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朧に抱き上げられたまま、湊は暗い通路を運ばれていた。
背後では、まだどこかで悲鳴が響いている。
次の試験が始まっているのかもしれない。
だが朧は振り返らない。
大きな腕で湊を抱えたまま、地下深くへ進んでいく。
やがて見えてきたのは、赤い提灯の灯りだった。
廃墟の世界とは別物だった。
古びた木造の家々。
石畳。
静かに漂う線香の匂い。
そこには、“鬼の里”が存在していた。
鬼達は湊を見ると、一斉に頭を下げる。
まるで歓迎するように。
湊は恐怖より先に混乱していた。
「……なんで、俺なんだよ」
掠れた声で呟く。
朧は少しだけ視線を落とした。
それから湊の頬へ、大きな手を添える。
優しい。
試験中とは違う触れ方だった。
まるで壊れ物に触れるみたいに、丁寧だった。
「選んだ」
低い声。
短い言葉。
それだけなのに、胸の奥が妙に熱くなる。
朧は湊を一番奥の部屋へ連れていく。
赤い提灯が揺れる静かな部屋。
畳の上へそっと降ろされる。
逃げようと思えば逃げられた。
けれど身体が動かない。
怖いはずなのに、朧の近くにいると不思議と安心してしまう。
朧は湊の前へ膝をついた。
大きな身体。
鋭い角。
恐ろしい化け物。
なのに視線だけは優しかった。
朧の指が頬を撫でる。
「……っ」
湊の肩が小さく震える。
朧はそれを見ると、安心させるように何度も髪を梳いた。
「怖いか」
低い声。
湊は少し黙り、小さく首を横に振る。
「……わかんない」
本音だった。
怖い。
けれど嫌じゃない。
朧はそんな湊を見つめ、ゆっくり額を合わせた。
熱い吐息が混ざる。
湊の鼓動が速くなる。
朧は急がない。
何度も頬へ口づけを落とし、背中を優しく撫でる。
安心させるみたいに。
「……っ、ぁ……」
小さな声が漏れる。
朧は嬉しそうに目を細めた。
湊は恥ずかしそうに朧の服を掴む。
すると朧は、その手を大きな手で包み込んだ。
逃げなくていい。
そう言われているみたいだった。
提灯の赤い灯りが揺れる。
外では静かに雨が降っている。
朧は湊を抱き寄せ、そのまま静かに身体を重ねた。
怖いはずなのに。
熱い腕の中は、不思議なくらい温かかった。
朧は湊をゆっくり抱き寄せた。
大きな腕に包まれる。
逃げられないはずなのに、不思議と怖くなかった。
提灯の赤い灯りが、静かに二人を照らしている。
朧の指が頬を撫で、髪を梳く。
優しい触れ方だった。
まるで、本当に大切なものを扱うみたいに。
湊は熱くなった呼吸を隠すように、朧の胸へ額を押しつける。
「……っ、は……」
朧はその声を聞き、嬉しそうに目を細めた。
低い声で囁く。
「そんな顔するな」
「……鬼のせい、だろ……」
掠れた声で返すと、朧は小さく笑った。
その笑い声が胸へ響く。
湊の反応を確かめるように、何度も額へ口づけを落とし、背中を優しく撫で続ける。
湊も少しずつ力を抜いていった。
怖い化け物。
そう思っていたはずなのに。
今は、その熱が心地いい。
朧の指が手を絡め取る。
離さないように。
けれど壊さないように。
湊は恥ずかしそうに朧の服を掴み返した。
すると朧の目が、たまらなく嬉しそうに細くなる。
「……逃げないんだな」
「逃げても……捕まえるくせに」
「当たり前だ」
即答され、湊は思わず笑ってしまう。
朧も優しく笑った。
その瞬間、湊の中で張り詰めていた恐怖が少しだけ溶けていく。
朧は湊をそっと布団へ横たえ、自分も隣へ身体を寄せた。
熱い体温。
静かな呼吸。
湊は朧の胸へ身体を預け、小さく目を閉じる。
外では雨が降り続いている。
その夜、二人は寄り添ったまま、長い時間を過ごした。