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『私の憂鬱』①
・マフシン
ハァ、とため息を吐くと隣にいたマスクを着けている真冬が「なに」と訝しげに眉を寄せて聞いてくる。
「学校生活、慣れてきたんだけど新たな問題を見つけちゃってさ〜」
「?」
私のボヤきに真冬は不思議そうに首を傾げた。
私たちは編入試験に無事合格して晴れて殺し屋学校JCCの生徒になって学校生活を謳歌していたのも束の間、私、虎丸尚の人生に大きな問題が追加されたのだ。
「問題ってなんだよ。いつも言ってる推し活ってヤツ?」
──もしかしたら真冬に話したら分かってもらえるかもしれない。──
潔癖症で無愛想、でも人の話はきちんと聞くし何だかんだクラスの友達も多い。同じ編入生のよしみとして私の相談も聞いてくれるかもしれない。
「あのね、まふ──」
「あ!真冬見っーけ!虎丸もいるじゃん!」
私が発言するよりも早く真冬の名前を呼んで走ってきたのは同じく編入生組の朝倉シンくんだ。真冬とは加耳くんと共にチームを組んで編入試験を合格してきたから編入したあともシンくんは真冬と仲がいい。
──マフシンキタ〜!!!──
朝から思わぬ対面に内心興奮するけど、シンくんはエスパーで人の心の声が読めるから私の心の声が漏れないようにいつも心がけている。
「シンくん、おはよー」
「なぁ〜!今日授業サボって図書室行こうぜ、すっげー広いの!」
無邪気に話すシンくんは編入試験一位合格で優秀なのに授業はよくサボっていた。噂だと同じタイミングでやって来た美人の教育実習生と空き教室に行っていることを聞いたことあるけど、今の私はそれどころではない。
真冬とシンくんが並んで話している。これはつまり世間では『マフシン』と呼ぶカップリングではないかと私は察した。
そう。私、虎丸尚の最近の悩みは朝倉シンくんに対してBL的な思考を抱いていることだ。
所謂シンくん総受けにハマってしまった私はこの学校生活毎日シンくんを見る度にサカモトの推し活くらい妄想が捗りまくって困っている。
マフシンというCPに目覚めてしまったきっかけは勿論二人の仲の良さ×年齢差だ。
話を聞けば飛行機の時に真冬はシンくんのことをオッサン呼ばわりしてシンくんはゆとり潔癖野郎と思っていたらしい。
戦闘を交えたあと、試験でチームになって『シンくん』呼びを定着させて甘えるようにシンくんの服の裾を掴んだり潔癖症の癖にシンくんにだけ距離近めで学校生活でも常にくっついているイメージがある。
これを目の前で見せられて妄想が捗らない訳がない!
現に授業の誘いという名のデート(妄想)を誘うシンくんに対して真冬はさっきまで私と話していた雰囲気よりずっと嬉しそうな顔して「どうしよっかなぁ」とボヤいていた。
「いいじゃん。サボろうぜ、お兄さんが購買で何か奢ってやるからよ」
「21歳はお兄さんじゃくてオッサンだからな」
──キタ!!!──
ドヤ顔で年上アピールするシンくんに対してちょっとウザそうに塩対応しながらもシンくんの服の裾を掴む真冬、これぞ至高のマフシン。
一見年上で気が強そうなシンくんが真冬くんをリードする立場かと思えば甘えん坊なフリしてシンくんを独占したいヤンデレ気味な真冬に押し負けて受けになっちゃうマフシンが凄く可愛い、全て妄想だけど。
「虎丸も行こうぜ」
「はぁ!?いやいや、どう見てもこれは授業サボって二人きりの空き教室見つけてイチャイチャする学園モノの鉄板BLでしょ!」
「・・・?」
──しまった!──
シンくんの前ではなるべく心を強くガードするのに集中してつい考えていることが口に出てしまった。
現にキョトン、とした真冬とシンくんは私の言葉が何一つ理解できてないみたいだ。
それに私を誘った時の真冬の『え、俺ら二人じゃないの?』って寂しそうな顔をしたのも見逃さなかった。これはマフシンを推す身として写真を残しておくべきだったと深く後悔した。
「な、なんでもない!三人でサボったらバレるし言い訳怠いじゃん!それに私晶ちゃんと約束してるからもう行く!」
「?そ、そうか」
「・・・シンくんもう行こうぜ」
逃げるように二人から離れて歩くと真冬がシンくんの手を引いて反対方向を歩き出す。14歳×21歳のCP、これは現代の妄想も楽しいし数年後の未来軸の妄想もすごく捗るから小走りしながらマフシンののことを考えた。
『まーふゆ、俺が真冬以外誘ったから妬いてんの?』
『ばーか、妬いてない』
『そんなこと言って手離さないじゃん。・・・俺の一番は真冬だよ』
『・・・知ってる。早くキスできる場所に移動しよ』
──そんな可愛い会話が今頃交わされて二人は誰もいない空き教室でイチャイチャしたりキスしたりするんだろうなぁ〜。──
そして14歳の真冬と21歳のシンくんが付き合うにあたっての最大の壁、いやこれはマフシンの大きな特徴であるのは『年齢差』だ。
シンくんの性格からして真冬がアピールしまくって付き合えてもキス以上は18歳以上にならないと禁止!とか言い出しそうだな。
それは未成年の子に手を出す罪悪感と、真冬が成長していくにつれて別の好きな人が見つけたらと考えてしまう大人っぽいところを見せてくれるシンくんも可愛い。
でも真冬の性格的に言うことは聞くかもしれないけど我慢できなくなってシンくんとその先に進もうとするかもしれない。
人当たりがいいシンくんは優しいし他にも友達がいるから一番年下で未成年の自分より誰かのことを好きになってしまわないか、奪われてしまわないか不安を募らせてヤンデレに変わる真冬のマフシンも捨てがたい。
『だっ、ダメだって!俺たちキス以上しないって・・・約束しただろ』
『もう待てないよ。誰かにシンくんを奪われるのが怖くて・・・毎日シンくんを束縛したくて堪らなくなる。ねぇ、シンくんが責任とってくれるよね?』
そこから真冬に押し倒されて済し崩しで・・・ってダメだよ私!!!私まだ未成年だからこの先は考えちゃダメ!!
