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この包み込む極上の寝心地……テオ自慢のテントのベッドで間違いない。
だけど俺達は、ついさっきまでダンジョン部屋のゴブリンと戦っていたはずだ。
想定外の戦力差になす術も無く、ひたすら殴られ、刺され……あの全身をズタズタに裂かれるような無数の痛みが、“夢”だったとは到底思えないのだが――
そうだ。あの少女。
初めて彼女に出会ったのは、この世界に呼ばれる直前に見た夢だった。
そしてさっきも同じような夢を見た。
夢にしては鮮明過ぎる。
闇夜と、月とのコントラストが強烈で……そして何より彼女の寂しげな瞳が、頭の片隅にこびりついて離れてくれない。
彼女は“リィル・ヴェーラ”と名乗っていた。
少なくともゲームでは見たことが無いキャラクターだし、名前にだって聞き覚えはないはずなんだけど……。
状況を整理すべく精一杯考えようとはしてみるが、頭が全く仕事をしてくれない。
とりあえず上半身を起こしてみる。
声がした方向に目をやると、笑顔のテオが、テント反対側のベッドにもたれる形で床に座っていた。
「……おはよう……」
事態がのみ込めないながらも、挨拶を返す。
「もしかしてタクト、あんまりよく覚えてないって感じ?」
「うん……まぁ……」
「ひどいな~。俺、すっごくがんばったのにさっ!」
テオは冗談っぽく笑い、何があったのかを話しはじめた。
小鬼の洞穴10階層にて、ダンジョンボス・ゴブリンリーダーを倒すどころか、ボスが召喚したゴブリン達に囲まれてしまったテオと俺。
ゴブリン達の攻撃を受け、俺達は徐々に離されてしまう。
どうにかしなきゃ……と思うテオだったが、ゴブリン5体からの集中攻撃を防ぐだけで精一杯で、それ以上は何もできず。
そうこうしている内に、数m離れたところで別のゴブリン5体に囲まれた俺の悲鳴が聞こえた。
さすがにこれはヤバいと、イチかバチか『発煙手榴弾――ピンを抜くと5秒後に大量の煙幕を発生させる事が可能なアイテム――』を使い、朦朧としている俺を無理やり引っ張って走らせ、ボス部屋から離脱。
なおボス部屋の入口扉は侵入者が全員部屋の外に出ると自動で閉まる仕組みで、ボス達は部屋の外まで追っては来ない性質を持つ。そのため、この時点で魔物からは無事に逃走できたことになる。
その後は手持ちの回復薬を使い、尽きかけた俺のHPを安全圏まで急いで回復。
早く10階層から離れたかったのだが、さすがに大人1人を抱えて階段50段を上るのは無理だと判断。
半分意識が飛んだ状態の俺の背中を押して歩かせ、何とか9階層まで階段を上りきってから、その近くにテントを設営し、俺をベッドへ放り込んだのだった。
説明を聞いているうちにだんだんと、断片的なうろ覚えではあるものの、脱出時のことを思い出してきた。
「……テオ、すまん」
「おうよっ」
「それにしても、よくあの状況から発煙手榴弾だけで抜け出せたよな」
ゴブリン達は【魔王の援護LV1】でステータス強化されており、10体ともそこそこ強かった。
ゲームでは発煙手榴弾の効果は煙を発生させるのみのはずで、そこまで万能ではなかったはずなんだけど。
「俺は攻撃力には自信ないけど、逃げるのは割と得意なほうなんだぜ!」
「え、そうだったのか?」
「だって昔一緒に旅してた時、いつもは俺の事を怒ってばっかだったウォードも、いざって時の逃げ道作りについてだけは、すっごく褒めてくれたし!」
「ていうかテオ……あんなに優しいウォードさんを怒らせるって、いったい何やらかしたんだよ」
「う~ん…………“色々”?」
「……」
何となく詳細は聞かないほうがいい気がする――話を戻そう。
「ちなみに、具体的には発煙手榴弾をどう使って脱出したんだ? 一応、今後の参考に聞いときたくてさ」
「んっと……」
テオによると、脱出直前にゴブリンの攻撃を防ぎながら全体配置を大まかに把握。
そして魔法鞄から発煙手榴弾を取り出しピンを抜いては最適な煙幕が発生しそうな位置に投げつつ、いきなり大きく剣を振りまわしてゴブリン達を1歩後ろに下がらせる。
同時に、一時的に移動速度を上げるスキル【加速LV1】発動。
そのタイミングで煙幕が発生し、瞬時に辺りが煙だらけに。
混乱して騒ぐゴブリン達の間をすり抜け、確認しておいた“全員の位置”と“音”を頼りに俺の腕を掴んだ。
そして念のため、気配を消すスキル【隠密LV1】を発動しながら、同じく位置を確認しておいた“開きっぱなしの扉”へ俺を連れて駆け込んだ、とのこと。
「……後はさっき説明した通り。部屋の外にさえ出ちゃえば、魔物は追ってこなくなるからさ!」
「な、なるほど……」
薄々感づいてはいたものの、やはりすぐ真似できるやり方ではなかった。
「……そうそう! 逃げる途中で、ちょっとびっくりすることがあってさ~」
「びっくりすること?」
テオは少し難しい顔になりつつ言葉を続ける。
