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まさか、とケイトは目を丸くした。目の前でゴロゴロ転がっていたクーパーが、一瞬のうちにカバンの形へと姿を変えたのだ。金属製の体が、流れるように組み替わり、表面の光沢が角度を変えるたびに滑らかに変化する。それは、彼女がこれまで見てきたどんな機械変形とも異なっていた。まるで、意思を持った生命体が、自らの体を自在に操っているかのような錯覚に陥る。
「うそ…でしょ…」
ケイトは呆然と呟いた。その驚きは、恐怖とは異なる。むしろ、未知の存在への純粋な畏敬の念と、底知れない好奇心がないまぜになっていた。このドローンは、彼女の想像を遥かに超える、とんでもない能力を秘めている。ただの「犬型ドローン」という認識は、完全に打ち砕かれた。
変形したクーパーを前に、ケイトは一瞬呆然としたものの、すぐに顔をほころばせた。カバンの形になったクーパーは、よく見るとまだ廃棄地区の土埃やオイルでかなり汚れている。
「そういえば、ずっと汚れたままだったわね」
ケイトは思い出し、ガレージの壁にかけられたホースに手を伸ばした。まずはクーパーを綺麗にしてあげよう。そう思いながら、彼女はカバンの形になったクーパーを両手で持ち上げた。金属のひんやりとした感触と、予想以上のずっしりとした重みが腕に伝わる。しかし不思議と心地よかった。まるで、長年の相棒を抱えているかのような感覚だった。
ガレージの外で、ケイトはホースの水をクーパーにかけていた。元の犬の姿に変形したクーパーは、まるで生きている動物のように、その冷たい水を浴びて心地よさそうにしている。ホースから勢いよく出る水を、大きく口を開けてゴクリと飲んだり、まるで遊び道具のようにガジガジと噛んだりする。その姿は、本物の犬と寸分違わなかった。
洗い終わると、クーパーは体をブルブルッ!と大きく振るった。金属の体が水を弾き、まるで雨上がりの犬のように、水滴が勢いよく飛び散る。ケイトは思わずその水を浴びてしまい、全身がびしょ濡れになった。
その瞬間、ケイトの脳裏に鮮明な記憶が蘇った。それは、幼い頃に飼っていた愛犬との思い出だった。夏の暑い日に、庭でホースの水をかけ合い、二人でびしょ濡れになって笑い合った記憶。愛犬も、こうやって体をブルブルと振るい、水をかけてくるのが常だった。
ガレージの片隅にあるオフィスで、ケイトは端末とパソコンをカタカタと操作していた。ふと顔を上げ、オフィスの向こう、普段自分が使っている簡易ベッドに目をやると、そこに信じられない光景が広がっていた。
先ほど綺麗に洗い上げたばかりのクーパーが、まるで本物の犬のように丸まって寝ていたのだ。金属製の体が、ベッドの柔らかなシーツの上に心地よさそうに横たわり、規則正しい呼吸を示すかのように微かに稼働音が聞こえる。モノアイは閉じられ、その表情には安堵と平和が満ちているかのようだった。
「…あんた、そんなとこで…」
ケイトは思わず呟いた。その声は、驚きと、そして微かな笑みに満ちていた。クーパーは、ただの機械ではない。彼女のガレージに、新たな日常と温かい感情をもたらしてくれる、かけがえのない存在になりつつあった。