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涼
しげな風が吹いているにもかかわらず、頬が赤く染まっているように見えます。
「別に、何もありませんってば!」
思わず語調を強くしてしまい、しまったという顔をしました。
「じゃあ、どうして顔そむけるの? ねぇ」
「それは……」
「私が気に障ること言っちゃったんでしょ?」
「違います! 本当に違うんです!」
強い口調で否定しながら、プラカは振り返ります。
そこには、少しだけ不安げな瞳をしたマガリがいました。
一瞬言葉を失ってしまうプラカですが、すぐに気を取り直して口を開こうとした瞬間、マガリの手が伸びてきて、彼女の頭を優しく撫で始めてしまいました。
「わっ!? ちょ、ちょっと何するんですか!」
「ふふーん。だって、プラちゃんかわいいんだもん」
「かわいくなんて……」
「それに、無理して敬語で喋らなくてもいいんだよ? 同級生なんだしさ」
「…………ありません。本当に、気にしないでください」
「そっか」
納得していないように小さく息をつくマガリ。
しかしすぐに笑顔を浮かべると、手に持っていた本を閉じて、そのまま床に置きました。
「じゃあさ、今日はこれ読まない? 最近読んだんだけどすっごく面白いんだよ!」
まるで何事もなかったかのように振る舞うマガリに、プラカはどうしたらよいかわからず困惑している様子でしたが、やがて小さな声で答えました。
「わ、私は別に……あなたと仲良くなりたくなんてありませんから!」
「ふぅん」
「そ、それにあんなこと言われても困ります! お父様にも迷惑をかけてしまいますし……」
「やっぱり気になるんじゃん」
「っ!?」
思わず出してしまった言葉を飲み込むように口を手でふさぐプラカを見て、マガリは笑い出していました。
ひとしきり笑った後、大きく息をつくと、
「ねぇ、どうしてそこまで意地張っちゃうのか聞いてもいいかな?」
と、尋ねました。
対するプラカはすぐに答えずしばらく黙っていたのですが、やがてぽつりと話し始めました。
「だって……仕方がないじゃないですか。どうしようもないんですもの」
「何が?」
「私は、貴族の生まれだから……」
それはどこか諦めを含んだ声音。
「他の方々と同じようには生きられないんですよ。だって、私にはこの国を支えるっていう役目があるんだもん。どんな理由があったとしても、サボることなんてできません」
貴族として生まれた者は例外なく国の礎になることを義務づけられています。貴族に生まれた者ならば誰もが知っているはずのことです。そして、プラカ自身もそのことをわかっていました。
しかし、だからといってそれが自分の人生を諦めることにつながるわけではありません。むしろ、諦められないからこそ、こうして必死にもがいてきたのです。
けれど――プラカにとってそれはとても難しいことだったのです。
「……ないこともないんですが」
「やっぱり! 言ってみて!」
目を輝かせながら詰め寄ってきたマガリを見て、思わず笑みを浮かべてしまいそうになったプラカでしたが、それはなんとかこらえることができました。
「じゃあ……一つだけお願いを聞いてもらってもいいかな?」
「なんでも言ってみて!」
勢いこんで言うマガリに対して、プラカは苦笑いを浮かべながらも小さく息を吐きだし、ゆっくりと言葉を紡ぎ出していきます。
「実は最近、あまり眠れていないんです」
「やっぱり! どうして!?」
「理由はいくつかあって……」
そこで一度言葉を切ると、プラカはおもむろに立ち上がってマガリの隣まで移動していきました。
「えっと、どうしたの?」
「いいから」
少しためらう様子を見せた後、マガリも立ち上がります。
すると、すぐにプラカの腕が伸びてきて、優しく抱きしめられました。
「ふわっ……」
突然の行動に驚いた声を上げるマガリでしたが、それも一瞬のこと。
プラカに包まれると、とても気持ちが良くて、なんだかくすぐったくて。
気づけば、すっかり体中の力が抜けていました。
「これは、私の悩みの一つ」
耳元でささやくように言うプラカの声が聞こえます。
「他にもいろいろとあるんだけど、今はこれだけ聞いてほしいの」
「……わかった」
