<強者と弱者、天才と凡人>
2025-02-06
「…見つけた、」
その部屋から滲み出るは、懐かしい魔力。
「…………」
心臓の鼓動が早い。止まって欲しくても、体は正直らしい。心の底からの緊張は心臓にはしっかり伝わっている。嫌なところで素直だな、と思いつつ、別に誰に馬鹿にされる訳では無いから、まぁいいかとも思う。
「…大丈夫、だから…」
ポケットの中で、お守りのようなそれをぎゅっと握りしめる。不安はなくならないけれど、それでも握っていた方が楽になると思った。
「…っ、はー、……」
別に自分は手を引きに来たわけじゃない。ただ、仲直りがしたいのだ。だから、何をされても大丈夫だって、そう思いたかった。でも、無理なんだって、自分は弱いんだって、そう思わせられてしまう。だってドアを開けるだけのことを、こんなにも躊躇しているのだ。そんなの、気弱以外の何物でもないだろう。
「…大丈夫、私なら大丈夫…」
震える手をドアノブに置く。
-大丈夫。自分はこのくらいのこと、今まで何百回と体験してきたじゃないか。今更怖気付くことなんてなにもない。だから 、大丈夫だから。
「…っ、!」
一気にドアを開いた。刹那、眩しい光が私の視界を覆った。
✦✦✦
「…っ、アイル、どこ…!?」
学園長が言うには、アイルが好きな場所にいるらしい。そして、その好きな場所というのは、アイルが好きな物が沢山置いてある場所だと。
「……馬鹿だね、本当に…!」
その言葉は自分に突き刺したつもりだった。だってアイルは悪くない。全て、ツララでもオーターでも、他の誰でもない、あの時彼を突き放した私の責任だ。
(…アイルが好きな物はアレだったはず…、でもあんなのどこに…!)
走って走って、けれどアイルらしき魔力はこれっぽっちもなくて。死んでしまったんじゃないかと錯覚するほど、ここには何も無くて。
(あー、こんなことになるなら…ううん、そんなこと悔やんでも今更どうにもならない。今はただアイルを見つけなきゃ。)
私には後悔できる 権利なんてない。過去を悔やんで、過去に戻れればと望んで、過去のようにまた仲良くなれたらと願うことですら、私はできない。許されない。だってそれは、被害者にしか許されない特権だから。どう足掻いても私は加害者で、許されはしない弱者だから。
「…今更すぎるよ、私。」
小さく零したその言葉。不意に、誰からか言われたようなセリフ。でもその誰かはきっと過去か未来かの私だ。
「…アイル…、…」
どこまでも続くような長い廊下は、まるで私を嘲笑うかのように何も見せてはくれない。
段々と薄れていく反応に、私は焦りを覚えた。
「…っ、!」
地面を割るような、そんな咆哮が聞こえる。魔物が近くにいるらしい。
(あはは、困ったなぁ、…私、もう魔力なんて殆ど残ってないのに…)
無理矢理異世界に来て、アイルと仲直りをしようとした罰が当たったかなぁ、なんて思いつつ、この状況をくぐり抜ける為の策を思考する。
「…、まぁ、方法はひとつしかないよね…」
弱者で悔やむ権利もなくて、ただの凡人の私に出来るただ1つの方法。
「…<ウィンド・コンジュラー>!! 」
固有魔法を使う。これなら他の魔法より魔力の出力を下げれる。
「…ふぅ、…魔力の消費、少しは抑えられたかな、…」
一応私には魔力凝縮液があるが、若干の吐き気が副作用として付く。とはいえ、これは今の私にとってかなり有難いものだった。
何本目かも分からない瓶のコルクを取り、その中の液体を飲む。瞬間、体の奥からぽわぽわとした温かさに包まれる。魔力が回復した合図だ。
「…っ、でもさすがにやばいかも…、」
回復するのはあくまで魔力であって、身体では無い。傷を回復するには魔法が必要で、その魔法を発動するためには魔力が必要。つまりは魔力の供給が追いつかない。
「…アイルだったら、どうしてるかなぁ、…」
こんな時、彼だったらどうしてるか。
上手く節約してた?一気に突き進んでた?それとも今の私みたいになってた?
