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「沈む階段」
想太Side
―――放課後
教室の空気は昼の名残を少しだけ残して、ゆっくりと夜に溶けていく
鞄を肩にかけた瞬間、どこかで――甘いような、鉄のような匂いがした
それは懐かしい香水にも、焦げたコードの匂いにも似ていて、頭の奥をやさしく締めつける
「ぅ゙ぅゥ゙….ぁ…….っ」
痛みが波のように広がる
目の前がにじんで、廊下の光がゆらぐ
何かを考えようとするたび、思考が音に変わって消えていった
――音
遠くで、誰かが僕の名前を呼んだ気がする
その声が、僕の意識を引っ張る
「ん゙っ…?ぁ……」
気づけば足は動いていた
どこへ向かうのかもわからないまま、
階段を一段、また一段と降りていく
湿った空気
下から吹き上げる風の匂いに、昨日の歌声が重なる
薄暗い部屋の奥に、ひとりの影が立っていた
見覚えがあるような、ないような
光が届かないせいで、表情は見えない
けれど、その佇まいには確かな記憶の輪郭があった
「やっと来たね」
その声は、水の底から届いたようにゆっくりと響いた
想太の視界はまだ霞がかかっていて、世界の輪郭が曖昧だった
ぼんやりした光の中で、相手の顔だけがはっきり見えない
「……ぁん、?ぇ…どこ……?」
自分の声が遠い。まるで誰かが代わりに喋っているみたいだった
「怖くないよ」
大輝は一歩近づき、静かに言った
その瞳の奥に、どこか懐かしい響きがある
けれど、それが“誰”の記憶なのか分からなかった
「昨日の歌……覚えてる?」
その言葉に、胸の奥で音が鳴った
途切れた旋律が、朧げに蘇る
あのとき、確かに歌っていた
でも、どうしてこの人がその言葉を知っているのか
「君の声は、不思議だね。」
声は低く、優しく、それでいて刃のように冷たかった
「世界が白くても黒くても、君の声だけは色を持ってる。」
「……だから、聴かせてほしい。
あの時みたいに、もう一度。」
想太は小さく息を呑んだ
体は動かない
目の奥で光が揺れる
空気が震えた
胸の奥がざわめいて、意識がどこか遠くへ引きずられていく
どこまでが現実で、どこからが夢なのか分からない
足元に響く低い音が、世界を支配していくようだった
――この声を、奪われていく
最後に残ったのは、かすかな囁き
「もう、逃がさないよ。」
そして、光が静かに消えた
―――
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