幸福な時間はいずれ終わる。そんな通説、俺たちには関わりのない事だと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。
その日の俺は浮かれていた。帰省から戻ってきた翌朝、今年も帰省はせず東京に残っていたシュンから「初詣に行こう」と連絡が入っていた。
去年も行こうと話していたのだが、タイミング悪く俺がインフルエンザになって実家から戻ってくるのが遅れたせいでタイミングがつかめず、有耶無耶になってしまったのだ。
今年は一緒に初詣に行ける!もう出店などはでていないだろうけれど、それでも嬉しい。クリスマスにシュンからもらったマフラーを巻く。後ろに端っこが出るようにして……かわいいかも。ちょっと気取ってコートの襟にブローチつけてみちゃったりして、へへ。浮かれてんのばればれ。
待ち合わせ場所である神社の鳥居前に到着すると、既に彼は来ており、俺の姿をみとめると小さく片手を上げた。
「もう5日なのに結構混んでんね」
「今年は連休だったからな」
ごった返す、と言うほどでは無いがそれなりに参拝客がいる。
「えー!まだ出店あるよ!どうしよう」
嬉しそうにはねる俺を見てシュンは苦笑する。
「先にお参りだろ」
「わ、わかってるよー!」
参拝の列もついていたが、すいすいと進むためそれほど待たずに順番が来る。俺はシュンとタイミングを合わせながら柏手を打つ。
えーと、今年も実家の動物たち含めみんな健康に仲良く過ごせますように。単位落としませんように。あ〜今年教育実習だ、緊張するなぁ。ちゃんと問題なくできますように。それからそれから、シュンと仲良く楽しく過ごせますように、いろんな場所に一緒に行けますように。
欲張りすぎかな、と目を開けると、シュンが横で笑いをこらえきれないというように震えている。
「一生懸命すぎ……っ」
「え〜!だって大事ですよ、1年の初めなんだからね」
そうだけども、と2人で最後に一礼してからおみくじを引きに移動する。
「わっ、大吉だ」
「なんで人の先に見てんの、自分の早く開けろよ」
だってこういうの開けにくいんだよ、と紙をうまく剥がせずに四苦八苦してると、ほら貸して、とシュンが開けてくれる。
「あっすごい」
みてみて、とシュンにおみくじを見せびらかす。
「俺も大吉〜!すごい確率じゃない?おそろいだね〜」
「ほんとだ、すっご」
「これはいい一年になっちゃうな〜ふふ」
上機嫌にスキップする俺に、シュンが転ばないでよ、と声をかける。次の瞬間、
「わっ?!」
転けた。それはもう綺麗に転けた。
「大丈夫かよ」
シュンが慌てて駆け寄ってきて抱き起こしてくれる。
「のわ〜、ごめんありがとう。まさかこんなとこで転ぶなんてさ」
「砂利道でスキップなんかするからだろ……本当、心配になるなぁ」
大丈夫だよ、と俺は笑ってみせる。
「だってシュンがこうやって助けてくれるもんね」
すると、思っていた反応と違い、彼は表情を曇らせた。
「ずっと一緒ってわけにはいかないだろ」
「そりゃまあ四六時中ってわけじゃないけど……」
「そうじゃなくて……。涼架には言ってなかったけど、俺留学するんだ」
頭をがん、となにか重いもので殴られたような衝撃が襲った。なんだって?留学?
「え、なにそれ、聞いてない」
「だから今日話そうと思って」
「待ってよ、いつから?!どんくらいいないの?」
「来年度……だから4月から向こう……ドイツの大学に通うから3月の半ばには日本を離れる。期間は1年だけど、そのまま向こうの研究室に配属になる可能性も……」
そういえばシュンは理学部なら取らなくてもいい第二外国語をドイツ語選択でわざわざ履修していた。勉強熱心な彼なので特に疑問にも思わなかったけれど、もしかして。
「いつから決めてたの……」
「うちの大学がそのドイツの大学と提携してるのは入学前から知ってた……もともと行きたいと思ってたし、前期の成績が良かったから推薦ももらえることになって。向こうの大学の審査が通って連絡が来たのが先月だ」
頭が真っ白になった。話を聞きながら、じゃあサークルライブの時や俺があのことを伝えた時にはもう、ドイツに行くって分かってたんだ。
「なんでひとことも相談してくれなかったんだよ……」
思わず彼を責めるような口調になってしまう。
「だから行くのが決まったのが先月なんだって。年末はサークルライブで忙しかったし、それ以外ではほとんど会えなかった。会えてもばたばたしててゆっくり話す機会もなかったろ」
「違うよ、決まったことじゃなくてもっと……ドイツに行きたいこととか、推薦もらったこととか……」
「行くか決まってないうちから話しても仕方ないだろ」
「仕方なくないよ!」
思わず俺は叫ぶ。周りの参拝客が何事かとこちらをみるが、そんなことを気にしている余裕は無い。
「だって俺たち恋人なのに!ドイツに1年間行ったらその間離れ離れになるんだよ?だったら事前に相談してくれるのが普通ってもんじゃないの?!」
シュンが眉根を寄せて、右手をジーンズのポケットにつっこむ。これは彼が機嫌の悪い時によくする癖だった。
「意味分かんないよ、別に涼架にドイツついてこいなんて言ってないだろ。俺の人生で、俺が決めるべきことで、たとえ事前に涼架に話をしたとしても俺の決断には何の変わりもないのに」
俺はもどかしさに呻いた。話が通じない。彼と俺とではまったく価値観が違うのだ。
「なぁ落ち着けって涼架、別に遠距離ったって夏には……」
「うるさいっ!」
あやすように背中に手を回そうとするシュンの腕を思い切り払い除ける。
「なんだよ大事なことはいつも話してくれないで……シュンは俺と離れ離れになっても平気なんだろ!なにが恋人だよ、こんなものッ」
俺は乱暴に耳元のピアスを外し、それを地面に投げつけた。
「涼架!」
シュンが俺の名前を呼ぶのを背後に聞きながら、俺はがむしゃらに走った。なんで分かってくれないんだろう、シュンは本当に俺と離れ離れになることに何も思わないのかな、結局彼の気持ちはその程度のものだったのかな。やるせなさと憤りがごちゃまぜになって、涙となって溢れてくる。肺に取り入れられる空気が冷たくて、痛かった。シュンは追いかけてこなかった。
その日の夜、一度だけ彼から着信があった。まだ怒りがおさまっていなかった俺が電話に出ようか迷っているうちにコール音は切れた。それきり、彼からはなんの連絡もなかった。
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「過去編」も今日の更新含め残り3話となりました……!
今後の展開も楽しんで読んでいただけたら嬉しいです〜