テラーノベル
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「葵《あおい》先輩、お疲れ様です―」
私より一足先に帰宅しようとしている後輩に声をかけられた。
「華《はな》ちゃん、お疲れ様!」
書類の整理を止め、返事をする。
「あれ。先輩、今日もまた残業ですか?」
今日もまた……か、後輩の目にはそう映っているのだろう。
私は決して仕事が好きだというわけではない。
かと言って、嫌いでもない。
ただ、今日の残った仕事が明日に繰り越されるのが嫌なだけだ。
「ううん、今日は残業しないよ」
「あっ!そうか、今日、記念日って前に言ってましたっけ?彼氏さんとどこか行くんですか?」
華ちゃん、前に話したこと、覚えてくれてたんだ。
「うん。レストランを予約してあって」
「そうなんですか!三年目、でしたっけ?もしかしたら彼氏からプロポーズとかあるかもですね!また明日、話を聞かせてください」
彼女はそう言い残し、帰って行った。
私、遠野 葵《とおの あおい》、二十八歳は、一般企業の事務職、OLだ。世の中的には、アラサーと言われる年齢になり、結婚している友人も増えた。
結婚したいという気持ちはあるけれど、彼氏の意見やタイミングを尊重したいと思っている。付き合って三年の彼氏とは、お互いの親への挨拶もすでに済んでいるのだから、彼が正式に伝えてくれるのを待っていた。
今は金銭的に裕福とまではいかないが、普通の生活ができていて、毎日が充実している方だと思う。
今日は付き合って三年目の記念日。
彼氏、山本 尊《やまもと たける》とは同じ歳で同じ大学だった。大学の時は仲が良いわけではなかったが、卒業してから同窓会で再び出会い、尊の方から告白をしてくれた。私の「素で居られて、自然と過ごせるところ」が好きらしい。
最近は尊の仕事が忙しく、デートすらまともにできていない。
正直、この記念日だって私が設定したようなもの。レストランの予約、あと、ちょっとしたプレゼントを買った。尊が前に欲しいと言っていた時計。
喜んでくれるといいな。
そう思いながら、自分のデスクを片付ける。
会社の更衣室で化粧を直して、自分なりにちょっとオシャレを意識した洋服で予約したレストランに向かう。
尊は居なかった。
まだ仕事、終わらないのかな。
スマホを見るが、何も連絡はない。
<着いたよ!お店に入って待っているね>
メッセージを送ってから、何分待ったことだろう。約束の時間を一時間過ぎている。電話をしても出ない。どうしたんだろう、何かあったのかな。
待ち合わせの時間から一時間半が経ち
「失礼いたします。お客様、お料理の方はどういたしましょうか?」
店員さんがもうすぐでラストオーダーになってしまうと伝えてきた。
「すみません。じゃあ、予約したコースをお願いします」
「かしこまりました」
お店に迷惑をかけるわけにもいかない、連絡くらいほしい。
そんな時、スマホの画面が光った。
慌ててメッセージの内容を確認すると、相手は尊で
<ごめん。仕事でトラブって。行けないと思う>
予想外の内容に
「はぁ!?」
思わず、声を出してしまった。
ああ、恥ずかしい。どうしよう。
いまさら、キャンセルもできない。
一人で食べるのもなんか惨めだ。
店員さんにお願いをして、作ってもらった料理だけ運んでもらい、あとはお金は払うという形にしてキャンセルをした。
もったいないと思い、一人でコース料理を食べる。
本当は美味しいはずなのに、なんの味もしない。
他人から見た私は、どんな風に映っているのだろう。
支払いを済ませ、帰宅しようとした。
仕事なら、しょうがないよね。でも、今日は一緒にいたかった。プレゼントだけ家に届けようかな。
私たちはお互いの家の合鍵を持っている。
だからいつでもお互いの家に入れるし、浮気の心配はないと心の中で思っていた。
尊のアパートに向かうと
「あれっ?電気がついてる」
二階の彼の部屋を見上げると、カーテンから光が僅かに漏れていた。
もう帰ってきてるの?
だったら、連絡くらいくれたっていいのに。
そんなモヤモヤした気持ちで彼の部屋まで歩く。
コメント
2件
この彼氏酷すぎますよね!! →作者ですが。。
え、これは辛すぎる、、😭