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第三章 氷晶と炎音
第八話 やがて満ちる夜
市場を歩き回ったその日の夜。
スカーレット・キャラバンの面々は、王都の酒場に集まっていた。
暖炉の火。
酒の香り。
賑やかな笑い声。
滞在の終わりが近いこともあり、皆どこか浮かれている。
「いやぁ、フィルディアの飯もなかなかやったな!」
「お前、食ってばっかだっただろ」
「仕事もちゃんとしたわ!」
仲間達の笑い声に、シュンタも肩を揺らした。
昼間の出来事を思い出す。
雪の市場。
凍った湖。
ぶっきらぼうな王子。
案内する気があるのかないのか分からないくせに、聞けばちゃんと答えてくれる。
思い出すだけで少し笑えてしまう。
「何ニヤニヤしてんだよ」
隣の男に突っ込まれ、
「別に」
と誤魔化したその時だった。
酒場の扉が開く。
冷たい風が吹き込む。
「お!いたいた」
聞き覚えのある声。
振り向くとアロハだった。
そしてその後ろには。
白銀の髪。
銀の瞳。
ジュウタロウ。
シュンタは思わず目を丸くした。
「なんやまた来たん?」
アロハが吹き出す。
「こっちの台詞だ」
「俺は来たくなかった」
ジュウタロウが淡々と言う。
「なんや、いけずやなぁ」
即座に返すシュンタ。
「昼間あんだけ案内してくれたやん」
「断れなかっただけだ」
「優しいやん」
「違う」
「優しい」
「違う」
アロハが腹を抱えて笑い出した。
「お前ら仲良くなったな」
「「なってない」」
二人の声が綺麗に重なる。
酒場の空気が少し和んだ。
やがて席が用意され、三人で酒を囲む。
アロハが勝手に話し。
シュンタが好き勝手に返し。
ジュウタロウは相変わらず無口だった。
けれど以前よりは表情が柔らかい。
少なくともシュンタにはそう見えた。
ふと、窓の外へ視線を向ける。
やがて満ちる月。
白い雪原を照らす大きな月。
静かで、 美しい。
思わず呟く。
「もうすぐ満月か」
その瞬間だった。
ジュウタロウの指先が止まる。
空気が変わった。
シュンタは隣を見る。
銀の瞳が窓の外を見ている。
けれどその視線は月を見ていなかった。
もっと遠く。
もっと昔を見ているようだった。
「綺麗やな」
シュンタが言う。
しばらく沈黙。
そして
「……そうか」
静かな声。
「俺はあまり好きじゃない」
意外な返答だった。
「なんで?」
問いかける。
ジュウタロウは答えない。
暖炉の火だけが揺れる。
アロハも何も言わない。
やがて
「……思い出すだけだ」
ぽつりと。
それだけ零れた。
「何を?」
ジュウタロウは少しだけ目を伏せる。
長い睫毛が影を落とす。
「失ったものを」
それ以上は語らなかった。
酒場の喧騒が遠く感じる。
シュンタは数秒黙り込み、
それから静かに頷いた。
「そっか」
それだけだった。
聞き出そうとはしない。
慰めもしない。
ただ受け止める。
ジュウタロウも何も言わない。
けれど、なぜかその短い言葉は心地よかった。
不思議な男だ。
ふとそんなことを思う。
ーーー
酒場を出る頃には、夜も更けていた。
外は静かだった。
雪が月光を反射している。
アロハは途中で別の通りへ消えていった。
しばらく二人で歩く。
靴が雪を踏む音だけが響く。
「なぁ」
シュンタが口を開く。
「なんだ」
「兄さん」
「ジュウタロウだ」
「そうやった」
少しだけ笑う。
そして続ける。
「俺な」
風が吹く。
赤い髪が揺れた。
「人にはそれぞれ抱えとるもんがあると思うねん」
ジュウタロウは黙って聞いている。
「せやけど」
シュンタは月を見上げる。
「一人で抱え続けるには重すぎるもんもあるやろ」
静かな声だった。
冗談もない。
軽さもない。
珍しく真面目な声音。
ジュウタロウは答えなかった。
けれど
その言葉だけは胸に残った。
やがて城門が見えてくる。
「ほな、またな」
シュンタが手を振る。
ジュウタロウは少しだけ立ち止まり、そして小さく頷いた。
「……ああ」
それだけ言って城へ戻っていく。
白銀の背中を見送りながら、シュンタは夜空を見上げた。
大きな月。
冷たい光。
あの人は何を失ったんやろな。
そう考える。
そして同時に、自分自身のことも思い出していた。
旅を続ける中で出会った人達。
別れてきた人達。
二度と会えない人達。
焚き火の傍で笑った顔。
涙を流して見送った背中。
人は出会い、そして別れる。
それでもまた新しい出会いがある。
だから自分は旅を続けている。
冷たい夜風が頬を撫でた。
「……ほんま、不思議な人やな」
小さく呟く。
そしてそのまま宿へ戻った。
この夜のことを、シュンタは後になって何度も思い出す。
ジュウタロウの心の奥に隠された膿を、初めて少しだけ見た気がした。
コメント
1件
お読みしました……第27話、すごく沁みました。 酒場の温かい雰囲気と、満月の話で一気に空気が変わるところ、胸がぎゅっとなりました。「失ったものを」って一言に、ジュウタロウの全部が詰まってる気がして。 それに対して「そっか」とだけ受け止めるシュンタの距離感、すごく優しくて好きです。無理に慰めない、でもちゃんと側にいる感じが。 二人の関係が少しずつ深まってるのが伝わってきて、この先がもっと気になります🌙🤍 comiさんの物語、ちゃんと受け取らせていただきました。