TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

黎と青の約束

一覧ページ

「黎と青の約束」のメインビジュアル

黎と青の約束

4 - 第四章 蒼の庇護と、揺らぐ心

2025年11月08日

シェアするシェアする
報告する

朝靄が、神域の湖面を淡く包んでいた。

その静寂の中で、彼女の新しい日々が始まった。



青龍の庇護のもと、レイは“蒼の神域”で暮らし始めた。

彼が手配した衣は柔らかく、身体を包む風は穏やかで――

これまでの血と灰の世界とはまるで違う。


だが、その平穏がどこか落ち着かない。

レイの心の奥では、戦場の記憶と裏切りの声が、今も燻っていた。





「手を見せろ。」

青龍の低い声に、レイははっとして顔を上げる。

彼の指先がそっとレイの手に触れ、掌に刻まれた古い傷跡をなぞった。


「まだ痛むのか?」

「……もう慣れました。」

「“慣れた”という言葉は、痛みを隠すための方便だ。」


青龍の言葉は冷たく響くが、その手は驚くほど優しい。

青い光が指先から流れ、レイの皮膚に温もりが染みていく。


「……不思議。あなたの力は冷たいのに、温かい。」

「それはお前の心がまだ生きている証だ。」


ふと、青龍の瞳がレイの瞳をとらえる。

静かな水面のような蒼に映るのは、まるで“人間”のような情。

神にしては、あまりにも優しすぎる光だった。


レイは思わず息を飲む。

その距離が、ほんの少し近づく。


「青龍様……」

「青龍、でいい。」

「え……?」

「ここでは、名に敬語はいらぬ。お前は、客人だ。」


その言葉に、胸が微かに疼く。

生まれて初めて、自分が“誰かに受け入れられた”気がした。





その夜。

青龍が留守の間、レイは神域の外縁、湖のほとりを歩いていた。

月の光が水面を照らし、空に青い龍の影が薄く浮かんでいる。


「……落ち着くな。」


独りごちたその時、背後から炎のような熱気が近づいた。


「こんな夜更けに散歩とは、物好きだね。」


振り返ると、朱雀がいた。

彼は相変わらず紅の衣を翻し、艶やかな笑みを浮かべている。


「青龍の庇護を受けて、少しは顔色が良くなったな。」

「あなたは……また、からかいに来たの?」

「からかい? いいや、興味だよ。」


朱雀が一歩近づく。

焔のような髪が月光に揺れ、レイの頬に熱が届く。


「その身の中に眠る“穢れ”、俺には見える。

それは神をも焼き尽くすほどの力だ。」


「……穢れって、一体何なの?」

「知らないのか?」朱雀は薄く笑う。

「お前の魂には“人の闇”と“神の欠片”が混じっている。

どちらでもなく、どちらにもなれる――危険な存在だ。」


レイは言葉を失った。

人と魔の間で生きてきた自分。

だが“神の欠片”という言葉が、胸の奥をざわつかせる。


朱雀はそっと彼女の頬に触れ、囁いた。


「もし青龍に縛られるのが怖いなら、俺が解き放ってやる。

――炎の翼で、どこまでも連れていってやる。」


その声は甘く、危うい。

レイは一歩、後ずさった。


「……それでも私は、ここにいる。」

「ほう。」

「青龍が……“生きていい”って言ってくれたから。」


朱雀の瞳が一瞬、細められる。

その微かな嫉妬を、レイは気づかない。


「……面白い。」朱雀はくすりと笑い、炎の羽を広げた。

「なら見せてみろ。お前の選んだ“生”の形を。」


朱の羽が夜空に舞い、彼はそのまま姿を消す。





翌朝。

青龍は神殿の中でレイを見つめながら、静かに言った。


「朱雀と会ったな。」

レイははっとして目を見開く。

「……見てたの?」

「この神域に、俺の目が届かぬ場所などない。」


少しの沈黙の後、青龍は目を伏せた。


「朱雀は“火”の神。人の心を焚きつける。

……お前が彼に惹かれるのも、理のうちだ。」


「惹かれる? そ、そんなこと……!」

「否定する必要はない。」


青龍の表情は変わらない。

けれど、その声の奥には、確かな熱が宿っていた。


「だが――」

彼はレイの顎をそっと指で持ち上げ、静かに告げる。


「俺の許しなしに、他の神に近づくな。」


レイの心臓が跳ねる。

その距離の近さ、瞳の深さ、指先の熱。

青龍が自分を“誰か”として見ている。


だがその瞬間、神殿の奥で激しい震動が起きた。

青龍がすぐに振り返る。


「何が……?」

「北の結界が……破られた。」


空が暗く染まり、地を這うような咆哮が響く。

青龍の表情が初めて、焦りを見せた。


「……玄武の領域が、侵されたのか。」


レイは震える唇で問う。

「まさか……魔物が?」


「いや――“それ”は魔物ではない。」


青龍の瞳に、淡い怒りの炎が宿る。


「あれは……神を喰らう者。“闇の主”だ。」

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