テラーノベル
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「…は、はいっ」
男性は素直に返事をし、女性をぎゅっと包んだ。
青年は腰辺りにつけている白色の小さなウエストバックから鉄の塊の様なものを取り出し、四つの輪っかの部分を指にはめると、目を閉じる
──────彼からは息をする音が聞こえそうな気配がした
ほんの少しの間そうしたかと思えば、カッと開いて大地を蹴り飛ばした。深い闇、住宅の影になっている所…………
ドオオオン!!
拳が地面を殴り、猛烈な土埃を立てる
「…!!」
奥にいた生き物が動く。と言っても、ようやく夜の暗さに慣れた目で見えるか見えないか位の所だが____彼には関係ない。
「逃げたって無駄…というか、俺はそういうのが嫌いだ。しれっと姿をくらませて…堂々と立ってればいいじゃないか」
「はっ、テメェに邪魔されたからには…しっかり責任取って貰わねぇと。あと少しで…俺は”あの方”から認められるかも知れないのに……!!」
はぁっ、と心底恨めしそうに叫ぶ鬼。対して冷ややかに笑う青年。
「見た所、いい腕前してそうじゃねぇか、お前」
「お前の認識は以外にも合ってるかもな。…俺は狛治。まぁ、俺は認められてるかもな、『柱』という肩書きを頂いてるし」
「柱……!?」
鬼はバレないようにしていたが、一歩退いているのが分かる。この称号を聞くことなんて、縁が無いと思っていたのだろう
狛治は何かを観察するように、片手を腰に当てて動揺を隠せていない鬼を眺めていた。 「…逃げない…底辺でも近い方か…」と妙な事を呟きながら。
「ははっ、そこそこ肝が座っているじゃないか」
狛治は楽しげに笑う。
だが____
ふと笑っているような目元を切り替え、一瞬で涼しげに、真顔と言うのが正しいだろうか……。
唐突に変わった表情に、怖気が生まれてくる
鬼は並々ならぬ気配を感じ、思わずぶるりと身を僅かに震わせた
「幸せを汚れた手で破壊する事は許されない。俺は…これ以上被害者を出さない為…お前らを殺す」
「綺麗事かましやがって…お前は気に食わねぇ、骨の髄まで残らず折ってやるよ!!」
その鬼は更に硬い棘で身を固めると、両指を狛治に向ける。
指先が盛り上がり───両手程の大きさがある棘が発射された
「”綺麗事”……か」
ポツリと呟かれた言葉は… 寂しげだった。
棘が目に刺さる直前、彼は瞬きする間もなく動く
空手や柔道を彷彿とさせる構え、僅かで鋭く突き刺さるような呼吸音。
「流術展開 【素流・砕式 万葉閃柳(まんようせんやなぎ)】」
ダンッ!!!
地を蹴り飛ばしたのが分かる。だって、掘り返されたみたいに土が散乱していたからだ
針の間をすり抜けて跳び、拳を叩き付けると、衝撃が四方八方へ枝分かれした。 ____自然と、柳を思い出す様な。
光が散った時、棘は木っ端微塵になっていた
「───何!?………っ!!」
目が合う。ものすごく近い、頭突きが出来そうな程…
グン、と空気が動く、見ると狛治の右腕が首をすぐ近くに来ているではないか。
「(…はっ、いや無理だな。拳じゃ殺せねぇだろ、まず頚を落とせないじゃねぇか。流石に手刀だとしても限度がある……勝ったな!!)」
鬼は今にも高笑いをし出しそうだったが、グッと呑む。
だが、その勝ち誇った顔は二度と作ることはできないだろう
明らかに鳴ってはいけない音が響く。
口元半分が消え、乱雑に吹っ飛ばされた頚、ポタリポタリと血が滴る、横にある鬼狩りの固く握られた右手の拳。
「(…!?斬ら…れてる…!?いや…俺の頚を殴り飛ばした…!?馬鹿な!!棘の何倍も俺の頚は硬いんだぞ!?そんなの有り得n……)」
「さらば」
狛治はそう言い残すと、身を翻して去って行く
鬼は信じられないと言わんばかりに、頚から上で目を見開き続け、口で表せない「怒」の感情を前面に押し出す
だがそんな余裕がある訳なく、泥で汚れた花弁のように散った
「あ、あの……本当にありがとうございます…!あなたに助けられてなければっ……!!」
「いえ、お礼など要りませんよ、救えて本当に良かったです。…ちょっと待って、彼女の怪我は…」
