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第3話.昼間の学校
その日の授業は、夏の終わり特有の蒸し暑さに包まれていた。
窓の外には入道雲が浮かび、カーテンが風に揺れるたび、春竜の髪もさらりと揺れる。
「ねぇねぇ、春竜ちゃん」
教室のドアのところから顔を出したのは、三年生の及川先輩だった。
「今日の練習メニューの表、もう作ってくれた?」
「えっ……あ、はい! お昼の時間にまとめておきます」
突然名前を呼ばれて、周りのクラスメイトたちが一斉に視線を向ける。
小さな囁き声――「いいなぁ、マネージャーって」「及川先輩と仲良くしてるよね」――が耳に入ってきて、春竜の頬は自然と赤くなった。
「助かるよ~。やっぱり春竜ちゃんは頼りになるなぁ!」
軽い調子で言い残し、及川先輩はひらひらと手を振って去っていった。
その様子を、窓際の席からちらりと見ていたのが国見ちゃんだった。
周囲がざわつく中でも表情を変えず、ただ静かに教科書へ視線を戻す。
けれどその指先がわずかにページを強く押さえていることに、春竜は気づかなかった。
昼休み。
友達と弁当を食べながらも、春竜の頭の片隅にはさっきの光景が残っていた。
及川先輩の明るさは嬉しいけれど、みんなの前で名前を呼ばれるたび、胸がざわつく。
――その気持ちが何なのか、まだ自分でもよくわからないまま、時間は流れていった。
やがて授業が終わり、放課後のチャイムが鳴る。
そして、体育館での練習を終えた後――春竜は静かな部室で、国見ちゃんと二人きりになることになる。
第3.5話.放課後の部室
練習が終わり、部員たちがぞろぞろと帰っていく。
片づけを終えた春竜が部室に戻ると、そこにはまだ国見が残っていた。
椅子に座り、スマホを見ている。
「あ……国見ちゃん、まだ帰ってなかったんだ」
春竜が声をかけると、国見は顔を上げて、わずかに目を細めた。
「……忘れ物、取りに来ただけ」
短く答えたその声はいつも通り淡々としているのに、どこか春竜の心を落ち着かせた。
「そうなんだ。じゃあ、私も……少し休んでから帰ろうかな」
そう言って隣の椅子に座ると、部室は一気に静けさに包まれる。
窓の外からは虫の声と、遠くで吹奏楽部の音がかすかに聞こえるだけだった。
しばらく沈黙が続いた後、国見がぽつりと口を開いた。
「……さっきの帰り道、及川さんの言葉……気にしなくていい」
春竜は驚いて彼を見つめる。
国見は視線をそらしたまま続けた。
「……あの人、誰にでも軽いこと言うから。でも、俺は……春竜ちゃんにしか言わないこと、ある」
「え?」
心臓が大きく跳ねた。思わず問い返すと、国見は少しだけ頬を赤くし、言葉を探すように唇を動かした。
「……その、ありがとな。いつも俺たちのこと、支えてくれて」
照れくさそうに背を向ける国見の横顔を見ながら、春竜の胸はじんわりと熱くなる。
ただの感謝の言葉なのに、なぜか特別に聞こえてしまうのは――きっと、自分の心がもう動いているから。
静かな部室に二人だけ。
言葉にできない気持ちが、ゆっくりと満ちていった。