最近シンくん受けで妄想するとその先のことを考えてしまい私は自分が怖くなる。腐女子ってこんなに妄想してしまうんだ、恐ろしい生き物だと日々実感する。
──はぁ、私も今日授業サボってマフシンを執筆しようかな。次のコミケでサカモトが出る同人誌全部欲しいからチェックもしたいし。──
オタクってどうしてこんなに忙しいのだろうか。学校生活に毎日やってくる妄想の供給、もしかしたら別のシンくん受けのCPに目覚めてしまうワクワクで私は幸せなため息を漏らす。
これは私の憂鬱な日常の物語だ。
『私の憂鬱』②
・加シン
食堂で昼食を食べながらSNSでさっき見たマフシンについて投稿していると別の席に座る大柄の男が目に入った。
──確か、加耳くんだっけ。──
無口でいつもイヤーフラップキャップ帽子を被っているのが特徴的な加耳くんとは私と同じ推薦組で編入試験で合格した、謂わば同級生だ。
聴力に長けているらしいけど普段無口だし私やクラスメイトが話しかけても冷たい態度の加耳くんは謎だらけだ。
「加耳、前空いてる?」
「!」
──ウッソ!シンくんじゃん!──
トレイに大盛りのカレーを載せたシンくんが誰も近寄らない加耳くんの席にやってきて正面に座りだす。加耳くんに許可をとってないのに勝手に座るあたり、シンくんは結構大胆なのかもしれない。
──ん?待てよ?コレってもしかして・・・・・・加シンってコト!?アリアリ!!すごくアリじゃん!──
そういえば以前、シンくんが『アイツ、結構心の声うるさいんだよ』と教えてくれたから無口なのではなく、人見知りで話しかけられても上手く返せないだけなのかもしれない。
シンくんのエスパーがあれば加耳くんの気持ちをきちんと理解してあげられるし加耳くんも次第にシンくんのことを意識し始めたら、それはもう恋の始まりだ。
──マフシンであんなに萌えたのに加シンの妄想が止まらない!──
常にエスパーで心の声を読むシンくんが加耳くんのことを好きになったらやっぱり告白はシンくんからかな?いや、加耳くんの言葉で聞きたくてわざと焦らして『俺のこと好き?』とか初々しい態度で聞いてくるのも可愛い。
加耳くんはいつも無口だけど、いざというときはちゃんと言葉にしようと直接伝えると顔を真っ赤にして照れるシンくんにつられて加耳も恥ずかしくなっちゃうピュアなカップルも悪くない。
「なぁ〜次の授業でさ、3人一組で組む実習あるじゃん。あれ組もうぜ」
さりげなく加耳くんが孤立しないようにチームに誘うシンくんの優しさに加耳くんも気付いているから「ああ」って短く返事するけどきっと心の声は喜んでいるに違いない。
──午前中はマフシン見れてお昼休みは加シン・・・ご馳走様です。──
遠目で見ている二人のやりとりが微笑ましく感じていると私の横を早足で横切った真冬を見かけて思わず「あ」と声を出してしまった。
・マフシンと加シン
──こ、これはもしかして三角関係ってやつ!?──
漫画やドラマで見たことある展開では!?と内心焦っていると真冬は躊躇いもなくJCC丼を載せたトレイを持ってシンくんの隣に座りだす。
──キャ〜!加耳くんと話してるの見て嫉妬したの!?真冬って独占欲強いんだ〜!──
14歳らしさを感じる可愛らしい嫉妬を感じるもシンくんは「おお、真冬」と勝手に隣に座ったことを咎めずに平然としている。
「お前またJCC丼かよ」
「うん。だからシンくんのカレーちょっと頂戴」
「仕方ないなぁ〜。半分やるからJCC丼も半分寄越せ」
はい、マフシンのいいところが出ました。
年下という最大の武器を使って年上で頼られると断れない優しい年上のシンくんに甘える作戦、これはマフシンにしか出せない良さ。
レーザー弾で数メートル離れた券売機で食券を買うシステムだけど、殆どの生徒が野菜くずなどが入った美味しくないことで有名なJCC丼になってしまう。
『また』とシンくんが言うあたり何度か真冬がJCC丼を引き当ててしまうところを見ているのかもしれない。けど私はシンくんがいない時に躊躇いもなく難易度が高いステーキ定食を見事当てているところを何回も見ている。
つまりこれは真冬がわざとレーザー弾を外してJCC丼を当てて、シンくんに甘えているのだと知るのはきっと私だけだろう。
「お、俺のカツ丼もやろうか」
同級生のよしみとして、あと単に加耳くんの優しさで勇気を振り絞って言うのを聞いて私は思わず微笑ましくなった。
性格も年齢もバラバラだけど歩み寄ろうとする姿はBL抜きにしても応援したくなる。
「──は?食べかけとか無理なんだけど」
ピュアな心を取り戻しかけていた私と優しさを見せた加耳くんの心を踏み潰すような潔癖症発言に稲妻が走った。
いや、真冬が食べようとしているカレーもシンくんの食べかけだよ!?シンくんならいいの!?アンタ本当にシンくんのこと好きじゃん!