「…ううん、そんな筈ない」
だってアイルは私よりも強い人なんだから。こんな愚かなことはしない。少なくとも、こんな風に魔力切れにはなっていない。
「…馬鹿みたいだよね、…ほんっとうにさ、…」
壁に寄りかかりながら立ち上がる。
だって諦められないから。
アイルのことも、昔のことも、全部、手を伸ばしただけじゃ足らないから。
「でも諦めれないよ…」
どうせ手を伸ばすんだったら、足を踏み出すのなら、最後までやり遂げなきゃ!
「…うん、大丈夫だよね。私は風の神杖、ライラ・ウィンド!このくらいの困難、ちゃんと乗り越えられる!」
忘れていた。いつもこうして、自分を鼓舞をして困難を乗り越えていたことも。でももう忘れない。ちゃんと全部乗り越えて救って、覚えるから。
「…よし、行こう!」
その暗い暗い廊下に、踏み出した。
✦✦✦
──────そして冒頭に至る。
「…まぶしっ…!?」
その眩い光が収まる頃、私の視界にはありえない物が映った。
「…雨、?…それに、この花は…」
室内では降ってくるはずのない小雨、しっかりと床があるなら生えてこないはずの花が、私の目にはしっかりと映った。
「…なにこれ、…本当にここ…」
冷たい雨は私の体を濡らすけれど、呼吸困難などの症状が出ていないのを見ると酸性雨だとかの有害物質ではない。花も、魔力吸いの花では無い。つまり、ここに立っていても何ら危険ではない。
「はぁ。もう来ちゃったんだ。つまんない。」
「!…」
瞬時に構える。何時でも魔法を発動できるように。
「そんなに構えないでよ。僕だって戦いたい訳じゃないんだ。まぁそっちが望むなら、話は別だけどね。」
その濃い霧の奥から聞こえるのは、紛れもないアイルの声。視界は自分の周りしか見えないほど不安定なのに、その声だけははっきりと聞こえる。
「ねぇ、なんで来たの?この前は僕を連れ戻すためとか何とかほざいてたけど…」
「…それで合ってる…って言ったら今日は少し違うかな。今日はね、…君と仲直りしに来たんだ」
「…は?僕と仲直り?ふざけてるの?ライラ、お前が過去に僕にしたこと、もう忘れたの?」
「ううん、忘れてないよ。あのことは今も覚えてる。」
「だったらなんで…」
「このままじゃ後悔すると思った。喧嘩別れなんてしたら、この先死んでも死にきれない程の後悔をすると思った。…だから、せめて仲直りしようと思って、ここに来た。」
「…後悔?そう思うんだったら尚更来ないでよ。僕はもうキミに会いたくない。それも分かってるんでしょ?」
「うん、分かってる。だから来たの。私、性格悪いからさ、アイルが嫌がることしかできない。」
「…っ、ふざけてる…!!」
「…いいよ、そう思われても。君が私の言葉を聞いてくれるならね……っ、!!」
霧の向こう側から、攻撃が飛んでくるのを私は躱す。段々と勢いづいていくそれに、段々と苦しくなっていく。
「…っ、強く、なったね…、」
「…神覚者になったキミには言われたくないな」
「、!それどこから知って…」
「さぁね。少なくともキミは知らなくていい人だよ。そんなことより攻撃に集中したら?さっきから防御ばっかりでつまんないんだけど。」
その言葉と共に、攻撃は更に激しくなっていく。まるでアイルの感情のように、それは冷たい。
「…アイルも、前の私と戦いたかった?」
攻撃を躱しながら、魔法を発動しながら、そう聞いた。
「そうだね。こんなに手加減するんだったら、昔のライラの方が楽しかったかも。」
攻撃は止まない。多分、私が反撃するのを狙ってる。反撃して、そのまま自分を殺させる気だ。
───他でもない、私自身の手で。
「あははっ、言うねぇ…、っ!」
まぁその意図があってもなくても、私は反撃なんてするつもりは端から無い。仮にも私は神覚者で、アイルはただの一般人だから、万が一にでも死なせてしまった場合私が罪に問われてしまう。 それが例えどんな状況であったとしても、正当防衛であったとしても、多分刑は変わらない。
「学年首席様はやっぱり、強いヤツと戦いたいんだ?」
「は、…っ!?…っ、どこで聞いた!」
「それこそ君は知らなくていい人だよ。知ったらその人のこと、警戒しちゃうだろうからね。」
