ミューゼの家の裏にある巨大施設『エルトフェリア』。急激な人気上昇で、経済と他店舗に多大な影響を与えてしまうと判断された2店舗を収容した、ネフテリア経営の合同施設である。
「いらっしゃいませー」
「ギガ盛りランチセットください」
「よく食うな……」
「多い方が遠慮なく長くいられるからな」
「なるほど、貢ぎたいんだな」
王女による保護もあって、商売上の観点で他店からの探りは入るが、強引な手段による問題は一切起こっていない。呆れられる程の自由人とはいえ、王族相手に敵対行動を取る国民はいないという事だろうか。多数いる他国の密偵も、そんな危険な行動に出たりはしない。
「今日の服も可愛いねぇ」
「後でフラウリージェ覗いてみようよ」
「いーけど、値札も素敵よ?」
「ぐぬぅ……」
こんな大きな施設があって、他の店はどうなのかというと、特に問題にはなっていない。
待ち時間が長くなれば、人は自然と他の飲食店に流れて行くものである。それでも行列が出来るのは、料理が美味しいからか、店員が可愛いからか、服が可愛いからか、それとも王女効果なのか。
「今日は、あのちっちゃい子いないのかしら?」
「あの銀髪の可愛い子? たまーにしか会えないわねー」
「だからほぼ毎日見に来てるんだけど」
「なにそれちょっと怖い」
しかし、保護というのはただの大義名分。その裏には、ネフテリアがミューゼと同じ敷地に住みたいという、立派な私利私欲が関係していたりする。
そんな王女は、時々ミューゼの家に行っては叩き出されている事もあるが、ミューゼとアリエッタを護る為の権力は、誰よりも強い。
今も店の奥の一室で、アリエッタが絵を描いている姿を、部屋の隅でお茶を飲みながら見守っている。
(もうすぐ完成しそうね。きっとみんな驚くだろうなぁ)
まだお金を自力で使えないアリエッタに現金は渡せないが、何かご褒美は考えておくべきかと思っていた。
(今回はミューゼに相談出来ないし、何が良いかなー)
実作業は手伝い程度しか出来ないネフテリアは、見回りやトラブルでも無い限りは基本的に暇である。
せっせと作業を進める少女を見つめつつ、直属の部下になった2人の店の事を思い浮かべていた。
エルトフェリアにある店舗は2つ。
1つは、店長のノエラによる高級服飾店『フラウリージェ』。少し前までは、こぢんまりとした店だったのだが、アリエッタのデザインと王妃フレアの戯れによって、いきなり最高級の店へと昇格してしまったという経歴を持つ。
今では様々なリージョンに住む人々の、特に女性達の憧れのブランドとして、ファッションの最先端を司る店となっている。だが、ノエラはその現実を受け入れられず、内心ビクビクしながら、店員達と一緒に、せっせと服を作っていた。
「あ、店長。これ王妃様のオーダーですね」
「またですの!?」
「ほら、結婚式近いから、アリエッタちゃん達の分とか」
「早速作りますわよ。アリエッタちゃん達のドレス!」
「そういえば、誰が結婚するんですかね?」
「リリさんが頑張ってるって聞いたけど」
「へーって事は……」
「そんな事どうでも良いですわ。アリエッタちゃんの服さえ作れれば」
「予算の都合で、新郎新婦の服はウチじゃ作れなくなったけどね」
人気店舗のブランド力と言うべきか、フラウリージェで作った服は、安くしないように王妃フレアと大手服飾店『クラウンスター』店長から言われている。そうしないと他の服飾店の存在意義が危ぶまれる。それほどまでに、一般の服は模様などが無く地味で、アリエッタデザインの服は可愛らしく目立つのだ。
「あ、そろそろ手伝い交代だわ」
「どれ着てく?」
「アタシの新作は無いし、久しぶりに最初のにしようかな」
「おっ、良いねー」
フラウリージェからは、エルトフェリアのもう1つの店舗へ、常に数人が手伝いに出ている。
そのもう1つの店舗、店長クリムの食堂『ヴィーアンドクリーム』。店員は本来、店長であるクリムただ1人。
ただ、店舗拡張移転に伴い、流石に1人だけでは切り盛りが難しくなり、フラウリージェ店員が交代でホールスタッフとして手伝っているのだ。運動と宣伝を兼ねているらしい。手伝い料は毎日の食事の提供。