私のマフシン好きのフォーカスを抜きにしても真冬がシンくんに対する『特別感』に悶えそうになる。
対して加耳くんは言葉にしなくても酷く傷付いた表情を浮かべていた。
「おい真冬!そんなこと言っちゃダメだろ!午後は加耳と一緒に実習組むんだから三人仲良くやろうぜ」
「え、俺とシンくんチーム組むの聞いてない」
「言ってないからな」
どうやら午後の実習のチームを組むことは真冬は聞いてないらしい。強引にシンくんが決めたと言っても過言ではないけど、真冬は何だか嬉しそうに「ふーん」と呟く。
「そうだ!今日のメシ、三等分ずつしよーぜ!」
「!・・・シンがそこまで言うなら」
酷く落ち込んでいた加耳くんはシンくんに促されて素直にカツ丼を取り分けていくから、真冬も眉を顰めて「別にJCC丼のままでいいし」と言うからシンは苦笑する。
「無理すんなって、な?」
頭をポンポンと撫でるシンくんはさながら自分がお兄ちゃんになった気分だろう。生意気で無愛想だけど放っておけない真冬を甘やかしたい、これはマフシンとしての醍醐味だ。
──もしかして三角関係だけどシンくんのおかげで争い事とかないのかな。──
真冬と加耳くんにとってシンくんが中心に回っているように見えて、恐らく真冬と加耳くんだけならバラバラで合わないけど謂わばシンくんは扇の要のような存在かもしれない。
──寮も三人部屋で一緒って聞いたし、ずっと仲良しじゃん。・・・ハッ!!もしかして三人の仲を深める為に夜は・・・!!──
『二人とも仲良くしろよ』
『じゃあシンくんともっと仲良くなりたいから触っていいよな?』
『俺もシンのことを知りたい』
頼まれると断れない、そして編入前に『学校あるあるリスト』なんて作っちゃうようなシンくんなら二人が仲良くする為に自分の体を・・・ってダメだよ私!!!私まだ未成年だからこの先は考えちゃダメ!!
「はぁ・・・マフシンと加シンの三人も尊い・・・」
思わず声に漏らしてしまったけどワイワイと騒がしい食堂では少し離れたテーブルの私の声なんて聞こえないだろう。
そう安心してたのも束の間、加耳くんが肩をビクンと震わせてゆっくり私の方に振り返る。
──しまった!!!めっちゃ耳いいんだったの忘れてた!──
きっと一瞬自分の名前を呼ばれたと思ったのだろう。私はあからさまに気まずそうに目を逸らすと加耳くんは「?」と首を傾げたあと、シンくんに声をかけられて会話に戻った。
──危ない危ない。──
当人たちには知られたくない秘密を持った気分だ。ハァ、と深いため息を溢すと晶ちゃんが半ベソでJCC丼を持ってトボトボ歩いているのを見かける。
「晶ちゃーん!」
「虎丸さ・・・尚さん」
手を振って声をかけると顔を上げた涙目の晶ちゃんが隣に座った。きっと射撃が得意ではない晶ちゃんは真冬のようにわざとではなく正真正銘自分の力でJCC丼を引き当ててしまったのだろう。
「良かったら私のサンドイッチと半分こしよ?」
「い、いいんですかぁ・・・?」
妄想してお腹いっぱいになって食べてなかったサンドイッチを見せると晶ちゃんは泣きそうな顔をする。
「ありがとうございます。・・・実はこの前もシンさんが『JCC丼食べたことないから食べてみたい』って言ってくれてシンさんのご飯と取り替えてもらったんです・・・」
──え?──
食べたことがない?真冬と何回もJCC丼を食べているから食べたことはない、というのは嘘だと私は察した。
思わず黙りこくってしまった時、ふと少し離れたテーブルからシンくんと目が合った。
きっと私たちのことに気付いていたのだろう、そして人差し指を唇を当てて『ナイショ』とジェスチャーを送るシンくんに無意識に頷いてしまった。
晶ちゃんの為に嘘をついて自分の食事と取り替えるシンくんの優しさに頬が緩む。
「尚さんどうかしましたか?」
「ん?ううん、何でもないっ。私もJCC丼食べてみたかったから全然いいよ!」
さっきまでやましいことを考えようとしていた気持ちが一掃されたような気分で私は晶ちゃんに笑顔を浮かべる。
──寮戻ったらマフシンと加シンでSNSチェックしよーっと♪──
今日は沢山妄想できたし、もしかしたら明日は別のシンくん受けカプに目覚めるかもしれないと幸せなため息を溢しながら晶ちゃんと昼食を楽しんだ。
『私の憂鬱』③
・ナツシン
SNSでマフシンと加シンを検索して思わず笑みを溢す昼休みは、この殺し屋学校にそぐわない珍しく平和な時間だった。
──はぁ〜!マフシンも加シンも捨てがたい!どっちも可愛いよね〜。──
数々のイラストやSSにいいね!を押す指が止まらない。今日も数多の隠れたマフシンの投稿を探す旅に出るか、と意気込んでいると真後ろから爆発音が聞こえる。
「きゃっ!?」
爆風で振り返ると壁だった場所に穴が空いて私の真後ろにシンくんが倒れていた。殺し屋学校JCCにとっては日々の喧騒は当たり前らしく、他の生徒は「おー飛んだな」とか「なんだぁ?あー爆発か」と興味なさげだ。
「ちょっ!?シンくん大丈夫!?」
「イテテ・・・お、虎丸じゃん!」
慌てて近付いて声をかけるとシンくんは体を起こして傷だらけの顔のまま眩しい笑顔を浮かべる。
「おーい。くそエスパー生きてる?」
