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第七話 『観測点』
七歳の冬は、思っていたよりも早く来た。
リュシアンは王城ではなく、今日は“外”にいた。
正式な外出ではない。
視察という名目の、ただの同行。
王都の中心から少し外れた、職人街。
魔道具や薬草、簡易魔法具を扱う店が並ぶ区域だった。
(ここは……)
(魔力の流れが、雑多だ)
王城の整った循環とは違う。
生活の匂いと、使い古された魔力の残滓が混ざっている。
悪くない。
むしろ、情報量としては多い。
リュシアンは静かに歩いていた。
その時だった。
「……そこ、危ない」
声。
低いわけでも高いわけでもない。
ただ、妙に冷静な声だった。
リュシアンが振り向くより先に、足元に小さな魔力線が走る。
カチ。
罠解除の音。
路地の隙間に仕掛けられていた簡易警戒術式が、解除されていた。
(……?)
誰が?
「遅い」
また声。
今度は上。
リュシアンが見上げると、屋根の上に一人の少年が座っていた。
七歳くらい。
黒に近い紺色の髪。
眠そうな青紫の瞳。
紙束を片手で弄んでいる。
だらしない姿勢なのに、妙に“整っている”。
「……誰?」
リュシアンの問いに、少年は興味なさそうに答えた。
「ノエル」
「ノエル・クラヴィス」
(……知らない)
けれど、その名前を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。
理由は分からない。
ただ、“観測してはいけないもの”に触れた感覚。
「ここ、魔力線が乱れてる」
ノエルは紙を見ながら言う。
「人の流れと魔力の流れが噛み合ってない」
「事故起きる可能性、十二%」
「へぇ……」
侍女が慌てて前に出ようとする。
「失礼ですわ――」
「いい」
リュシアンが止めた。
なぜか、目を離せなかった。
ノエルはようやく屋根から降りる。
着地は軽い。
音がほとんどしない。
「君」
ノエルはリュシアンを見た。
「魔力、変だね」
(またそれか)
リュシアンは小さく息を吸う。
「何が?」
「制御はできてる」
「でも、均衡が崩れてる」
即答だった。
躊躇がない。
感情がないわけではないが、そこに“人間的配慮”がない。
ただの観測。
「普通は気付かない」
「でも君は、ずっと抑えてる」
リュシアンの指先が一瞬だけ動いた。
(……見られてる)
アルフレッドの“優しさ”でもない。
レオンハルトの“保護”でもない。
セシルの“理解”でもない。
これはもっと単純だ。
(解析されている)
「名前」
ノエルが言う。
「リュシアン」
「ふーん」
興味なさそうに返す。
しかし視線だけは外さない。
「君、面白い」
(またそれ)
リュシアンはわずかに眉を動かす。
「どこが」
「全部」
即答。
そして、すぐに付け足す。
「普通じゃないのに、普通を演じてる」
「でも破綻してない」
「矛盾してるのに、成立してる」
(……怖い)
初めての感情だった。
理解されることではない。
“分解される”ことへの恐怖。
その瞬間。
ぽとり。
一粒。
涙が落ちた。
(……しまった)
ノエルはそれを見て、目を細める。
「やっぱり」
「感情、残ってる」
リュシアンは反射的に首を振る。
「違う」
「違うよ」
声が少しだけ揺れる。
ノエルは首を傾けた。
「じゃあ何?」
その問いには答えられなかった。
言語化できない。
説明できない。
ただ。
見られている。
“中身”を。
ノエルは紙束を閉じる。
「まぁいいや」
「結論は変わらないし」
そして、少しだけ興味を失ったように言った。
「また来る」
「……は?」
リュシアンが反応する前に、ノエルは背を向けた。
「観測対象として面白いから」
それだけ。
それだけを残して、路地に消えていった。
◇◇◇
帰り道。
侍女が不安そうに言う。
「先ほどの少年は……」
「知らない」
リュシアンは即答した。
だが胸の奥に、ひとつだけ残っている。
(ノエル・クラヴィス)
(あれは……何だ)
怖い。
でも。
同時に。
もっとも“正確に見てきた存在”でもあった。
◇◇◇
その頃。
路地裏の影。
ノエルは紙束に何かを書き込みながら呟く。
「魔力制御は完成形に近い」
「でも感情だけがノイズ」
「……面白い」
そして、ほんの少しだけ笑った。
「壊れる前に、もっと知りたい」
その言葉は、誰にも届かない。
まだ誰も知らない。
この出会いが、“観察”から“執着”へ変わる最初の観測点だったことを。
第七話 『観測点』 終
tsu
272
ばたっちゅ
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コメント
3件
もう、めっちゃ良かった…🥀💔 リュシアンがノエルに「分解される」って感じるシーン、すごく刺さった。理解されるのとは違う、あの“見透かされてる”感覚、怖いのに美しい。ノエルの「感情、残ってる」って言葉も、一見冷たいけど、実は一番深く見てるんだなって思った。ラストの「壊れる前に、もっと知りたい」も、もう執着の入り口で…続きが気になりすぎる。tsuさんの“観測”の描き方、好きです。