自らをモデルにした服の宣伝の効果は抜群で、普段はフラウリージェに入店する機会の無い男性を中心とした人々も、最高級の服を着た姿を見る事が出来、その服がフラウリージェ製だと誰もが認知する。
そうして有名になった服を着て外を歩けば、たちまち注目の的となれる。オシャレしてチヤホヤされたい女の子達にとって、フラウリージェの服を持っている事はステータスなのである。
もちろん服を着ている人自体の人気も上がる。目当ての子のオシャレな姿を見る為に来店する男性もかなり多い。
「ギガ盛りランチセットとステーキセット、出来たしー」
「はい。えーと6番テーブルにお願いします」
「はーい」
手伝いが入ったという事で、クリムは料理に集中。しかし常にホールを見ているわけでは無い。フラウリージェ店員に指示を出しているのは、ネフテリアが連れてきた人員である。
客の1人がその人を見て、目を白黒させている。
「え? え? メイド長? なんでこんな所に?」
「副業よ副業。ネフテリア様にホールの監督として攫わ…誘われたの」
「最近見ないと思ったら何やってるんですか!」
指示を出すには状況把握に長けた人材が必要である。さらに会計も出来るとあって、ネフテリアの城から抜擢されたのだ。
「大丈夫よ。休みが欲しい時は宰相に変わってもらってるから」
「お城大丈夫なんですかね!?」
「宰相なんて、どこの城にも大抵1人はいるから大丈夫って、ネフテリア様が言ってらしたわ」
「標準の家と一緒にしないでくださいよ」
「まぁまぁ、ご注文は?」
「……チキンカツプレートで」
「はーい、ありがとうございまーす♪」
(フラウリージェの服着てるせいか、すっごい機嫌がいいなぁ)
ホールスタッフが注文を受け、クリムが料理を作り、ホールスタッフが配膳する。お陰でクリムは料理に集中出来る。
ラスィーテ人であるクリムは、食材や調理器具を自由に操り、物凄い早さで料理にしていく。最近では技術が上がったのか、同時に行える工程の数が増えたという。皮むき、下ごしらえ、煮込み、揚げを同時進行している。
ちなみに店を持っていないパフィがやると、この半分しか同時進行出来ない。経験の差は大きいようだ。
注文してから待ち時間が少ないのも人気の理由だが、一部の客はもっとゆっくり店員達を眺めていたいらしく、ちょっと不満そうにする。何度かそういう苦情も出ていたが、「そういうお店ではないので」と一蹴されていた。
やがてヴィーアンドクリームにいた手伝いが減り、フラウリージェの方に不穏な空気が流れた。ノエラ達が全員、戦地に向かうような顔つきになっている。
「時間ね」
「ええ」
「行きましょう」
エルトフェリアの外庭。建物に面して、長く少し高い台が設置されている。その周囲にはみっちりと詰まった人だかり。時々「押すなよ」の怒号が聞こえるが、すぐに収まる。こんな場所でトラブルを起こせば、しばらく近寄る事も出来ない事を、全員知っている。
人々の視線は、あるドアに集中していた。そのドアが、開いた。
うおおおおおおお!!
フラウリージェ店員達が次々と出てくる。自分達が作った服を着こなして。
ノエラを先頭に、スロープを登って行き、長い道となっている台を歩いて行く。服を見せびらかしながら、笑顔で。喋らなくてもいい、ただ手を振るだけで、その方向から大歓声が沸き上がる。
今日この時間に、イベントを開催すると少し前から告知していたのだ。内容はある程度周知済み。ショーの開始前に、店員達が出てくる場所も、王城から連れてきた声の大きな兵士長によって説明されていた。そして台の上を歩いて服を見せてくれる事も。
こうしてファナリアで最初となるファッションショーが開催されたのだった。
勿論服に対する歓声だけではない。これまでヴィーアンドクリームで行ってきた手伝いのお陰で、全員にファンがついている。店員の晴れ姿を見る為に押し寄せた者が大量にいるのだ。
「ノエラ様ー!」
「キャー! アーシェちゃん可愛いー!」
「エルエルちゃーん! こっち向いてー! イヤアアア目が合ったああああはうっ……」
完全にアイドルである。店員達は恥ずかしがっていたが、名前を呼ばれて歓声を浴びるうちに、少しずつ快感になっていた。
(き、キモチイイ!)
