の亮がちらりとノートを見せる。
「駿、大丈夫?」
その一言で、胸の奥が痛む。
――どうして、ここにいるんだ、俺は
――どうして、何もできないんだ
思わず頭を抱える。
亮の顔を見ると、失望と戸惑いが混ざった表情が返ってくる。
それを見て、駿はさらに自己嫌悪を募らせた。
「……全部、俺のせいだ」
声に出すと、胸の穴がさらに広がる。
言い訳が、消えていく音。
昼休み。
学食では、学生たちが楽しそうに食事をしている。
声が笑い、スマホを見せ合い、連絡を取り合う。
駿は自分がそこに混ざる資格などないことを知っている。
誘われなかったわけでも、拒まれたわけでもない。
自分から距離を置いたのだ。
財布を開くと、小銭しかない。
昼食も買えず、ただ空腹が胸に刺さる。
空腹だけでなく、心の渇きも、さらに深くなる。
「……全部、俺のせいだ」
もう、呟く声すら軽くなかった。
胸にずっしりと重く残る。
穴は広がる一方で、底の見えない深淵になっていく。
午後、バイトの時間が迫る。
遅刻ギリギリで店に駆け込むと、店長の眉がぴくりと動く。
「駿、またか」
謝ろうとするが、声が出ない。
小さな罪悪感が、心を締め付ける。
レジに立つと、客の不機嫌が駿に降りかかる。
小銭を数え間違え、商品を渡すタイミングも遅れる。
謝ろうとしても、言葉は出ない。
――俺のせいだ
――全部、俺が悪い
心の奥で繰り返すその言葉だけが、唯一の伴奏となる。
帰り道、雨が降り出した。
傘は持っていない。
今日もまた、自分の判断ミスだ。
冷たい雨が肩を打つたび、駿は胸の穴が広がるのを感じる。
足取りは重く、体は自然にアパートへと向かう。
部屋に戻ると、散らかった部屋が待っていた。
洗濯物、郵便物、食器の山。
「……全部、俺のせいだ」
声に出すと、胸の奥で小さな鉄の塊がずんと落ちる。
布団に倒れ込む。
天井のシミを見つめながら、駿は思う。
――もう、戻れない
――全部、自分で作った穴だ
涙は出ない。
ただ、胸の奥の鉄の塊が冷たく、重く、揺れる。
叫びでもなく、痛みでもなく、ただ重さだけが存在していた。
夜、スマホを開くと、友人や知人の楽しそうな投稿が目に入る。
恋人の笑顔、旅行の写真、授業の思い出。
自分はそこにいない。
――誰かのせいじゃない
――全部、俺のせいだ
指が震え、画面を閉じる。
胸の穴は少しも小さくならず、むしろ広がる。
布団に横たわり、目を閉じる。
昨日も今日も、そして明日も、
駿が落ち続ける道を自分で選んだことを、はっきり理解する。
翌朝、目を覚ました駿は思う。
「……また、俺か」
苦笑するしかない。
笑うことでさえ、自分を慰められない。
穴は広がり、胸の奥で冷たい水が満ちていく。
――もう、止められない
――全部、自分のせいだ
駿は、その穴に身を委ねるしかなかった。
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