彼は優しい手つきで彼女の血が滲む箇所を、止血するように押さえるが、すぐに手を離し、にこりと笑った
彼が話したことによると、彼女…咲希は幸いにも大きな怪我もなく、治療を受ければ傷跡も残らず治るという。
彼と似た服を着た人々……『隊士』に任せて欲しいという事だった。
「救えて良かったです、大切な人を失うのは…悲しすぎる事ですから」
そう言い残すと、彼は背を向け、どこかへ行こうとする
でも───一つ、聞きたいことがある。
一歩一歩とその場から離れて行く力強い背中に向かって、気付けば夜に出すには場違いな声で叫んでいた
「あのっ!あなたの名前はなんと言うんですか?それと……今度遊びに来てください!」
叫んだ事に驚いたのか、彼はこちらを振り返った。びっくりした表現で。
戦っている時に名前は言っている気がしたが、緊張感と恐怖で聞き取る余裕が零に近くて、聞き取るなんて当たり前のことが出来なかった。
ほぼ初対面の人に、「遊びに来てください」、なんて図々しいにも程があるけど、せめてもの恩返しをしたかった
理解するのに時間はかかった、けど____
彼は軽く微笑むと、左手をこちらに振ってくれた
「俺は狛治と言います、そんな…悪いですよ、お二人が生きてくれてるだけで良いんです、幸せにね」
「でも!…タダでこんな事をして下さるなんて…!……だったら、せめて次会った時は、必ず狛治さんに…!」
彼は驚いた表情から変わらない
しつこすぎたかな、迷惑だったかな、と思考を巡らせ下を向きかけた所、彼…狛治は口を開いた
片耳につけている雪の結晶の耳飾りが、街灯の光を反射して光る。
───あれは、つけていただろうか。いや…一旦外して、付け直した……?
「…また会いましょう、いつか。それではお元気で!!」
そう言ってもう一度大きく手を振ってくれた。思わず手を振り返すと、彼が言っていた隊士の方々がやってきて、すぐさま手当てに取り掛かってくれた
____もう、本人の姿はどこにも見当たらなかった
「……出来ることなら、鬼なんて存在を知らずに、ただ幸せに…苦労はあろうとも、決して楽な道じゃなくとも……そうやって静かに息を引き取る時まで生きられたら、どれだけ素晴らしい事なんだろうな」
彼らから別れてすぐ、狛治は独り言を零していた
ただ呟いているだけ、意味は無い。
______けれど、やけに実感のこもった声だった。
でも、地を颯爽と駆ける足は止めない。
ある民家の前に差し掛かった時、ダンッ!!と地面を蹴っ飛ばすと、一瞬の間に屋根の上へ。速すぎてカメラで追って写真を撮ることすら不可能だろう
「……やってるな、あっちも。さて、あの破壊力は…巌勝さんか半天狗か?」
突然彼は足を止めてずっとずっと遠くを見つめると、言った
だが、先にあるのはずらりとひしめき合って連なる住宅の屋根だけであり、”破壊力”と言っているのならば、爆音や土埃が巻き上がっていてもおかしくないものの、何も異常はない。
それなのに、狛治は確信しているのか遠くを見つめ続ける
その視線は──かなり遠くに聳える山を映していた
その時
空に赤に似た色の稲光が走った。大地を切り裂くような音も付け合わせに。
「やっぱりな、あの光は半天狗か…。さて、俺も早く終わらせよう、夜明けが近付いてる」
彼の左耳には、凝ったデザインの耳飾りがぶら下がっていた。
それを風で静かに揺らしながら、 彼は再び走り出した
「フフフッ」
「ひ…ヒイッ………や、やめ…て…………!!」
ある山奥、月の光すら届かない深い山の奥、悲鳴が響く
声の主の女性は、背中を見せて、足を引きずって丸腰だけれど、血を流していたけど、必死に逃げていた
足がもつれて止まれば、体力が無くなって倒れ込めば……”終わる”と感じていたから。
「ふふっ、大丈夫ですよ、そんなに逃げなくても、優しくしてあげますから」
女性を追う影はトンッとつま先で跳ねるように地面から足を離すと、ふわりと宙に浮き上がった
背中から生える、まるで蝶のような美しい二枚の羽が木々に当たり、カサカサと不気味に揺らしていた
「っ……あ”あっ!!」
