コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ジェシーが眠りについたのを確認したロニは、ベッドの脇にある椅子に座り直した。五日間、慣れ親しんだ椅子に。
「これじゃ、本当のことは話せないな」
ユルーゲルからコルネリオのことを聞いた後、すぐにロニは王城の警備兵たちを使って所在を調べた。
普通なら話の根拠や裏付けを調べた上で動くのが妥当だが、聞いた相手が相手なだけに、信用性が高かった。何故なら、ユルーゲルもまた、ジェシーに好意を寄せる者だったからだ。
いくら牽制しても、結局魔法や魔導具のこととなると、ジェシーはユルーゲルを頼る。それを止めることができないのも分かっていた。
そのユルーゲルが俺を頼るのは、事が重大だということを意味している。
だからロニは、こっそり動くことにしたのだ。馬車に魔導具を仕掛けてまでして。幸いジェシーが別のことに気を取られていたから、口を滑らずに済んだのだが。
「追及されていたら危なかった」
でも、そのお陰で間に合ったことは変わらない。だから、悪いことをしたとは思わない。だが、これは、
「結果論でしかない」
言い訳のように呟いた。改めて気をつけるよう、心に刻んだ。
そして、再度ジェシーに剣を向けたコルネリオ・ルメイルのことを思い浮かべる。
あの時、コルネリオが剣を振りかざした瞬間、油断した背中に向かって、ロニは一気に貫こうとした。相手が誰であろうと構わない。ジェシーを傷つけ、殺そうとするのだから。
しかし、当たったのは奴の横腹だった。ロニは殺気を隠せていなかった故に、避けられてしまった。
後々になって、止めを刺さずに済んで良かったのだと思った。ロニに応戦しようと勢いよく振り返った瞬間、深く被っていたフードが浅くなった。
さらに剣を打ち合っている間に、金色の髪が次第に見え、最後には取れた。
「やはり、お前か! コルネリオ・ルメイル!」
ユルーゲルから見せてもらった映像と同じ、王に似た容姿がそこにあった。
本当は殺したかったが、生け捕りにしなければ。そう思ったのがいけなかったのだろう。ロニの言葉に動揺を示さなかったコルネリオに、体当たりされ、体勢を崩された。
その隙をついて逃げられてしまったのだ。幸い、一緒に動いていた側近たちのお陰で、襲撃犯の一人は拘束できた。
「俺が取り逃がすなんてな」
やはり、近くで倒れていたジェシーが気になったのかもしれない。早く手当てをしなければと焦っていたから。
案の定、大変だったのはその後だった。刺し傷による炎症反応が四日間起きていた。
別荘にいた使用人に、魔塔から回復術が使える魔術師をすぐに呼んでもらい、対応しても、長いこと熱は引かなかった。
やはり、騎士たちのように常日頃から体を鍛えている者との違いなのだろう。お陰でこの五日間、気が休まることはなかった。
そして、さらに懸念事項が増えた状況に、ロニは椅子に座ったまま蹲った。すると、そのタイミングを見計らったかのように、扉がノックされた。
「入れ」
「どうですか。ご様子は」
ユルーゲルが、ゆっくりと扉を開けて入って来た。
「眠ったよ」
「そうですか」
ユルーゲルは眠ったジェシーの顔を見ることも、ベッドに近づくこともしなかった。ロニの手前、遠慮したのだ。
「どうかされましたか?」
「セレナのことを話した」
「え! もう話されたのですか!?」
その反応にロニは立ち上がり、部屋にある長椅子の方に目を向けた。場所を変えるよう促したのだ。
「コルネリオの話をすれば、必然的にセレナの名を出さないわけにはいかないだろう」
椅子に座るのと同時に、ロニは切り出した。
「我々の見解をそのまま話されたのですか?」
「いや、全部じゃない。回帰魔法を依頼したのが、セレナなんじゃないか、とだけ。それだけで、ジェシーはコルネリオを使って、自分を殺そうとしたんじゃないか、とまで行きついた」
「でしたら、王城でのコルネリオの行動を、言って差し上げるべきではないですか。セレナ嬢よりも、コルネリオの方が濃厚なのですから」
そう、二人の見解は、セレナではなく、コルネリオが回帰魔法を依頼したのではないか、という結論に達していた。
何故なら、ユルーゲルが王城に設置した魔導具に映っていたコルネリオの行動が、明らかに可笑しかったからだ。
生まれてからルメイル領にいたはずなのに、王城内を迷うことなく、しかも臆することなく、堂々と歩いている。人目につかない場所をきちんと選び、時間帯も把握しているような、そんな行動を。
まるで、以前から王城に出入りしていたかのような振る舞いをしていたのだ。
「起きたばかりの怪我人に対して、詰め込み過ぎるのは良くないだろう。それにまだ完治していないんだ。体も心も」
「……そうですね。軽率過ぎました。申し訳ありません」
心、と言うロニの言葉に、ユルーゲルは反応した。普段は気の強いジェシーも、一人の女性であることを思い出したようだ。
それと共に、ある疑問が湧いた。
「その、一つお伺いしても宜しいですか」
「何だ?」
「セレナ嬢のことです。私は詳しく知らないので。ジェシー様がとても可愛がっておられるようですが、そのような方なのですか?」
ソマイア公爵家傘下のレニン伯爵令息であるユルーゲルは、セレナとの接点が一切なかった。ジェシーから名前を聞くだけで、実際会ったことも、会話したともない。見たことがあるだけだった。
だからユルーゲルの言葉に、ロニは不思議に思うことはなかった。
「いや、セレナは。そうだな。例えると、人形みたいな感じかな」
一度間を置き、遠くに視線を向けた。
「将来は王妃となるんだから、そう教育されていたとしても可笑しくない。だけど、人形のような子だから、ランベールもセレナを受け入れるのは難しかったんじゃないか、とは思っている。現に俺もそうだから」
でも、ジェシーはそんなセレナを妹のように可愛がる。人形ではなく、一人の人間として。だから、セレナもジェシーには心を開いているように見えた。
そんなセレナが、ジェシーを殺そうとするだろうか。