一体何が起きているのか聞こうとしたけど、私たちの前に青年が仁王立ちしていた。武器科の作業着を羽織っている10代後半あたりの青年は初めて見るからシンくんの友達だろうか。
「おいセバ!このグローブちょっとまだラグあるぞ」
「てかお前がもうちょい早く未来視えてれば良くね?」
初っ端から喧嘩口調の彼らに私は現状が理解できないでいるとシンくんの腕には何だかごついグローブが着いていた。
──もしかして武器科の彼が制作したもの?それをシンくんが試作段階で試してるの?え、何それ。てかイケメンじゃん。──
パーマがかった黒髪に両目の下のホクロが特徴的な青年は誰かに面影を感じる。どうやらシンくんと彼は親しげで、とても編入してから知り合った仲ではなさそうだ。
「あ、あのー・・・二人はどういったご関係で?」
二人の喧嘩に控えめに入って聞いてみるとシンくんの瞳がパチクリと瞬きを繰り返す。なんだその目は、可愛い猫みたいじゃないかとツッコミそうになるのをグッと我慢した。
「あー・・・俺とコイツ、学校の前から知り合い」
「知り合いっつーか敵だろ!」
「あれはバイトだし」
彼は私に説明するのが面倒なのか目を逸らすあたりシンくんにしか興味がなさそうだ。加えるようにシンくんが説明するけど結論は学校より前に知り合った関係らしい。
──え??つまり彼氏?──
冷や汗がダラダラ滲む。私は数秒前までマフシンと加シンにメロメロだった腐女子だったのに目の前の彼とシンくんのカップリングをすぐさま脳内にアップデートしてしまった。
「セバ!早く調整しろよな」
「うっせ。・・・てかお前また怪我増えてんじゃん。仕方ねーなぁ」
グローブを脱いでセバという青年に渡すシンくんにセバくんは眉を顰めてポケットから絆創膏を取り出してシンくんの怪我した頬に貼ってくれた。
「お、おお。・・・ありがとう」
──ええ!?何今の!?イケメンすぎん!?──
マフシンや加シンにはないさりげなさ、オマケに仲悪そうに見ててお互いの距離は近い。これはもう付き合っているのか?と問い質したいくらいだ。
それに絆創膏を貼ってもらったシンくんはいつもの生意気な表情から一変して照れた表情を浮かべるものだから第三者の私もドキドキしてきた。
「てか!お前年下のくせに生意気!」
「はぁ?18歳も21歳も変わらねーって」
──えぇえ!?まさかの年下攻め!?アリ!!!──
マフシンですでに年下攻めの良さを知ったけど、これはまた違う意味の良さがある。強がるシンくんに対してセバさんは揶揄うようにシンくんの頭を撫でてきた。
──ま、まさか私セバシンを見せつけられてる!?──
真冬のように年下という武器を最大限に活かして甘えてくるタイプと、自分は対等な目線でいたいと思うセバさんのタイプ、どちらも美味しいことに気付いてしまった。
「頭撫でんな!そういうのは弟の真冬にしてやれ!」
「・・・真冬?」
セバさんの手を振り払って怒るシンくんだけどそんなに怖くてないのはセバさんを信用しているからだろうか。そしてとんでもない事実に気づいた私は思わず声を震わせた。
「ま、まさか・・・!真冬のご兄弟!?」
「・・・はぁ、そうだけど」
ワナワナと震える指先でセバさん、もとい真冬のお兄ちゃんを指差すと訝しげな表情で頷いた彼に代わって「こいつナツキって名前」とシンくんが教えてくれた。
──え〜!?何それ!?ナツシンってこと!?アリなんだが〜!?──
まさか真冬にお兄ちゃんがいることに驚いたけどシンくんがすでに夏生さんと知り合いだったことに驚きと興奮を隠せなかった。
『俺の武器で一流にしてやるよ』
『当たり前だろ。俺とセバ・・・夏生がいれば最強だ』
二人きりだと今より距離近めでイチャイチャしちゃうタイプ!?さっきの絆創膏貼っていたのはお兄ちゃん心をくすぐられたから!?
これはナツシンのチェックも必要だ、と私は新たなカップリングの未来を見て笑顔になる。
お互い喧嘩しているけど本当に仲が悪い訳ではなくて、お互いの距離感をちょうど良く理解しているのが伝わってナツシンはもしかしたら最高のカップリングではないか?と私は気付き始めた。
・ナツシンとマフシン
「はぁ、ナツシン尊い」
「?・・・今日はまた違う単語ですね」
昼休みのナツシンを見てから放課後までナツシンをSNSでチェックしていたら授業どころではなかった。友達の晶ちゃんがいつもと違うカップリングの名前を聞くから首を傾げている。
「聞いて〜!今日ね、またシンくん受けのカップリングが──」
言いかけて、教室の扉の前に真冬のお兄ちゃん、夏生さんが立っていることに気づいた私は言葉が詰まった。
「クソ兄貴何しに来やがった」
私が声をかけるよりも早く扉の前に大股で近づいたのは真冬だ。どうやら兄弟仲はそこまで良くないらしい、というか真冬の思春期が原因かもしれない。
「何って、クソエスパー・・・シンに会いにきた」
「・・・シン?兄貴いつからシンくんのこと呼び捨てにしたんだよ」
──おお!?こ、これはナツシンvsマフシンか!?──
兄弟に挟まれるシンくんの三角関係、これもBLの鉄板だろう。編入試験前にすでに知り合いだった夏生さんと編入試験で同じチームになって親睦を深めた真冬との対立に私は内心興奮する。
