テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ruruha
562
200
「はんちゃん、おっは~!」
「ん、おはよ。朝から元気やなぁ……」
部署に満面の笑みで入ってきた同僚の上重(かみしげ)に、乾いた笑いしか出ない自分にびっくりした。
そりゃそうや。土曜のくうちゃんの最後の言葉が頭から離れんで、夜もろくに眠れへんかった。いまだに普段の自分が思い出せへん。
……昨日のあれ、俺から連絡したら、又そういう事期待してるように思われるかな。
「やろ? で、はんちゃんは? 俺からの『愛のメッセージ』は読んでくれたんかな?」
「あ!!」
上重が朝から機嫌ええ理由はこれか。
……あかん。結局、くうちゃんに没収されたままやった。
「え?! ……もしかして、忘れてた感じ?」
上重の顔が一瞬で曇る。そういえば「帰ったらすぐ読め」って念押しされてた気がするわ。毎回忘れてて、ほんま申し訳ない。
「ごめん! あの日、友達が遊びに来ててさ、ふざけて持って帰ってもうてん。ほんまにごめん! すぐ返してもらえるよう連絡するから!」
「え~、ほんまに友達ぃ? バレンタインの夜に?」
勘繰る上重の肩を叩いて、「俺がお前に嘘ついたことなんてあるか?」と真っ直ぐ見つめたら、すんなり許してくれた。ほんま素直な奴で助かるわ。
それより。今は、上重にちょっと感謝してる。
くうちゃんに連絡する「正当な理由」ができたから。上手いこといったら、カードを受け取りに会えるかもしれん。はよ、連絡せな。
『ごめん、忘れてた。ポケットに入れたままクリーニングに出してもうた。当分取りに行けへんし、来週になるかも』
「……嘘やろ」
スマホに届いたくうちゃんからの返信を見て、絶句した。
俺に忘れられた上に、くうちゃんにも忘れられるなんて。なんて可哀想な上重なんや。
「……上重、ごめん。あれ、当分、手元に返ってこんかも」
「……俺さ、はんちゃんにこの大事な気持ち伝えようって、何日も何日も考えて、めっっっちゃ綺麗な字で心を込めて書いたんよ。それをさ、はんちゃんは……」
「ほんま、ごめんて! お詫びとお返しに、飯奢るから! なんなら今日でもええし!」
「ほんまに?! やった!! ……でも、どうせならホワイトデーの日がいい!」
「……ええよ。全然、予定なんて入らんし」
返事をするのに少し間が空いたのは、もしかしてくうちゃんが来るかも、なんて期待した自分がいたから。
でも、あんな別れ方をして、そんな大事なイベントの日に俺に時間を割いてくれるわけがない。
一瞬で機嫌を直した上重が、鼻歌を歌いながらニコニコと仕事を始めた。
単純で、わかりやすくて、素直。
上重といると、気が楽な自分がいる。……ほんま、くうちゃんとも、前はこんな感じやったはずやのにな。
♢♢♢
ホワイトデー当日。
「はんちゃん!! 美味しそうなとこ見つけたで!!」
朝からテンションの高い上重に腕を組まれ、そのままズルズルと連行される。
結局、上重からのメッセージカードは、くうちゃんの手元に渡ったきり戻ってこなかった。あれから一ヶ月、くうちゃんからの連絡はぷっつりと途絶えている。
……もしかして、あのカードのせいで、くうちゃんが呆れて連絡をくれへんようになったんやろうか。
「メッセージカード、なんて書いたん?」
歩きながら訊ねると、上重は「カカカッ」と悪魔みたいな笑い声を上げた。
「内緒。戻ってくるまで楽しみにしててぇ」
まぁ、上重のことやから、どうせふざけて面白おかしく書いた内容なんやろうけど。
「もしかして、友達が先に読んでもうたかもしれん。読まれても大丈夫そうな内容やったらええけど……」
「まぁ、別にええよ。あれは俺がはんちゃんへの愛を綴った『ポエム』を添えただけやから。はんちゃん以外の心には、ただの詩人の名作としか映らへんし」
「ほんま意味わからんねんけど。結局、ただのポエムなんやな?」
「『ただの』ってなんやねん! 俺が将来、金稼げるポエマーになったら、今の言葉絶対後悔させてやるからな!」
「ほんま、フリーダムな夢見すぎやろ」
「俺は、現代で与謝野晶子を越えるんやからな!!」
「はいはい」
こいつの意味不明なノリにも、もう慣れた。
でも、今日に限っては、こいつのおかげで余計なことを考えずに笑えてる気がする。そこだけは、ほんまに感謝せなあかん。
上重に連れて行かれたのは、ちょっとお高めの居酒屋やった。
そこで出てきた日本酒があまりに旨くて、つい飲みすぎてしまった。普段はお酒に弱くてあんまり飲まへんのに。
……結局、くうちゃんのこととか、ぐちゃぐちゃ考えてしまうのを、全部お酒で流してしまいたかっただけなんやけど。
「はんちゃーん、お家着いたよ~。勝手に鍵あけるからね~」
上重の優しい声がして、俺は何度も「ごめん」と呟いた。
もう、何も考えることができひん。頭がふわふわして、世界が回ってる。
重力に誘われるようにベッドにドサッと倒れ込む。
……あ、上重にお礼言わな。結局、俺、一円も出してへんしな。
「はんちゃん、冷たいお水。飲める?」
「ん……ありがと」
少しだけ身体を起こして、コップを受け取る。
普段は意識したことなかったけど、上重って、意外と頼りになるんやな……。
「俺、もう帰るけど、はんちゃん大丈夫? 吐きたくなったらちゃんとトイレ行くんやで? 洗面台はあかん。流せへんから掃除大変やし、見た目もグロテスクやし、それに釣られて二回目の『もらいゲロ』が……」
「ふふふっ……はいはい、わかったって」
介抱しながらも喋り倒す上重に、思わず笑みがこぼれる。
こいつといると、本当に気持ちが穏やかでいられる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!