※流血描写あり しばらく供給(参加型本編)がないかもしれないと聞いて…完全に自己満です。
◇ ◇ ◇
ずっと、逃げ出したかった。
誰からも相手にされず、ただ虚しい自分だけがそこにいる。
自分が居るべき場所は、こんな狭くて苦しい場所ではないのではないか。
本当は、もっと自由な場所があるのではないだろうか。そんなことを考えていた日のこと。
「出ていけ」
「……はぁ?」
「だから、出て行けと言っている」
夕食後。父親は椅子に座り、飄々とした表情でワイングラスの中のワインを揺らしている。そんな様子の実の父親から出て行けと言われたのは、ウルピスにとってそこまでショックでもなかった。ただ、いつかこうなる日が来ると思っていたからだ。自分には取り柄がない。そんなことは既に分かりきっていたことで、同じ種族の者からもよく思われていないことは確かだった。そのため、ウルピスはどう返すべきか悩んでいた。すると、実の父はあまりにも見当外れなことをウルピスに言ってきた。
「その顔……。フン、悔しいのだろう」
「……はぁ?」
「言わなくとも分かる。自分が出来損ないの人間であることを他人に指摘されるのが悔しかった。違うか?」
何一つ掠りすらしていない。もしかすると、確かに少しはそんな悔しさが存在しているのかもしれないが、それはほんの少しだろう。表情に現れるほど、悔しさが今の自分の感情のほとんどを占めてはいないだろうなと考えていた。
それじゃあ出るか。よし、これでやっと自由になれる。そう考え、ウルピスは大きいリュックサックに様々なものを詰めた。寝袋、非常食、着替えの服……。それら全て、ウルピスが働いて貯めた金で買ったものだ。最後に、今の全財産が入っている財布をリュックサックに詰めてからファスナーを閉めると、そんなウルピスの一連の行動を見ていた父親が口を開いた。ウルピスは、それを黙って聞く。
「意外と従順だな。今更そうなったって、お前を一族から追い出すという事実は変わらん。これ以上、狐族に恥ずかしい思いをさせるな」
いつもと違い、黙って言うことに従うウルピスが不満なのか、声にはその不満さが滲み出ていた。きっと、文句の一つや二つを聞いて、それをすました顔をしながら返したかったのだろう。そして、そんなウルピスの姿を見て滑稽だと笑ってやりたかった。頭が切れているわけではないが馬鹿でもないウルピスは、それくらい理解していた。嫌でも、数百年共に暮らしていた家族であれば尚更。
だからこそウルピスは何も言わない。ずっと黙りこくっているウルピスを見て遂に腹を立てた父親は、自身が座っていた椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にしながら怒った。
「何とか言ったらどうだ! 本当は悔しいのだろう! 大切な家族から見放されて、一族から追放されるんだぞ!」
「……いつ、俺がそう言ったんだ」
「言わなくとも分かる! そもそも、追放されるのにそんなに冷静でいられる方がおかしいだろう!」
これではどちらが追放される側か分からない。ワイングラスの中身のワインがこぼれ、真っ白なテーブルクロスの一部を赤く染めた。ワインが勿体ない。こぼすくらいならきちんと飲んだらいいのに。……それに、あれはもしかするとテーブルクロスまで交換する羽目になるかもしれない。完全に無駄な出費だ。お疲れ様、とウルピスはテーブルクロスに中々立派なシミを作ったワインのことやテーブルクロスのことを考えながら、誰に言うわけでもない言葉を心の中で呟いた。
そんな考え事をしていると、父親がこちらへと近付いてくるのが分かった。何かしたいのだろうか。父親の影が自分の顔に落ちてきたタイミングで顔を上げると、そこにはカトラリーセットに入っていたものであろうナイフを手にした父親が居た。父親は、顔を歪ませながら笑っている。気持ち悪い。ウルピスはそうとしか思わなかった。そのナイフが自身に向かって振り下ろされようとしていることにウルピスが気付いたのは、それからすぐのことだった。
◇ ◇ ◇
体にナイフが刺されば誰だって痛いだろう。ウルピスは、壁に背を預けながら腹の傷を見てそんなことを考えた。ウルピスが着ている真っ白のシャツは、ナイフで刺された部分だけ血の赤に染まった。それは、テーブルクロスのシミより遥かに赤い。
「ふっ……ふははははは!」
「……痛い」
「そうだろうな。痛いだろうなぁ!」
「……あぁ」
ウルピスは、傷を見ながら独り言のように呟く。目の前の父親は楽しそうに笑っている。実の息子を自らの手で傷つけて、だ。それからウルピスは我に返り、リュックサックからタオルを取り出して傷口を圧迫する。父親は、刺されてもなお冷静さを欠けさせないウルピスには気付かず笑っている。