「ありがとう。でね、私は今この瞬間だけでも、あなたの温もりを感じられたらすごく幸せになれると思うんだ」
そう言われてしまうと、マガリとしても無碍にするわけにもいきません。
おずおずと両手をプラカに向けて伸ばしてきたマガリを見て、観念するようにため息をつくと、
「じゃあ一つだけ」
「ん?」
「どうして私があなたを好きだと言ったら逃げるんですか?」
「それは……」
「理由があるなら言ってください」
少し怒ったようにプラカが問い詰めると、マガリはその小さな体をさらに小さく縮めるようにしながら答え始めます。
「だって……わたしは平民だし、プラちゃんは貴族の令嬢だから……きっと迷惑がかかると思うし」
「私は別に気にしないと言いましたよね?」
「……プラちゃんは優しいからそう言うと思ってたけど、でもやっぱりダメだよ。わたしのせいでプラちゃんが悪く言われるなんてイヤだもん」
マガリの言葉を聞いて、プラカは呆れたようにため息をつきます。
「まったく、そんなことを心配していたんですか?」
「だって……」
「そんなくだらない理由で今まで逃げられていたのかと思うと腹が立ちますね」
「……ごめんなさい」
しゅんとうなだれてしまうマガリ。
その姿を見ると、さすがのプラカもそれ以上責めるような言葉を続けられなくなってしまいます。
「まぁいいですよ。それよりも、これからどうするかを考えましょう」
「これから?」
顔を上げたマガリに向かって、プラカはいつものように微笑みかけながら語り掛けていきます。
「えぇ、私たちが付き合うなんてありえないことですもの」
「どうして?」
「それは……」
「ねぇ、どうして?」
「だから! 何度も言ってるじゃないですか!」
思わず声が大きくなってしまって、慌てて口元を押さえると、周りを見渡してから小声で続けました。
「私たちは貴族の生まれではないんです」
「うん」
「私は男爵家の娘ですけど、父は下級騎士で母は平民出です。私の家族は母だけですが、父もまた母の身分が低いために結婚を認めてもらえなかったようです」
「そっか……」
「母は私を産んだ時に亡くなりました。私は父の愛を受けて育ったわけではありません」
そこまで言うと、少しだけ肩の力を抜いて、小さなため息とともに言葉を続けていきます。「私が貴族学園に通うことになったのは父の命令です。学園を卒業するまでは貴族としての振る舞いを学ぶように言われていました」
「……じゃあ、卒業するまではその約束を守らないといけないんだ」
「はい。卒業後は父が決めた相手と結婚させられる予定です」
「それが嫌なんだ」
「えぇ、嫌です。まだ自由に生きていたいんです」
マガリの目を見てはっきりと答えるプラカ。その瞳の中に揺らぐことのない意思を感じ取ったマガリは、胸の中で何かが崩れていく音を聞きました。
「あなたはどうなんですか? あなたのお家はきっと裕福で由緒正しい家柄なのでしょう。私と違って」
「違う……よ」
ぽつりとこぼれ出た一言は、マガリにとって自分自身の言葉なのかすらわからないものでした。
しかし、それを聞いたプラカは、それまでの硬い表情を一変させ、まるで別人のような優しい笑みを浮かべると、
「ではお言葉に甘えて少しだけ言わせていただきましょう」
と言って立ち上がりました。
そのまま、つかつかと歩み寄ると、そっと手を伸ばしてマガリの顔に触れます。
「えっ……」
「ふふ、こうすれば顔を見ずにすみますものね」
突然の行動に戸惑うマガリ。一方、顔を見られたくないらしいプラカは満足げな様子で手を離すと再び元いた位置に戻りました。
「これで安心しましたわ。それじゃ、本題に入りましょう」
「え、うん」
「あなたが何を考えているのかなんて大体想像がつくんです。私がこの学園に来た理由だってきっとわかってるんでしょう? その上でこんなことをしているということはつまりそういうことです」
「それは……」
「私にとってあなたの行動はとても不快なものです。今すぐに止めてください」
淡々とした口調の中に確かな怒りを込めてプラカは告げます。
しかし、マガリはひるむことなく答えました。
「イヤだよ」
「どうして!?」
「プラちゃんはわたしのこと嫌いかもしれないけど、わたしはプラちゃんが好きだから!」