「…っ、やっぱり君もそうやって隠すんだ。」
少し辛そうな、その声色は震えている。
そういう所は変わらないなと、少し過去を思い出す。もう戻れこっないけれど、せめて思い出に浸るくらいは許して欲しい。
「ねぇアイル、私の事嫌い?」
「…よく喋るね。そんな事聞く意味もないのに」
「いいから。嫌い?好き?…は流石にないか。」
聞くまでもなかったかな、と思いながら、私は攻撃を避けて避けて、何とか耐え忍ぶ。
「よく分かってるじゃん。そうだよ、僕はライラ、キミの事がずっと嫌いだったんだよ!」
その悲痛な叫びに、心がぎゅっと締め付けられる。それと同時に、私は彼にそれほど苦しい思いをさせていたんだと痛感する。
「…そっか、そうだよね。…ごめんね、こんなこと聞いて。」
「…はぁ。分かってるなら聞かないでよ。一々答えるのめんどくさいんだから。…<レイニー>」
面倒くさそうな声が聞こえる。それと同時に魔法が発動される。
「…っ、<ウィンド>っ!」
迫り来る魔法。それは彼の固有魔法だったか。それすらももう遥か昔の記憶で、頭の中には情報なんて塵もなかった。
「無駄だよ。僕は今も昔もキミなんかに負けるほど弱くないよ。キミは抵抗と呼べる程の抵抗もできず、そのままここで死ぬんだ!!<レイニー・スタン>ッ!!!」
魔法の名が叫ばれる。その瞬間、指先さえ動かせないほどの圧力が私を襲った。
まるで真空状態にされているような、肺を直接ぎゅっと押されているような、そんな感覚だった。
「っ…!!…嫌だよ、絶対そんな結末にはさせない、!!私は、絶対アイルと仲直りして帰るって、そう決めたの!!」
「そんな夢物語、ッ!!」
学園長にも言われたその言葉。もうそんな事を言われても何も思わない。あるのは反逆心だけ 。
段々と霧が晴れる。
「そうだよ夢物語だよ!!でも私はできる!!実現出来る程の力を持ってる!」
「違う!!お前は僕から逃げて逃げて逃げ続けて、ずっと目を逸らしていた弱者だ!!」
「ならアイル、 君は自分が強者だとでも言うの?!私の栄光だけしか見ていない貴方が!!」
「栄光だけしか見ていない!?そんな訳が無い!!僕はずっと観ていた!!栄光も影も、全部!」
「じゃあ訂正させてもらうよ!!君が見ていたのは、全て幻影だって!!!君の目には何が映っていたのかなんて私は分からないけど、でもそれが間違いってことは分かるよ…っ!!」
「幻影?間違い?そんなこと、凡人のキミには言われたくないね!!そっちだって何も分かっていないんじゃないか!?僕は見ていたんだ!見えないほど遠くまで先を行って、僕を置いていったキミの軌跡を!!幾つもの村を救って、英雄に成っていったキミの姿を!!」
「それが幻影だって言ってるんだよ馬鹿アイル!!村を救ったのは私じゃない、皆だよ!あの時、私はあの子を救えなかった!!私は、力をただ本能のままに使っただけ!!そんなのただの魔王でしかない!英雄なんかじゃない!!」
「違う違う違う!!黙れッ!!キミは確かにあの村で、英雄になった!!力を持つ者が力を使うのは自然の摂理だろう!!それで頂点になるなんて、古来より続いてきたモノだ!!なにも間違っちゃいない!馬鹿はキミの方だろう!!馬鹿ライラ!!」
「っ、!!…」
あぁ、多分私とアイルは根本的な価値観から違うんだろう。 それは多分、人間と動物のように、人類と神のように、生まれ持った環境から違うから。ただ幼少期に出会ってしまっただけの、幼馴染でしかないから。
「君にいくら貶されたっていいよ!!魔法で怪我を負わされてもいいよ!!でも私は…!!私たちは…!!」
最大出力。杖に込める魔力は今私が持つ全ての魔力。
…本当はまだ取って置きたかったけど、仕方ないね。まだ眠ってた力も、使える力も全部全部あげるよ。それで、アイルも、アイルを…
「アイル!!君を救いに来たんだよッ!!」
みんなみんな、救えるなら!
「…は…?」
────刹那、眩い光が部屋を包んだ。
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