麗は施術を受け、普段より更にぽやぽやになった頭で廊下を歩いていた。
指輪も式場も新居も明彦が決めてくれていたが、事務的な手続きは自分でしなければならなかった。
その上、突然父が結婚式の前々日に倒れたため、入院手続きまであり、結婚式まで怒涛の日々だった。
だから、癒やされに癒やされたのだ。
多分、明彦はこれまでの恋人達にしてきたような扱いを、そのまま麗にまでしてくれているのだろう。
(プライドの高いアキ兄ちゃんは嫌がるやろうけど、この旅行の費用だけでもどうにかせんと……)
「おかえり」
部屋に戻ると、仕事が終わったのか、明彦がコーヒーを淹れている。
麗がそろそろ帰ってくると予想していたのだろう、コーヒーが苦くて飲めない麗のためにお茶まで用意してある。
まさに至れり尽くせりである。
「ただいま、あのね、アキに……明彦さん、この旅行のお金の事やけど……」
麗は明彦のペースに巻き込まれないよう開口一番に大事な話をしようとした。
スパでは、お金は部屋についているからと払わせてもらえず、その上、旦那さまからのプレゼントとして秘密にするように頼まれておりますと、流暢な日本語で言われ、価格も教えてもらえなかったので本人に交渉するしかないのだ。
「いらん。麗から金を受けとるほど貧乏じゃない」
「いや、でもだって……」
「それより、これを」
明彦が手渡してきたものを麗は思わず受け取った。
「何これ?」
「家族カード」
「いや、めっちゃ光ってるやん」
これは、外資系のカード会社が発行するクレジットカードだ。
銀色だからシルバーカードかな? と思ったが違う、小学校一年生でもないのにピカピカしてるからプラチナカードだ。店舗研修で一度だけ取り扱ったことがあるので間違いない。
指導係のおばちゃんにこれを持っている人と結婚できたら将来安泰よ、と言われた覚えがある。だが、落としたら凄まじい損害を明彦に与えそうなこのカードを持つことへの恐怖によって、麗の心は安泰とはほど遠くなった。
「家族カードは断固拒否さして」
「俺と麗は家族でないとでも?」
「そういうことやなくて、落としたらどないすんの。責任とりきれへんわ!」
もし、麗がカードを落としてそれを悪い女が拾ったとしよう。
プラチナカードなんて珍しいとカードの名義から個人情報を特定し、落とし主の夫である明彦に辿り着く。
結果、悪い女が明彦の顔面に一目惚れをして、ストーカーにクラスチェンジしたらどうするのだ。
きっと犯人は、まず邪魔な麗をむごたらしく殺すのだ。
しかし、犯人は捕まらず、自ら事件を調べる明彦は美人でやり手で酒癖が悪い女刑事と出会う。
最初は反発し合うものの協力して事件を追っていくうち、政略結婚とはいえ俺にとってあいつは妹のように大切な存在だった。と殺された麗を思い出して男泣きをする明彦の背中を女刑事が撫でる。
そして二人の間にいつしか愛が芽生え、秘密の夜を過ごす。
しかし、二人の想いが通じ合ったことを知ったストーカーが怒り狂い、女刑事が刺されそうになる。
だが、ストーカーが刺したのは明彦だった。
明彦が愛する女刑事を庇って大怪我を負ったのだ。
そして、女刑事の怒りの銃弾がストーカーに当たってストーカーは死亡。
急いで女刑事は必死で介抱するも、明彦の意識は薄れていった。
一年後、ウェディングドレスを着た女刑事と体が回復した明彦の姿が!
―完―
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