そうこうしていると、父親の高笑いを聞いて、食堂に来るなと言われていた使用人達が駆けつけてきた。そこで目に入るのは、血が付着した凶器を片手に高笑いしている家主と、その息子が壁に背を預けながら、タオルで腹を圧迫しているというもの。当然、誰が誰に何をしたかはすぐに分かった。そのため、使用人達はウルピスの元に集まった。
「旦那様、まさか……!」
「ウルピス様、お怪我はございませんか? 今手当てをいたしますので、動かないでくださいね」
「お前達、来るなと言っていただろう! それに、なぜそんな奴に構っているのだ!」
その言葉を聞いて、ウルピスは確信した。……あぁ、自分はヤバい父親の元に産まれてきたのだな、と。使用人達のほとんどは人間で、狐族などほんの一部だけだ。それに、いくらウルピスのことをよく思っていなくとも、手を出すのはもっての外だろう。自分が刺されても使用人達から知らんぷりをされたら、相当自分は嫌われていることになるなと思っていたウルピスは、使用人達の反応を見て少しだけ安堵した。
使用人達からの応急手当を受けたウルピスは、応急手当が終わると立ち上がった。それを見て、使用人達は驚いたような顔をしながらウルピスを見る。ウルピスはリュックサックを背負うと、屋敷の扉に手をかけた。そして、屋敷から出る──前に、振り返り父親の方を見た。
「……父さん、手を出したら負けって言葉を知らないのか?」
「そんなに俺に出ていってほしいのなら、俺はお望み通り出て行く。……元々、この屋敷にそれほど思い入れはないし、この屋敷で暮らしたいなんてこだわりもないからな」
「俺は狐族の代表として、一族から出て行けと言った! 本当に理解しているのか?」
去り際、ウルピスは父親からそんなことを聞かれた。どうでもいいし、そんなのとっくに理解している。ウルピスは、ため息をついた。
「あぁ。知っている。……俺が、一族からあまりいい顔をされていなかったということも。だから出て行くんだ。それじゃあ」
「……もう、会うことはないだろうな」
「……! 待て──!」
何か言いたそうにしている父親の声を聞きながら、ウルピスは扉を開ける。もう、今更何とも思わない。出て行けと言われたのならそれまでだろう。……ウルピスは屋敷から出ると、扉をパタリと閉めた。
◇ ◇ ◇
「っ……はぁ……」
ウルピスは走っていた。誰かに追いかけられるわけはないだろうが、一刻も早くあの屋敷から逃げ出したかったのだ。ウルピスからすればそれなりに走ったつもりだったのたが、辿り着いたのは屋敷からそう離れていない草原だった。しかし、刺されたせいか体力も限界だったので、ウルピスはリュックサックを近くに置いてから草原に寝転んだ。そして、そこから星空を見上げる。……今日は、星が綺麗に見えた。それは、ウルピスがあの屋敷から逃げ出して解放されたことを祝福しているようにも、ウルピスが一族から追い出され、孤独で1人あてもなくさまようことになるであろうというのを自覚させようとしているようにも見えた。何とも皮肉な話だ。……それでも、あの屋敷に居たままでは到底感じられなかったであろう満足感と自由がそこにはあった。
ウルピスは冷たい息を吸い込み、そして吐く。第2の人生の始まり、彼を彼たらしめている『勇者』という肩書きも、全てはこの解放から始まった。他人からしてみればこれは追放であり、いいものとはいえない。だが、ウルピスからしてみれば解放と救済だ。狭く苦しい屋敷からの救済、そして一族というウルピスの中での大きなしがらみからの解放。
(今日は、星空が綺麗なんだな)
これからどう生きていくか、屋敷を追い出された今、住む場所はどうするのか。考えなくてはいけないことは多々あるが、今だけは、ウルピスは何も考えずに、ただ星空に見惚れていたいと思っていた。
◇ ◇ ◇
リク待ってます! 某勇者でも昨日出した子達でも連載の子達でも!
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コメント
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え、好きです(?) もう分かりやすいし輝いてるし…ウワァ…(?) 昨日投稿した…雅さん達ですよね🤔ネーミングセンスは無いのでパスで🙃
え〜素敵です😭😭✨️ とにかく心情も状況も分かりやすくて書くのが上手すぎる…文章が美しいです…😇 朝早くに失礼しました🙏
ずっと書きたかった短編集だわーい 過去編ですね 先程も書いた通り、某勇者で参加している参加型の作者さんが、とある事情から更新回数が少なくなると仰っていたので、某勇者の話が多くなるかもしれません。 昨日投稿したうちの子達(正式名称決まってないです。名前案募集してます🙇🏻♀️)の話も出したいのですがね…。