台の上でクルッと回れば大騒ぎ。ポーズを取れば大騒ぎ。歩くだけで視線を集める。観客の行動は自分達の思いのまま。店員達のテンションは徐々に上がっていった。
進んでいくと、やがて台を降りる事になる。そこにはエルトフェリアの別の入口。中に入れば出番は終わりである。
人々の目の届かない所に戻ったノエラは、どっと汗をかいていた。
「き、緊張したけど……凄かったですわ……」
「癖になりそうです!」
緊張と視線から解き放たれ、疲れが一気に押し寄せた。その表情には満足感しか現れていない。
「いやまさか、ここまで凄い事になるなんてねぇ」
「あ、ネフテリア様。最後お願いしますね」
「任せてっ」
外では最後の店員が歩いている。その次が最後のお披露目。
現れたのは、ピアーニャとアリエッタ、そしてネフテリア。仲良く手を繋いでの登場である。
ネフテリアはプリンセスドレス。ピアーニャは相変わらずのサメ服。そしてアリエッタはミニスカートの魔法少女服を着ている。いや、着せられている。
『なにあれ可愛い……』
一気に静まり返った。しかしすぐに大歓声に切り替わった。少女達と王女に驚いて、一瞬声を失ったらしい。
最後の店員が手を振って退場し、ネフテリア達は台の上に残った。
「はーい皆さん。今日は来てくれてありがとうー!」
『おおおおお!!』
「王女様ー!」
「素敵ー!」
「はいはい、静粛にー。今回初めてこのような催し物をやってみたけど、満足できたかしら?」
『おおおおお!!』
人の前で話す事に慣れているネフテリアは、当然のように進行していく。ピアーニャは呆れ顔。アリエッタは茫然としていた。
(え、なにこれ。なんで僕までファッションショーでトリ飾ってんの?)
とにかく目立つ。ひたすら目立つ。これまでアリエッタを隠そうとしていたネフテリアとピアーニャが、何故このような行動に出たのかというと、
(どうせコイツは、そこにいるだけで、メチャクチャめだつんだ。ならテリアがホゴシャだと、せけんにシュウチしたほうがイイからな)
アリエッタはこれまでにもシーカー達と一緒に行動したり、いくつかの大事件にも関わっている。目立たない方が難しい。しかも見た目が良すぎる。
ならば、王女の身内のような感じで知らしめれば、小悪党程度の者ならば近寄ることすら出来なくなるだろう……という計画である。滅多な事が起こった時は、それはもう戦争案件となりうるのだ。
フラウリージェの内部にいるならば、ファンも増える。ファンの大部分は味方となってくれる。例外は変質者くらいである。それもケイン達のお陰で少し慣れている。
中途半端に隠し続けて危険を避けるよりも、表に出して味方を増やす方が、リスクが減ると判断したのだ。もちろん詳細については極秘である。もしおかしな情報が出回って、アリエッタの危険が増せば、ネフテリアとピアーニャは、ミューゼ達に顔向け出来なくなる。
このファッションショーを絵を使って提案したという事実も、当然秘密である。
「ほら、アリエッタちゃん、ありがとって」
「あ、ありがとなの!」
『はぐぅっ!』
挨拶を終え、最後のお礼を言うと、観客の殆どが胸を押さえてうめき声をあげた。
その時だった。いたずらな風さんが吹き、アリエッタのミニスカートを……──
「アリエッタが真っ赤になって、離れないんだけど」(嬉しいけど)
「いやちょっとね……」
ネフテリアとピアーニャは申し訳なくて、ミューゼの顔を見れなかった。
その日エルトフェリアで、思春期の少年達が頭から湯気を出して全滅。一部の大人達が顔から流血し、それ以外の大人達は尋常ではない程の優しい…というか温かい笑顔になって帰ったという、謎めいた事件が起こったと、エインデル城に報告が上がった。
特に危険な要素は全く無いので、「何やってるんだバカ娘ぇ!」という叫び以外は平穏な日となったのだった。
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