「喧嘩でしょうか?先生を呼んだ方が・・・」
「待って晶ちゃん!今いいところだよ!!」
「ええ?」
兄弟喧嘩だと知らない晶ちゃんが心配そうに眉を下げて先生を呼ぼうと立ち上がるから私は慌てて阻止した。
「大体兄貴はシンくんをいつも独占しやがって・・・」
「独占はお前だろ。わざとらしい演技してシンに甘えてきてさ。俺はとりあえずシンに頼まれた武器を渡しに来ただけだ」
相手が一歩踏み出そうとするものなら殴り合いが始まるんじゃないかと思うほどバチバチな会話は私にとっては全てシンくん受けに聞こえてしまうのが不思議だ。
「おっ!セバじゃん!真冬もいて兄弟揃って何してんだよ」
「うお」
トイレにでも行ってたのか、何も知らないシンくんが明るい声で夏生さんに抱き着いてくる。後ろから抱き着いてきたシンくんにとっては友達としてスキンシップのつもりかもしれないけど、今の真冬にとってはこれ以上ないほど悔しいことだろう。
「シンくん!兄貴から離れろ!」
「お!?・・・お前ら相変わらず仲良い兄弟だな」
──あ゛〜〜〜!!!何この鈍すぎる人!!!──
エスパー使えるくせに肝心の二人の本音に気づいていないシンくんに私は思わず頭を抱える。兄弟が仲良いことに嬉しそうに、そして羨ましそうにも見える笑顔を浮かべるものだから二人も文句は言えずに押し黙ってしまう。恐るべし、シンくん。
「それよりさ、購買でフルーツサンド?ってやつ売ってたんだよ!買いすぎたから三人で食べよーぜ」
恐らくシンくんは兄弟ふたりが仲良しであることを望んでいる。それを二人は知っているからこそ、シンくんの前では喧嘩できないのか「うん」「おう」と素直になるからこの三角関係は完璧だと実感した。
「あ!虎丸と晶も食うか?」
そして鈍いシンくんのいいところもあれば悪いところもあるとすれば優しいから私たちの存在に気付いて声をかけてくれることだ。
『シン、こっちの方が甘いぞ』
『ん・・・ほんとだ』
『シンくん、俺のも食べて』
『んふ・・・ふたりとも仲良くしろって』
私が知らないところでフルーツサンドイッチよりも甘い一時を三人仲良く味わうのだと思うと、この誘いは涙を飲んで断らなきゃいけない。
でも晶ちゃんがシンくんの誘いに喜んで乗ったら私も晶ちゃんの幸せを奪いたくないから参加するしかない。グルグルと思考を巡らせていると晶ちゃんが「あの」と手を上げる。
「すみません、私たちは食堂で予約してたパフェ食べるので・・・」
──え?そんな約束してないけど・・・もしかして晶ちゃん私のこと気遣ってくれた?──
優しくて素直な晶ちゃんの精一杯の嘘はきっとエスパーのシンくんには容易にバレてしまうだろう。
でも、シンくんは目を丸くしたあとにいつもの明るい笑顔を浮かべてくれた。
「そっか。分かった!じゃあ男三人で虚しく食おーぜ!」
「ちょっ・・・くっつくなよ〜」
「男三人でフルーツサンド食うのマジ怠いな」
ぶつくさ文句を言う二人を連れてシンくんが教室を出るのを見送ってから私は深い溜め息を溢すと同時に晶ちゃんも息を吐く。
「シンさんに嘘ついちゃいました・・・えへへ」
──か、可愛い・・・!!──
きっと嘘だと見抜いた上で晶ちゃんを問い詰めなかったシンくんの優しさに晶ちゃん本人も気づいているだろう。
「大丈夫だよ、シンくん優しいもん」
「そうですよね。あ!でも、本当に一緒にパフェは食べたいです」
「っ!・・・私も食べたい!」
嬉しさのあまり勢いよく椅子から立つと晶ちゃんは肩を揺らしながら笑ってくれたから私もつられてクスクス笑った。
今頃兄弟二人に挟まれたシンくんは甘いフルーツサンドイッチを食べながら二人の本心を知らずに無邪気に笑っているのだろうと思うと、少しだけ兄弟に同情した。
・坂シン
SNSで毎度シンくん受けを探して彷徨っているのが日課になりつつあったある日、私はとんでもないことを思いついてしまった。
「てかシンくん坂本のこと好きじゃん!?」
「わっ!急にどうしたんですか?」
思わず声に出すと隣にいた晶ちゃんがビクリと体を震わせて驚くから「ごめんね」と謝った。
「私、気づいちゃったんだ。シンくんって私より坂本のオタクで10代の頃に坂本の部下で今は坂本家に居候してるんだよ、絶対大好きじゃん」
「確かにシンさん、太郎さんの話になると嬉しそうですよね」
家出した10代半ばのシンくんが出会ったのは伝説の殺し屋の坂本、そして殺連の下請けをしながらも坂本の部下をしていたシンくんはきっと坂本を私以上に推している。
しかし、それは『推し』ではなかったら?と腐女子特有のフィルターがかかってしまう。
「お!虎丸に晶じゃん、何してんの?」
偶然シンくんとJCCの教育実習生が歩いているところに直面した。そういえば最近、シンくんが美人な教育実習生と一緒に行動している噂があると聞いていたけど本当らしい。
──シンくんってこういう人が好みなんだ。・・・いやいや!そんなことより坂本×シンくんの妄想が優先でしょ!──
「ね、ねぇ!シンくんは坂本のどこが好き?」
「へ?坂本さん?」
同担としても気になるし新しいカップリングを妄想する材料としても欲しくてシンくんに聞くと一瞬隣の教育実習生を見たあと照れ臭そうに目を逸らす。