「ほら、結構ギリギリの状況だったろ? タクト1人を連れ出すのが精一杯でさ。ゴブリンにやられた時、タクトは剣も盾も手放して地面に落としちゃってて……拾う余裕なんか無くて、放置しちゃったんだ……ごめん」
「しょうがないって。むしろ、逃げられただけで感謝してるし……って、あれ?」
俺は、“ありえない物”を発見した。
「うん」
「じゃあ……なんで、“ここにある”んだ?」
視線の先、俺の腰に巻かれたベルトには、落としたはずの『手作りの片手剣』が、しっかりと鞘に入った状態で刺さっていた。
「それ! ゴブリン達の中からタクトを引っ張って逃げ出した時に、その剣は置いてきちゃったはずなんだよ。で、俺達がボス部屋から出て、自動で入口の扉が閉まろうとした瞬間にさ……」
テオは一瞬、口をもごもごさせるように言葉を止める。
俺はゴクリと固唾を飲む。
「その剣が……慌てて外に飛び出して来たんだよね」
思わず固まる。
だがテオの顔はいつにないほど大真面目だった。
混乱する頭を整理しつつたずねる。
「……テオ、今の話は本当なんだな?」
「うん」
「この剣が勝手に部屋の外へ出てきたと?」
「そーだよっ」
「まさかゴブリンかなんかが親切に外に出してくれた、ってことはないよな?」
「ないね!」
スパッと否定するテオ。
「だってその剣ったらさー、すんごい勢いで扉から外に出てきたあと、ホッと一息ついてたぜっ!」
「で、一息ついたあとは、不安そうに辺りをキョロキョロ見回して、タクトを発見した瞬間に飛び上がって喜んで、ピョコピョコ小さく跳ねるみたいに腰のベルトのとこまで急いで移動して、自分からその鞘の中に飛び込んでスチャッと綺麗に収まって、ようやく満足げな顔してたぞ~」
「……ほんとに?」
「うん、全部ほんとっ!」
「…………」
ますます意味が分からない。
「……どこからツッコむのが正解なのか、よく分かんないんだけどさ」
「どっからでもいいんだぜ?」
「不安そうにとか満足げとか、何で剣の気持ちが分かったんだ?」
「何となく?」
「それ、テオがそう思っただけじゃね……?」
「ううん。だってそういう表情してたし」
「剣に表情があってたまるかッ」
「その剣にはあるんだって、ほら!」
と『手作りの片手剣』に埋め込まれた『オレンジ色の宝石』を指さすテオ。
俺は剣を鞘から抜き、その宝石をじっくり眺めてみることにした。
手によくなじむ握りには、茶色い革っぽい素材が巻かれている。
やや幅広の薄い刀身は、黄色味を帯びた金属製。
そして刀身と同じ素材の鍔部分に埋め込まれた、オレンジ色の丸い宝石。
それは比較的シンプルな作りの剣に、唯一施された装飾だ。
「う~ん……」
しばらくうなりながら観察してはみたけど、分かることは特になく。
ふと左手の人差し指で、宝石をツンと突っつく。
剣が震え、宝石の中に現れた“つぶらな2つの瞳”がパチクリした。
「「……」」
数秒目が合う俺と剣。
剣の中の宝石は、ぽっと頬を染めるような恥ずかしがる表情をしたあと、再び瞳を閉じ、ただの宝石へと戻った。
思わずつぶやく。
「……なぁタクト」
「ん?」
「表情、あっただろ??」
「お、おう……」
目の前の状況が理解できないものの、俺は納得をせざるを得なかった。
今度は逆にテオからの質問攻めがはじまる。
「ところでさ、その剣はどこで手に入れたんだい?」
「この世界に来た時、神様に貰ったんだ」
「お~、さすがは勇者様! その剣について神様からは何か聞いた?」
「えっと……勇者の為だけに神様がこっそり作った、軽くて絶対に折れない1点物の特別な剣だって」
「すっげー!!!」
「後は、せっかく神様が作った剣だから売るのは禁止って言ってた気がする。鑑定結果にも『譲渡・売却不可能』ってついてたしな」
「そういうことか……」
何かに合点が行ったようにうなずいてから、テオは喋り出す。
「さっきの続きな。剣のことも気になったけど、とにかくここから逃げなきゃ! と思って9階層に来たんだ。で、テントの中にタクトを寝かせて状況が落ち着いたとこで、その剣のことが引っかかっちゃってさ……触ろうとしたらどうなったと思う?」
「……どうなったんだ?」
「……」
「何なら再現しよっか?」
「……ああ、頼む」
まずは俺がベルトに付けた鞘に剣を収める。
テオはゆっくりと剣に手をのばすが……。
宝石部分を動きの起点にするように、剣がテオを避けた。
テオは何度か触ろうとするが、その度に剣はヒョイヒョイと軽やかに避けていく。
口をぽかんと開ける俺に、少し悟ったような顔のテオが言う。
「まぁ神様の作った武器だし、色々あるんだろうねー」
「……そうだな。手元に戻ってきてくれるなんて、考えようによっちゃ便利だよな」
ひとまず俺達は前向きにとらえることにした。
気になることは多々あるけど、剣についてはまた今度考えよう。
「話はだいぶそれたけど……攻略はどうする? 今の俺達じゃ絶対ダンジョンの浄化なんて絶対無理だぞ」
テオは得意気に胸を張ったのだった。