気が緩んでしまったのかドサリと落ち葉の上に女性はつまずき転んでしまう
羽を持つ人物は慣れた手つきで降下し、女性を踏みつける形で上に降りると、ニコッと笑った。
───これを向けるのが家族や庇う人なら、どれだけ良かった事だろうか。
「…や、やめ─────」
「大丈夫ですよ、ほんの少しの間ですからね」
と言い、右の人差し指で女性の腕をちょんと突───
「ぎゃあ”ああ”ぁあぁァ…ぁ”……ぁガッ………」
長い爪を肌に注射するようにめり込ませると、女性は手足がカタカタと震え、痙攣し始めた
数秒震えが続いたかと思うと、突然バタッと、糸が切れたように動かなくなった。
腕を見ると、真紫色に染まっていた。刺されたと思われる所は、黒と言っても過言ではない深い色をしている
腕だけではない、目がおかしくなければ、身体全体が紫に染まっているように見える
あんまりに惨いことになった女性を、刺した人物は抵抗もなく持ち上げる
「うーん…この辺りを見るように言われていましたが……ここに鬼殺隊がいるんでしょうか?…”柱”だったら尚更いいのですが」
担ぎ直すと、ヒラリと羽を広げて舞った
その弾みで、女性からそこそこ大きな血の雫が地面に垂れ、血の跡を残していた
雫は、同じ色の”水溜まり”の中に、数粒ポタリと落ちる
____落ち葉の上に、口から吐き出した位の量の血の池があった
「私も人を狩りたいので、一度ここから出ましょうかね、食料は手に入りましたけど、最近あまり喰べていませんでしたから」
蝶のように高く舞い上がり、どこかへ去って行く
____その瞳には
『上弦』 『玖』
と刻まれているように見えたが…気のせいだろうか。
飛び立つ姿は華麗だったが…言葉に言い表せない恐怖があった
「それにしても…また一度柱の皆さんに会いたいものですね…普通の鬼殺隊の隊士は山程会ってきましたけど、五十年あまり対面していませんから」
「…いや、すれ違ったかもですね……惜しいことをした…」
宙にそんな独り言が響いた
タッタッタッ……ズザザッ
「くそ…見逃したか…」
彼…半天狗は荒々しく言い捨てた
ここへ来た経緯は、いつものように鬼殺隊として巡回の警備をしていた所…丁度鬼を倒し終えた時だった
一瞬、空中を滑るように何かが通った。
尋常ではない速さで、即座に雷を放つも、止めることは出来なかった。身体能力から推測して、鬼なのに間違いは無いだろう
隠れられ、近い場所と言ったら…目の前に聳え立つ山だろうと思い、電光石火の如く山を駆け登ったが……山にいた誰かが血を流しているのが分かった
血がぽたぽたと零れ落ち、その跡を追って…ここまで来たという訳だ。
ここで足を止めたのは____一歩踏み出せば、血の池の中に足を踏み入れてしまうからだ
どす黒い池を見つめ、自分の顔を映しながら、憎しみを込めて呟く
「腹立たしい…救えなかった儂にも、逃げたと思われる鬼にも……」
ギリギリと歯軋りをする音が、しばし鳴り響いた
「……ややもすると、追っていたのは十二鬼月かも知れん…あの速度、鬼殺隊でも出すのは困難だ……上弦の可能性も捨てきれぬ…」
近くに上弦がいるのだろうか。まだ、分からない。
「…先刻鳴女が言っていた事は、合っているのかも知れん」
半天狗はふと半分無意識に上を見上げる
鬱蒼とした森の葉っぱが空を覆い尽くしていた
血の横には…一滴、紫の液体があった
コメント
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うわっは!!←どうした リーブの表現力ってチャットは勿論のこと、ノベルで1番発揮されるよね!マジで鳥肌たった…!貴方はロボットですか? 来たしのぶ!やっぱりしのぶは毒使いで蝶の羽がついてるのが解釈一致だよねぇ〜てか毒の威力人間の時と桁違いでうける 柱達は鬼と人間の時の名前は一緒なのかな?それともなにかオリジナルで命名するん?
やばい…語彙力が神すぎる…!!
作成コソコソ噂話 本当は第2話+第3話で「第2話」になる予定だったのですが、あまりにも長すぎるので2話に分けました。 2話の終わりが中途半端なのはその為です。