「俺・・・私は職員室に行く」
「ハイ!!お疲れ様でした、さかもっ・・・先生!」
二人の何だかぎこちない会話に私も晶ちゃんも違和感を抱くけど、シンくんは改めて私たちに向き直って考える仕草をした。
「好きっていうか尊敬してるところはやっぱ強くてカッコいいところかな」
「分かる!圧倒的強さとあの姿!」
坂本に救われた時は私にとってヒーローにも王子様にも見えた。私が同意するとシンくんは嬉しそうにはにかんで「だよな!」と頷く。
「あとはそうだな・・・ストイックなところもカッコいいし、優しいところも・・・好きだ」
「ッ」
──シンくんの口から好き!?好きって言った!?──
今の坂本は既婚者。それは勿論シンくんも私も知っている事実だけど、シンくんの口から出た『好き』があまりにも初々しくて胸がキュンと鳴る。
もしかしたら出会った頃から坂本に一目惚れしてて、多感な時期に坂本に銃の使い方だけではなくいろんなことも教わっていたのか?とあらぬ妄想が浮かんだ。
『坂本さん、俺もう子供じゃないです』
『シン、何故服を脱ぐんだ』
『俺を坂本さんで大人にしてください』
10代半ばのシンくんが精一杯の誘惑をするのを受け入れてくれるか、それとも大人として正してあげるか、どちらも坂本らしくて悩ましい。
これより先の妄想をしたいけど私はまだ未成年だから歯軋りしながら我慢するとしよう。
今は愛しい奥さんと子供がいることを知っても諦めきれずに坂本への気持ちを隠しながら隣にいるシンくんのことを考えたら泣きそうだ。
「シンくん頑張って!私たち(腐女子)がたくさん妄想してシンくんの思いを形にするから!」
「??・・・お、おう?」
坂本は推しとして変わらないし、坂シンとして考えると更に推せる。現代軸での坂シンの妄想は難しいかもしれないけど、過去のことはまだ知らないから妄想し放題だ。
戸惑うシンくんが曖昧に返事するから晶ちゃんが苦笑する。
「師弟関係っていいですよね、私憧れます」
屈託ない笑顔を浮かべる晶ちゃんに対して坂本とシンくんは師弟関係であることを言われて照れ臭そうに笑う。
「ああ、俺にとって最高にカッコよくて自慢の師匠だ」
──坂シン尊い・・・!!神に感謝。──
思わず両手を合わせて感謝したいくらいシンくんの笑顔が尊くて可愛くて仕方ない。これは坂シンでエゴサしなければ、と決意しているとシンくんは急いでいたのか私たちと二言ほど会話して立ち去ってしまった。
「私たちは教室に戻りましょう」
「うん!・・・あれ?教育実習生の先生だ」
師弟関係、坂シン、これは尊すぎるカップリングを見つけてしまい胸がポカポカするなか晶ちゃんと歩いていたら職員室に行くと言っていた美人な教育実習生が角に立っていた。
「シン・・・!」
私たちの会話を盗み聞きしていたのか教育実習生は涙をポロポロと流していた。そしてすぐに私たちの存在に気付くと目にも止まらぬ速さで消えてしまった。
──あの人何なんだろ?・・・もしかして私と同じ坂シンの良さに気づいたのかな?──
それなら是非坂シンの良さを共に語り合いたいところだ。
──あ〜!早く坂本とシンくんの絡み見たい〜!ん?でも最初シンくんあの教育実習生のこと『坂本』って言いかけてなかった?気のせいかな。──
何か違和感を覚えるも深く詮索する気も起きずに坂シンの妄想をしながら教室に向かった。
・Xシン
拝啓、私へ。
ひょんなことで真冬と共にXとか言う殺し屋殺しに誘拐されて協力しろと言われて絶賛軟禁中だ。
武器もスマホも没収されないのはきっと私たちが逃げても簡単に捕まえられる、または殺すことができるからだろう。
Xの仲間たちは「え、人外?」って言いたくなるくらい強い奴らばかりで真冬は兄の夏生さんに伝えたから助けに来ると言っていたけど私は毎日不安に駆られていた。
「虎丸さんは毎日スマホで何を読んでいるの?」
「え?」
──イケメンX様!──
銀髪に儚げな表情がよく似合うイケメン、Xに私は絶賛推し変中だ。物腰は柔らかく、たまに人が変わったような素振りを見せるところが怖いけどそこもまた魅力的なポイントだ。
「これは推しカプの小説だよ」
「推し・・・カプ?すごいね、僕はどうしても紙じゃないと読めなくて」
イマイチ私の言葉を理解してなかったみたいだけど、小説と聞いて関心したように言うから私は思わず「分かる!」と答える。
「やっぱ同人誌も紙で買うことに意味があるよね!」
「どうじんし・・・?」
「データやSNSだといつ消えるか分かんないしジャンル変わって推しカプ書かなくなったりした時の喪失感半端ないよね」
「・・・?」
形に残る本、つまり同人誌ほど素晴らしいものはぬい。未成年の私でも読める、買えるシンくん受けの同人誌も増えてきて嬉しい限りだ。
Xはキョトンとした顔をしている。やはりオタクじゃない人には通じない言葉もあるのだと思い知らされる。
──待てよ・・・?Xシン、アリなんじゃない?──
Xはどうやら坂本に10億の賞金首をかけさせた本人らしい。話を聞くあたり坂本とは同級生だったらしいし何かしら因縁があるのかもしれない。
それなら坂本の愛弟子のシンくんはターゲットにされやすいんじゃないか?
