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北の空が、裂けた。
まるで夜そのものが悲鳴を上げるように。
神域の結界が崩れる音が、青龍の宮まで響いた。
空を覆う雲は黒く、冷たい風が湖面を切り裂く。
青龍は即座に立ち上がり、蒼の衣の裾を翻す。
「玄武の領域が襲われている。留守を頼む――」
「待って!」
レイが叫んだ。
彼女の胸の奥で、何かが熱を帯びてうねっている。
「私も行く!」
「無茶を言うな。あそこは神々でも足を踏み外す。」
「でも……!」
その瞬間、青龍はレイの目を見た。
闇の奥で、金色の光が瞬いている。
人ではない何かが――彼女の中で蠢いていた。
「……お前の中の“欠片”が、反応しているのか。」
レイは胸を押さえ、苦しげに息を吐く。
「なに……これ、身体の中が……燃えてるみたい……」
「穢れの封印が、結界の崩壊に共鳴している。」
青龍の瞳が鋭く光る。
「レイ、これ以上刺激を受ければ、お前の中の“何か”が目を覚ます。」
レイは歯を食いしばり、首を振る。
「それでも行く。玄武さんを……助けたい。」
青龍の胸の奥で、何かがきしむ。
神にあるまじき“情”――
彼は小さく息を吐き、手を差し出した。
「……分かった。だが俺の側を離れるな。」
北方の山々。
霧と氷に覆われた玄武の神域は、すでに戦場だった。
氷の大地が裂け、黒い霧が吹き上がる。
その中心で、玄武が盾を掲げていた。
「退けぬ……ここを破らせるわけには――!」
しかし、黒い影が再び襲いかかる。
形を持たぬ闇。
その咆哮は、まるで生きた絶望。
青龍が蒼光を放って降り立つ。
「玄武!」
「青龍……間に合ったか。」
だが、彼らの力をもってしても闇の主は退かない。
まるで神々の力を吸い取るかのように、黒い霧が広がっていく。
「くっ……この力、神を喰らう……!」
レイはその光景を見て、思わず駆け出した。
「玄武さん!」
青龍が叫ぶ。
「レイ、下がれ!」
だが遅かった。
黒い霧がレイの身体に触れた瞬間――
胸の奥で封じられていた“何か”が、完全に目を覚ました。
――ドクン。
音が響いた。
空が揺れ、大地が軋む。
レイの瞳が蒼と金に揺れ、髪が風に舞い上がる。
「……やめろ……レイ!」
青龍の叫びも届かない。
少女の身体から、眩い光と闇が同時に噴き出した。
黒い霧が焼かれ、闇の主が苦悶の声を上げる。
玄武が目を見開く。
「これは……神の力……それも、古き者の……!」
レイの身体が浮かび上がる。
その姿はもはや人ではなく、神でも魔でもない。
蒼き光輪が背から現れ、同時に黒い羽根が零れ落ちる。
「やめて……! こんなの……!」
レイの声が震えた。
だが力は止まらない。
「レイ!」
青龍がその身体を抱きしめるように飛び込み、蒼い気を放つ。
二つの力が衝突し、閃光が走る。
爆発のような光の後――闇の主は跡形もなく消えていた。
しかしレイは力尽き、青龍の腕の中で崩れ落ちる。
「レイ……!」
青龍は必死にその頬を撫でる。
蒼い光で傷を癒そうとするが、レイの体はもう反応しない。
そこへ、白銀の光が降り立った。
「……やれやれ、また俺の出番か。」
白虎がゆっくりと歩み寄る。
金の瞳がレイを見つめ、静かに笑った。
「その娘を……渡せ。」
青龍が険しい目を向ける。
「何のつもりだ、白虎。」
「この女の中に眠る“神の欠片”。俺が見極める。」
「お前のような荒神に触れさせるわけには――」
白虎は剣のような気配を放ち、言葉を遮った。
「なら奪うまでだ。」
――次の瞬間、白と蒼の光が激突した。
湖と氷原を裂くような衝撃。
神と神の間に、ひとりの少女。
その身には、世界を揺るがすほどの力が眠っている。
そして遠く離れた朱の宮で、朱雀はその光景を見下ろしながら微笑んだ。
「ふふ……やっぱり面白い。
さあ、レイ。お前はどちらの炎を選ぶ?」