同日 14:00
京都市上京区・丸屋町会員制SMクラブ『スウィートデビル』
パープル・レッド・モスグリーンの照明が、円形の舞台を照らし出している。
客席の会員たちは皆仮面を被り、想い想いに欲望のひと時を、酒と異性とドラッグと共に過ごしていた。
時間や地位に囚われない異質な空間の壁には、アルコールとニコチン、体臭と汗のシミがマダラ模様に浮かび上がっている。
客の女性達の多くは半裸に近い格好で、男性陣の殆どは年配者で占められていた。
そんな世界の入り口近くで、韓洋のボディーガードの布施は成り行きを見守っていた。
ここに集う客は、政財界の大物や芸能人も多い。
現に今、舞台上で仮面を被り、吊るされながら恍惚の表情を浮かべているのは前法務大臣の平山夏生だった。
猿轡をされた口元からは、犬の様に唾液が滴り落ちていた。
一男一女の母親で、旦那は敏腕弁護士。
夏生自身も、華々しいキャリアの持ち主である事は布施も知っていた。
それが全裸でよだれを垂れ流し、肉付きの良い身体をくねらせながら欲情に溺れている。
しなる鞭の音と夏生の叫び声に、客の男達は興奮し、その股間を弄る女もあちらこちらに見えた。
布施は思っていた。
「こいつらと俺は同じか…?」
そこまで落ちぶれてはいないと自分に言い聞かせながら、中2階のガラス越しのVIPルームに目を向けると韓洋の横顔が見えた。
和かに先客と談笑をしている。
この店の実質的なオーナーは韓洋その人であり、月に一度はこうしてパーティーを開いていた。
日本でも名だたる資産家の正体は、サイコパスでありサディストでもあり、ネクロフィリアでもあった。
長年支えてきた布施は、そんな場面を幾度も目撃しては後始末を任された張本人だった。
舞台から夏生の悲鳴があがる。
その身体はガクガクと痙攣し、失禁しながらその場へ崩れ落ちた。
客からは歓声が上がった。
布施は思わず呟いた。
「バッカじゃねえの」
VIPルームから夏生の絶頂を眺めながら、韓洋は手を叩いて喜んだ。
テーブル上の、キューブチーズを頬張りながらワインを水の様に飲み干す。
欲情のままでいられる喜びに、韓洋は頬を赤らめながら饒舌になっていた。
「倉敷さん、見てくれほら!ここじゃあ皆が平等ですよ。学歴も産まれも関係ない、欲情のままに生きられる。国とかそんなもんもいらん!見てくれホラ、平山夏生、あの子女、ションベンたれながらイキおった」
韓洋の言葉に、倉敷は笑いながらワインを口にした。
「…にしてもあんたは賢い男だ!日本人は堅物ばかりだと思っていたが…倉敷さん、あんたは違う!先をちゃんと見据えている!大したもんだ!」
「いえ、これからは中国の時代ですからね。多くの日本人もそれには気が付いている。ただ認めたくないだけなんですよ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「さて、今日はお堅い話は抜きって事で…韓会長にプレゼントが御座います」
倉敷がボーイに目線を送ると、ひとりの陰間がVIPルームへと連れて来られた。
美しく結わえられた髪。
薄紅が白化粧に映える。
真っ黒な瞳とミルク色のうなじ。
耳たぶに揺れる、シルバーの三日月型のイヤリング。
陰間は、胸元からそっとネックレスを取り出して、先端に光る虹色の鈴球を鳴らした。
チリン。
陰間は言った。
「お好きな様に」
韓洋の意識は、知らぬ間に支配されていた。