「ね、ねぇXってシンくんのこと知ってる?」
「シンくん・・・?ああ、一度会ったことあるよ」
──既に面識済み!?これはXシンの匂いがする!──
同じコマにいれば面識はあると腐女子は捉えることができるのに、どうやら二人は二回も会ったことがあるらしい。
──坂本の愛弟子のシンくんを狙うXシンあり・・・!やっぱ快楽堕ち?闇堕ち?じ、実はXのスパイっていう妄想もアリ!!!──
常に坂本を敬愛する皆んなから愛される存在のシンくんがXに攫われてしまう話を悶々と考えてしまう。
『ふふ、いい加減僕に堕ちなよ』
『っ、ふざけんな・・・!誰がテメェなんか・・・!』
『その生意気な目が僕に屈服するところを早く見たいな』
Xに攫われても決して屈しない正義感の強いシンくんを、あの手この手で堕とそうとするのも大変美味しいし何よりXの仲間には鹿島という人がいる。
鹿の剥製を被った気味が悪い人だけどXの世話係とか私たちの食事とかも用意して細かい気配りもできる人だ。
「鹿ちゃんが裏ルートで媚薬とか手に入れて、快楽漬けにされるシンくんのXシン・・・めちゃくちゃ美味しいかも」
「?・・・鹿島が何だって?」
妄想が溢れてブツブツと妄想を口にするとXは明らかに戸惑っているから私は我にかえった。
「な、何でもない!私はまだ未成年だから不純な妄想とかは・・・っ、してない!」
「??」
私はまだ、うら若き未成年の乙女だ。Xシンのことになると妄想が止まらずつい未成年では変えてはいけない壁を妄想してしまうから危険だと感じる。
──あとでXシンを検索しよう・・・!絶対同士はいる・・・!──
難しい顔で考えていたのか、Xは「若い子の話題は難しいね」と苦笑するけど腐女子に年齢なんて関係ないのではないかと言いかけたけど、Xはそれすら知らない気がした。
・楽シン
軟禁中は退屈が多いけど楽がたまに訓練を付けたり遊んでくれたりする。この前は真冬が何度もボールを蹴ってもゴールキーパーの楽が一切手加減なしでボールを取るから泣いていたのを見た。
「俺、シンくんと同じ身長なんだ」
そう自慢げに話していた真冬は兄だけではなくシンくんも恋しいのが何となく伝わって早くマフシン合流してイチャイチャして欲しいと妄想していた。
「そういえば楽もシンくんに会ったことはあるんだよね」
「あ?」
ふと何となく聞いてみるとゲーム中の楽がシンくんという聞き慣れない単語を聞いて首を傾げる。「誰?」と言うから私は呆れたように溜め息を溢した。
「俺、弱い奴興味ねぇし」
「ウワ・・・ん?でも楽シンもアリ・・・?」
「?」
新たなカップリングを思いついた私は楽の前で考える素振りをする。楽はかなり強い、そこらへんの殺し屋とか比にならないくらい強いし私と真冬が一切に攻撃してもゲーム片手間でボコボコにされてしまう。
きっとシンくんでも敵わないだろう。エスパーで相手の心の声が読めても楽という化け物級の強さにひれ伏す楽シン・・・かなり美味しいぞ。
『ぐっ・・・!』
『お前弱すぎ』
『勝てない・・・、このままじゃ俺・・・!』
力で圧倒されるシンくんの前に容赦なく攻撃する楽、そしてXの命令の下に誘拐してそのまま・・・、と妄想してから私は慌てて考えを振り切る。
「ダメダメ!私はまだこの先を妄想できない!」
「・・・?何お前、怖」
「やっぱXシンと楽シンはR18作品が多いのかな・・・!後でちゃんと検索して妄想しなきゃ!」
思わず独り言を盛大に呟くと楽はゲーム画面から目を離して私をヤバいものを見る目で見ていた。確かに楽は性格はアレだけど顔はXと負けず劣らずイケメンだから楽シンという新しい扉も開きかけている。
──ハッ!もしかしてXと楽に攻められる三角関係も美味しいんじゃないの!?──
だけどこういった三角関係は大抵R18という未成年の大きな壁があるから悔しい。どこかに健全なX一派に攻められるシンくん受けは落ちてないだろうかと悩みながら私は妄想を広げる為に楽からさっさと離れた。
「・・・熊埜御のと同じでやっぱ女ってわかんねーな」
ポツリと呟く楽は誰かのことを思い出して苦い顔をしながらゲームを再開するのを横目に私はスマホで『楽シン』と新しく見つけたカップリングを検索する。
・ナグシン
鼻歌を口遊みながらスマホのマップを確認して歩いていると隣の晶ちゃんがクスッと笑う。
「坂本商店、楽しみですね」
「うん!推しの店だよ?絶対記念写真撮るんだ〜」
カバンに付けていたお手製のサカモト人形を見せながら満面の笑みを浮かべると晶ちゃんはまるで自分のことのように嬉しそうな顔をした。
そう。私と晶ちゃんは今、憩来坂に来ていて推しの坂本が営んでいる坂本商店に遊びに行く最中だ。
──なんと言っても生の坂シンが見れる!!二人が並ぶだけで妄想捗るんだよね〜!──
坂本商店にはバイトでシンくんも働いているからメッセージで律儀に住所と分かりやすい地図まで送ってくれた。
JCCはもう通わないと言っていたけど、私たちのことは友達だと言ってくれたシンくんはやはり皆んなから愛される存在だ。
何よりここ数ヶ月でアニメ化もあり様々なシンくん受けのカップリングも増えて腐女子としては毎日検索しては嬉しい悲鳴を上げている。
「あ、看板が見えました!」
「わぁ!本物の坂本商店だ!」
なんてことのない商店だけど私にとっては聖地巡礼のようなものだ。スマホで看板を撮影していると店からふくよかな体型の坂本が顔を出す。
やはり現役時代の坂本のビジュアルが最強だった、と思わされるも真のオタクは坂本の中身が重要なのだと言い聞かせた。