「……ッ! 好き? あなたが私の事を?」
予想していなかったマガリの言葉に驚きを隠しきれないプラカ。大きく見開かれた目が動揺していることを示していました。
「うん、大好き」
そんなプラカの様子に気づいていないのか、あるいは気づいている上であえて無視しているのか、マガリはさらに問いかけを続けていきます。
「ねぇ、本当に何もないの? もし私が傷つくようなことを言っちゃったなら謝りたいんだけど……」
「いえ、別にそういうわけでは……」
「じゃあどうしてあんなこと言ったの?」
「それは……」
「やっぱり私のことが嫌いだからじゃないの?」
「違います!」
思わずといった様子で声を上げたプラカを見て、マガリの顔にも笑みが広がります。
しかしすぐに真面目な顔に戻って、さらに追及していきます。
「違うっていうんだったら何が原因なのか教えてほしいんだけど」
「それは……」
「私はね、理由もなく嫌ったりされたりするのは絶対にイヤなんだ。相手がどんな人間であれ、ちゃんとした理由があるのなら受け入れようと思ってるんだよ。もちろん、それが納得できるものかどうかは別だけど」
「…………」
「だからお願い! 私を嫌ってるんじゃなかったら本当の気持ちを教えて」
まっすぐに見つめてくるマガリの目を見返していたプラカはやがて、観念したように息を吐きだし、ぼそりと言いました。
「どうしてわかったんですか?」
それは、先日の一件に対する疑問の言葉。
なぜ、自分がいじめられていたのかバレたのかということ。
「最初は全然わかんなかったんだけど……ほら、この間、お昼休みのときに一緒にいたでしょ? その時にふと思ったんだよね。なんか雰囲気が違うなって」
マガリはその言葉を聞いて少しだけ考え込みます。「ねぇ、プラちゃん。わたしたちさ……やっぱりお友だちにならないかな?」
「それはどういう意味ですか? あなたと私はライバル同士ですよ」
「うん、わかってるんだけどさ。ほら、せっかくこうして知り合えたわけだし。これから仲良くできたらいいなーと思ってさ」
「それは……無理ですね」
「どうして?」「いえ……別になんでもありません」
「何でもないことないでしょ? だってわたしたち付き合ってるんだよ?」
「それは……そうかもしれませんけど」
確かにプラカの言う通りでした。しかし、プラカとしてはここで引き下がるわけにもいきません。
なぜならば――、
(もしこのまま何も言わずに別れたら、きっと後悔する)
だから、彼女はマガリに向き直ります。
「先輩は私のどこが好きになったんですか?」
「んーっとねぇ……最初はね、かわいいなって思ったの。顔立ちがすごく整ってて、お人形さんみたいだったから。それからいろいろあって一緒にいたいなぁって思って、告白したらオッケーしてくれて……」
「そ、それだけじゃないですよね!?他にもまだあるんですよね!」
「もちろん! 他には……あー、あとあれかな。ほら、この前一緒にいた女の子のことだよ」
「……っ」
一瞬だけ息を飲む音が聞こえました。
「ねぇ、どうしてあんなところに一人で行ってたの?」
「それは……だから」
「一人じゃ危ないと思うんだけどなぁ」
「……」
プラカの顔がどんどん青ざめてゆきます。
「それともう一つ、今日呼び出したのはね」
「……はい」
震えるような声でプラカが答えます。
マガリはゆっくりと立ち上がり、自分のスカートについた埃を払うと、まっすぐな瞳でプラカを見つめました。「あなたのことが嫌いになったわけではありません。ただ……今は少し距離を置きたくなってしまっているんです」
「そっか……じゃあさ、今度からは一緒にご飯食べようよ! それで、お昼休みの間はどこかに行って、放課後になるとまたここに来て……どうかな?」
「いえ、それは……」
「ダメかな? どうして?」
首を傾げつつ問いかけてくるマガリに対して、プラカは目を伏せたまま何も答えられません。
しばらく無言の時間が続きます。やがて、先に口を開いたのはプラカでした。
「……あなたは私のことをどう思っているんですか?」
「それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。私はあなたのことが嫌いです。あなたのせいで私がどれだけ苦労していると思っているのか」
