──夜が深まる頃、会社からの帰路。
今日は1人で帰ることにした、だが 中国の歩幅はどこか乱れていた。
冷たい風が頬を刺すけれど、体の内側のほうがもっと冷たかった。
「また惚れてしまいそうな自分が怖い」──昨夜のそんな考えが、頭の中をぐるぐると回る。
なぜだろう。
あの無言で、時に無愛想で、不器用な男――ロシアが気になる。
いや、正確に言えば「気にかけてくれる」態度が、居心地悪くて仕方ない。
会社での一幕が鮮明に蘇る。
書類のミスを指摘されて、周囲の冷たい視線にさらされたあの日。
誰も手を差し伸べてくれなかった。まぁそれが普通の対応だ
怒鳴り散らす上司も、ただ冷たく見下す同僚も、まるで自分は罪人のようだった。
だったら貴様らがやればいいじゃないか?、そんなに不満なら自らすればいいものを…
そんな時、彼だけが静かに書類を拾い上げて、ぽつりと声をかけてくれた。
「気にするな、俺が直してやる」──その時の言葉は、どこかざっくりしているのに温かくて。
温かいはずなのに………………………
我は思った。
「なんで我をかばうんだ? なんでここまで気にする?」と。
彼の目はいつも冷たくて、何を考えているのか読めなかった。
なのに、自分だけを見て、庇ってくれる。
それが、怖い。
心の奥底に沈む記憶。
幼い頃から、感情を出すことは許されなかった。本心や、ましては恋心かもしれないものなんて……
泣いてはいけない。本心を晒してはいけない。弱みを出せば相手に利用される
とだけ言われて育った。
表情を殺し、心を閉ざし、誰にも頼らずに自分で何とかするのが当たり前だった。
だから、誰かが助けてくれるなんて、信じられなかった。
それでも、彼――ロシアは違った。
何も言わず、ただそっと寄り添うように自分を守ってくれた。
だが同時に、我は彼を疑っていると思う。
「本当に、我のことを理解しているのか?」
「それとも、利用したいだけじゃないか?」
そんなことしか考えられない、自分でも実にひねくれた性格だと思う。
彼の冷たいまなざしは時に鋭く、自分の心の闇まで見透かしている気がして怖かった。
だから、ロシアのやさしさは――いつも裏を読んでしまう。
「惚れてしまいそうな自分が怖い」──
自分の弱さを曝け出すことも、
誰かを心から信じることも、
今までずっと避けてきたのに。
それなのに、彼の存在は確実に自分の中で大きくなっていく。
そして今、歩きながら自分に言い聞かせる。
「違う、まだ認めちゃいない。、 これはただの錯覚だ。
我は、絶対に誰にも弱みを見せない。」
そう思っていても、心はそれを拒否する。
冷たい冬の夜、胸の奥はじわじわと熱くなっていった。
ただいま、と言う相手はいない。 鍵を閉める音が、やけに響いた。
熱のない空間が、いつものように自分を迎える。
少しだけ開けたカーテンの隙間から、夜の街灯が差し込んでいる。
時計の針は深夜を指していたが、眠れる気配はない。
ダウンジャケットを脱ぎ、ゆっくりと深くソファに座る。
暖房をつける気にもなれず、息がほんのり白くなった。
……ロシアに、また助けられた。
それを思い出した瞬間、胸の奥にぬるい痛みが浮かぶ。
——「気にするな、俺が直してやる」
たった一言。
けれど、それだけでどうしようもなく心が乱れた。 あいつの手が、自分のミスの書類を拾い上げた瞬間、 周囲の視線を気にせず、当然のように肩をかばってくれたこと。
一つひとつが、自分には馴染みのない行動だった
どうして、そんなことをするんだ。
どうして、我なんかを気にかける。
静かに頭を抱える。
目を閉じると、過去の景色がふいに呼び起こされる。
声を荒げる父。冷ややかな視線の母。 小さいころから、ずっと***“良い子”***でいなければならなかった。
「お前は口答えするな」
「泣くな。男でしょう?」
「感情を出すな。恥ずかしい」
「学だけが、あればいいのよ」
感情を押し殺すことが「正しさ」だと教えられてきた。
優しくしてほしい、構ってほしい、という思いを持った瞬間に、自分を責める癖がついた。
——本音を出せば傷つく。
——だから、最初から見せない。
それが生きる術だった。
でも、ロシアは違った。
いつも不機嫌そうな顔をして、言葉も少ないくせに、
なぜか必要なときには、必ずそばにいる。
そんなやつが、
幼少期、父に1回でいいから褒められたかった、母に少しでいいから隣にいてほしかった。本当の自分の気持ちを出したかった…
「……は、」
思わず小さく笑ってしまった。
滑稽だ。
何年も、人に本音を晒さずに生きてきたのに。 いまさら他人の視線や行動ひとつで、動揺している。
「気味が悪いくらい、冷静そうな顔してんのに……」
そのくせ、優しい。 下心も恩着せがましさもない。 ただ、“いてくれる”だけ。 だからこそ怖い。
こんな事には慣れていない……
——惚れてしまいそうな自分が怖い。
認めたくない。
なのに、今日もまた、視線の温度を思い出してしまう。
言葉ではない“行動”で守られた記憶。
今までは、自分で立つしかなかった。 支えてくれる人なんていなかった。
そんな孤独に慣れていたはずなのに。
「……また、目で追ってる自分がいた……か…」
呟いた声が、部屋の空気に吸い込まれていく。
静かな部屋。静かな夜。 けれど心は、もう静かではいられなかった。
自分でも気づかぬうちに、ロシアという存在が、
寒さに凍えた心の奥で、火を灯そうとしていた。
──それを許すには、まだ、勇気が足りない。
❄️To Be Continued…
コメント
13件
神??神だよね流石に!!もう文章の構成の仕方とか言葉の選び方とか小説家レベルで泣ける(?)
…?文豪だ…この方…! イラスト描けて、文豪…?神様じゃん…
語彙力が凄い…!!!(?) 最高です