「やぁ、君たちよく来たね!」
「「・・・え?」」
寡黙で表情を大きく見せない坂本がパッと笑顔を浮かべるから私と晶ちゃんは思わず呆然とする。
「いやぁ、しがない商店だから若い女の子のお客さんが来てくれるのは嬉しいなぁ」
──え・・・!?もしかして坂本キャラ変した!?声優変わった!?──
ペラペラと陽気に喋る坂本は、かつて見た印象はなく驚いていると慌てた様子でシンくんが店から出て来た。
「あ、シンく──」
「南雲テメェ!!また坂本さんに変装しやがって!」
一目散に坂本さんに駆け寄ったと思えば愛する師匠を容赦なく肩パンするシンくんに私は絶句する。
──え・・・!?何が起きてるの!?──
私が愛する坂シンはこんなコメディではない。動揺のあまり足元がフラつくと晶ちゃんが急いで私を支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「坂シンはシンくんが圧倒的に坂本を尊敬する愛らしい姿が見れるのが醍醐味なのに・・・坂本を肩パンするシンくんの坂シンなんて見たくない・・・」
「な、何を言ってるか分かんないです〜!シンさーん!」
動揺のあまり独り言を呟いて晶ちゃんを困らせてしまった。
──ん?待てよ?さっきナグモって言った?変装ってなに・・・?──
肩パンの衝撃光景に全ての記憶をなくしかけたけどシンくんは確かに『ナグモ』と言った。ムスッとした顔で坂本を睨むシンくんに坂本はヘラヘラと笑う、これも坂本らしくない解釈違いだ。
「やだなぁ〜。ちょっと揶揄っただけじゃん」
目にも止まらぬ速さで坂本の姿からイケメン黒髪長身の男の姿に変わって私と晶ちゃんは更に驚愕する。
戸惑う私たちを前にシンくんが「ごめんな」とナグモと呼ばれた男の代わりに謝ってきた。
「コイツ、坂本さんの同級生」
「え!?!?坂本とタメ!?友達!?」
「シンくーん。そこは向かいのスーパーで働いている18歳って設定言わないと」
「それも嘘だろ」
一体私は何を見せられているのだろうか。
つい最近までX一派の危ないシンくん受けの妄想に浸っていたのに目の前に新たなイケメンがいる。
そしてシンくんは坂本の友人にも関わらずタメ口で口調も荒っぽい、これはかなり親密な関係なのか?と疑ってしまうくらいだ。
「ったく・・・!急に店出た瞬間に坂本さんに変装したと思えば・・・」
「得意のエスパーも僕の前じゃ心の声読めないから防げなかったね!よわよわじゃん」
「ああ?テメェ今日こそボコす」
──え〜!?何それ!?──
心の声が聞こえるエスパーの力を持つシンくんはどんな相手の心の声も聞けるほど凄いのに、南雲という男の心の声が聞こえない。
これはつまりシンくんにとってかなり引っかかる存在なのでは?と私は察してしまった。現にシンくんは南雲さんに軽く煽られただけで挑発に乗って怒るから二人の関係性を妄想せざる得ない。
『僕の本音、聞きたいの?』
『ああ。だっていつまでも聞けないのムカつくじゃん』
『あはは、じゃあ直接教えてあげるよ』
エスパーで心の声を聞こうと必死のシンくんを揶揄う南雲さんがそのうちシンくんが可愛く思えて好きになる。そしてシンくんも心の声が聞こえないから南雲さんのことが気になって仕方なくて二人は拗れながらも恋をする・・・これはとんでもないカップリングだ。
──こ、これが多くの腐女子たちを沼らせているナグシンってやつ!?すごい・・・!──
挑発されて怒っているシンくんを南雲さんがクスクス笑う姿は飄々としていて、ニコニコしているけど底が知れない闇も感じる。
──爽やかイケメンに見せかけてメンヘラパターンもありかも!?──
話を聞く限り謎も多そうな南雲さんは優しいスパダリイケメンでシンくんをとびきり甘やかすナグシンも美味しいし、何より真逆のドロドロの愛をシンくんに教え込むメンヘラ南雲さんのナグシンもかなりいいののでは?と閃いてしまった。
「?おーい、虎丸。なんか難しいこと考えてねーでお前も店入れよ」
「あっ、うん!」
気付いたら私以外の人たちが店の中に入っているから急いで店の中に入ると南雲さんは呑気にレジカウンターでポッキーを食べている。
「おいコラ!!カウンターに座るなっ!坂本さんに言うぞ!!」
「え〜。じゃあこの賄賂をあげるから内緒にして♡」
「んぐっ」
再び怒るシンくんに対して南雲さんは賄賂だと言ってポッキーをシンくんの口に押し込んだ。え、イチャイチャを見せつけられてるの?と思わず声が出てしまいほうになるのをグッと我慢した。
──ポッキーを口に捩じ込まれたシンくんエロi・・・ハッ!ダメだよ、尚!この先は私にはまだ早い扉!──
常にシンくんのカップリングについて邪な気持ちはあるけど性的描写は未成年の私にはまだ想像してはいけない。
「・・・っ、仕方ねーな。今日は晶と虎丸もいるしこれで勘弁してやる」
──え〜!?!?急にデレた!?何その可愛い顔!──
甘いものが好きだと前から聞いていたけど、シンくんは口に捩じ込まれたポッキーを食べながら渋々といった様子でそっぽを向く素振りが可愛すぎる。
「なんか二人って仲良しさんですね」
隣にいた晶ちゃんが小さな声で私に耳打ちしてきて、え?同士?と思ったけど晶ちゃんはシンくんを邪な目で見てない、純粋すぎる天使だからありえないだろう。
──ナグシン・・・かなりアリ!──
後で検索してみようと誓いながら目の前の二人の口喧嘩を眺めながら私の頬は緩みっぱなしだ。