コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
<記憶の底で眠る、感情。>
2025-03-02
───記憶の底に、今もあるもの。
ただ忘れてしまっているだけの、記憶の欠片。
「ねぇ███。」
エメラルドグリーン色の髪をした██が話しかける。自身の庭で遊び回っている幼馴染に。
「…どうしたの?███、元気ないね?」
能天気と言ったら怒られるだろうか。その瞳は曇りなき眼で、███と呼ばれた██にはとても綺麗な瞳だと感じられた。
「…█達は、ずっと親友だよね?」
「うん。そうだよ?今更どうしたの?█たちはこれからもずーっと親友だよ?」
不安そうに聞くと、███はそれを払拭するかのように元気に答えた。年相応の無邪気さと、けれどそれと共存しないはずの色っぽさや、整った顔立ちが相まって、███にはまるで何処かの子役のように見えた。
「…そうだよね。…ごめん、変な質問して。」
申し訳なさそうにそう言うと、███は笑いながら言う。
「ううん、全然大丈夫。」
それよりも、と付けくわえて、███は███の手を引く。木陰と日向との境目は2人を照らす。
「ほら、███も遊ぼ!」
その灰色の瞳が綺麗に微笑む。可愛らしい、大人なら誰しもが愛しそうな。そんな笑みで。
「…でも、父様が駄目って…」
そんな███を突き放すように、███は下を向き、気まずそうに言う。
「え?███のパパが?…んー、それならしょうがないかぁ。…あ、そうだ。それって、遊ぶのが禁止されてるだけで、一緒にいるのは禁止されてないってことでしょ?」
「え…あ、うん」
「なら█もここに居る!一緒に本でも読も!」
これならきっと大丈夫だよ、と笑いながら███は口にした。
もはや屁理屈の域まで達しそうな理論を意気揚々と言う。何故そんなに自信満々で言うことが出来るのか、今の███には分からなかった。
███は木の傍に座り、███を待ってるかのように目を輝かせる。
「…いいよ。どれ読む?」
███に遠慮という言葉を教えるのは無理だと判断し、███も███の近くに腰掛ける。
ひんやりした木の幹に背中をつけ、何冊か本を手に取った。どれもこれも分厚いせいで、███1人の腕力で持つにはせいぜい2冊が限界だ。
「わ、沢山あるね!全部面白そう!」
中身は全て論文か小説なのだけど。███がそんなものを読むなど、到底想像がつかず少し顔を歪ませる。
「…ん?どうしたの?」
「…いや、なんでもない。それより、███はどれ読む?」
「えー、…全部面白そうだからなぁ…あ、これがいい!この朱色の!」
少し迷った後、その大きい朱色の本を指さした。
「…これ?」
███が戸惑いながらも手に取って███に渡すと、██の目は星のように輝く。
「そう!これ面白そう!!」
「あぁ、…うん、そうだといいね…」
中身は魔法研究についての論文なのだが。途中でリタイアする未来しか見えない。
「…へぇ、今はこんな魔法が…」
けれど予想に反し、意外にも███はすらすらと読み進めていった。30分くらいした後、███の方を見れば既に3分の1程度読み進めていた。
流石に早すぎるだろう。そう思い██に声を掛けてみれば、
「え?普通に読んでるだけだよ?」
と返される。何が普通だ、と心の中で冗談交じりに笑った。厚さが5センチ以上ある本の3分の1を30分で読むなんて、魔法でも使わない限り無理だろう。そこまで考えたあと、そういえば███はこう見えても上流階級である貴族の生まれで、魔法の英才教育も受けていた、という話を聞いたのを思い出した。それならば納得がいく。
小さい頃から本を読まされていたなら、こんな本などすぐに読み終わるだろう。
「…この本面白かったよ、ありがと!」
案の定、さっきから10分ほど経っただけなのに、もう読み終わったらしい。
「…うん、良かったね」
本を受け取り、また重たいそれを手に持つ。
まるで自分の感情みたいだなと思ったが、その思考もすぐに手放した。だって、ただの中級貴族である自分が、上級貴族サマの███にそんな思考を抱くなど、あってはならない事だから。
だから、全部押し殺していた。
殺したいぐらいの憎悪も。
恨みたいぐらいの才能も。
羨ましいぐらいの頭脳も。
嫌になるぐらいの愛らしさも。
気持ち悪いぐらいの優しさも。
憎みたいぐらいの魔法も。
全部全部、嫌いだったのに。
家柄という曖昧なもので縛り付けられて、段々と何も言えなくなっていった。
ずっと、嫌いだったよ。
第四章 : 拝啓、大嫌いな君へ fin.
NEXT : 第5章 START