「…………」
「だから、どうしてそこまでして私につきまとうのか理解できません。あなたにとってメリットなんて一つもないじゃないですか」
「わたしにとっては君がいるだけで十分だよ」
「それがわからないと言っているのです! 一体何を考えているんですか!」怒気を含んだ声で怒鳴りつけるように言うプラカに対して、マガリはあくまで冷静な態度を取り続けていました。
「ねぇ、君はいつも一人で頑張ってるよね。わたしにはわかるんだよ。君は誰よりも真面目だし努力家なんだなって」
「そんなことありません。当たり前のことをしているだけであって」
「ふーん」
「そっ、それより! あなたこそどうなんです!」
「わたし?」
「わたくしのことを気にかけているようだったじゃないですか。あれはどういう意味なのか聞いてもいいんじゃありませんか!?」
「ああ、それは……」
マガリは一瞬だけ目を伏せると、再び顔を上げました。
その瞳に浮かぶ色は、先程までの明るいものではありません。
「私は……」
ゆっくりと唇を動かしながら、マガリは言葉を続けていきます。
「わたしは、この学園が好きだよ」
ぽつりと呟いた一言は、思いのほか大きく響いて聞こえました。
「みんなで一緒に遊んで、バカなことをして騒いで……そういう日々が楽しかった。毎日が輝いていた」
それは嘘偽りのない気持ちでした。
今思えば、学園生活のすべてが楽しいもので満たされていました。それは間違いありません。
しかし、一方でどこか物足りなさを感じてしまっていたことも事実でした。それは、今の自分を取り巻く環境があまりにも理想的すぎるということに起因していたのでしょう。
例えば、放課後になればこうして友人と話し合うことができる。それがどれほど素晴らしいことなのか、それを改めて実感させられた瞬間でもありました。
もちろん、不満がないわけではありません。むしろ不満だらけと言ってもいいくらいでしょう。しかし、それもこれも結局は自分の責任であるということは理解しているつもりです。だからこそ、これ以上彼女に迷惑をかけるつもりは毛頭ないのですが……
「私は、あなたに対して悪いことをしてしまったと思っています。だから謝りたかったんです。それだけじゃダメかな?」
「いえ……こちらこそすみません。どうにもまだ気持ちが落ち着かなくて……本当に申し訳ありません」
ぺこりと深くお辞儀をするプラカを見て、ようやくマガリの顔からも緊張が取れていきます。
ほっとした顔を浮かべつつ、マガリは別の話題を切り出します。「ところでさ、今度一緒に出かけようよ!」
突然、話題を変えてきたマガリに対し、プラカは何が何だかわからずきょとんとした顔をしています。
「お買い物したりとか、あと遊んだりとか! そういうのしようよ!」
「えっと……どうしていきなり」
「だってさ、このままじゃ嫌なんだもん。せっかく仲良くなったのにこんなぎこちないままなんて」
それは先日の件に対する謝罪の言葉であると同時に、これからの関係を築き直していきたいという願いを込めた言葉でもありました。
しかし、プラカはそれを聞いてどう思ったのか、小さくため息をつくだけです。
「私は別に……気にしていませんから」
「私が気になるんだよー。それに、この前のことで謝ったわけじゃないしさ」
「どういう意味ですか?」
「別に深い意味はないんだけど……やっぱり私は避けられてるのかなって思うことが何度かあって。ほら、私が話しかけてもいつもそっけないっていうかさ。でも、今日ここに来るまでの間に少しだけ考えたんだよ。もし本当に避けようと思ってたら、もっと上手くやるんじゃないかって」
マガリの言葉を聞いたプラカの顔つきが変わります。
それは驚きというより、むしろ呆れに近い感情でした。
「あなたって意外と鋭いんですね」
「どういたしまして」
「じゃあ、今度は私の方から質問させてください」
「ん? なにかな?」
「どうしてこの話をしようと思ったんですか?」
「それは……」
一瞬の間を置いて、マガリは答えます。
「やっぱり、仲良くなりたかったからだよ」
「……それだけですか?」
「それだけって言うと語弊があるかもしれないけど、まぁ……そうかな」