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ちなみに、俺はロキがたまたま買ってきた痛み止めの薬のおかげで、腕の痛みはだいぶ治まっている。
今日は魔獣騒動で、どこの診療所もいっぱいらしく。自業自得ということもあり、反省の意味を込めて……とりあえず今夜は薬で痛みを誤魔化して安静にし、明日の朝一で医者に見せることになった。
そして、かれこれこのお説教は、昨日泊まっていた宿に戻ってから、小一時間ほど続いている。
「あまりこういう事は言いたくは無いですが……ヤヒロさんは私とヒナにとっては、唯一の社会人で年長者なのですから。もっと慎重に考えて、行動してください」
「いやぁ、もう本当に。全くもって、イオリ様のおっしゃる通りですわー」
俺は適当に相槌を打っては、伊織をこれ以上怒らせないように務める。伊織はそんな俺の思考を、読んでか読まずしてか……眉間に皺を寄せながら『本当に分かってるのですか?』と、目が語っている。いやいや、勿論ですとも。
「それとヒナ。アナタはもっと、団体行動というものを学んでください。私たちにとってこの世界は、未知でしかないのですから。これ以上、私やヤヒロさんを困らせないでください」
立ち上がってポーズを決める妹は、清々しいほどそう断言する。
いや、お前はマジでこの世界に来てからこれまでの行動、全てを反省しろ。
俺の言いたかった言葉を、伊織が代弁する。本当だよ。
しかしまぁ……伊織にこれだけこってり怒られても、悔い改めるどころか、むしろ開き直った妹。そんな妹に、俺は逆に敬意を示す。お前は本当に、己の欲に忠実だな。
俺は妹を引っ張って半ば無理やり座らせると、伊織が頭を抱えながらため息をつく。
「はぁ……ヒナ、別に私はアナタの自由を奪い、縛りつけたい訳ではないんですよ? まだまだ分からないこの状況で、せめて『ホウ・レン・ソウ』だけはしっかりして欲しいんです」
伊織は妹を諭すように、できるだけ優しい口調でそう言う。
きっと伊織は、これ以上俺や妹を説教するのも、そろそろ終わらせたいのだろう。ここで妹が少しでも反省……または、納得さえしてくれれば、今にだって終わりそうな雰囲気だ。
……しかし、そんな伊織の精一杯の優しさを、知ってか知らずか。妹は少し考え込むと、『ポン!』と手を合わせては納得したように頷く。
――――――盛大な解釈違いで。
俺は思わず「なんでやねん!」と、ツッコミを入れてしまう。
一方の妹はというと、『タララタッタラ〜♪ タララ、タッタラ〜♪』と、どこぞのパイプをくわえた船乗りのパワーアップした時のBGMを歌いながら再び立ち上がり、俺を指さす。コラ、人を指さすんじゃありません。
「だってヒロくん、仕事の帰り道の途中でスーパーあったでしょ?」
「確かにあるな。あるけど、なんで俺なんだよ!」
「昔の人だって『もののついでに』とか言うじゃ、あーりませんか!」
「話の流れ的に、絶対意味が違うんだよ! なぁ、チャーリー!?」
俺たち兄妹の、突然始まった不本意なコントに、伊織のお怒りパラメータは再び上昇する。
「『報告・連絡・相談』です!! ヤヒロさんも、ヒナのペースに乗らないでください!!」
妹のせいで収まりかけていた伊織のお怒りが再び爆発し、俺はとばっちりを食らう。ホンマ、なんでやねん。
最早ここまで来ると、わざとなのではないかとさえ思えてきて仕方ない。
まぁ、ウチの妹は変なところで常識がないただのアホなので……素でボケてるということも、大いに有り得る。
「とにかく! コレからも、どんなことが起こるかわからないんです! 今日みたいに危ないことやトラブルには、首を突っ込まないようにしてください!!」
妹のアホな質問に、伊織は半ばやけくそに答える。一方の妹と言えば、「なるほど、かしこまっ☆」っと返事している。
そろそろ伊織の胃とか血圧が心配になってきた俺は、左手で妹の頭を無表情でチョップする。
「いぃぃ……〜っっつたぁ〜!!」
妹は頭を押え、ゴロゴロと床を左右に転がる。
「ヒロくん……っ、左を使うとは卑怯だよ……!」
「バーロー、右が負傷してんだから左でやるしかねーだろうが」
「だからといって、加減なしは……」
「十分加減しとるわ、アホ。それとも、もっと全力で頭をカチ割ったろーか?」
そう言って俺は、風を切るように素早く素振りをする。
それを見た妹は「ひぇっ……」と、小さく声をこぼしては、みるみる顔が青ざめていく。
「いいから今すぐ伊織に謝って、多少なりとも反省しろ。じゃないとな……」
「じゃ、じゃないと……?」
俺は妹を冷ややかに見下ろしながら、オタクに最も効く呪文を口にする。
妹は俺のTシャツの裾を掴んで、首を全力で横に振る。
「レベル上げとか、隠しルート攻略とか、期間限定キャラとか! 鬼畜仕様のゲームとか、無課金なりに頑張ったんです! それだけはやめてください!!」
「お前はそれだけの重罪を、昨日からずっと起こしてるんだ。情状酌量の余地なしだ」
「そんなぁ……」
妹は涙目で、助けを求めて伊織を見る。
「うぅっ、イオ……」
「うっ……!」
さすがの伊織も、ここまで妹が落ち込むとは思わず……良心が痛むのだろう。俺は伊織に、『ここで絶対に折れるな』という意を込めて首を小さく振る。
伊織は眉間の皺を掴むと、深いため息を吐く。そして少し考えた後に、妹と目線を合わせるようにしゃがむ。
「いいですか、ヒナ。私も鬼では無いので、アナタのこれまで頑張ってきたゲームのデータを、そう簡単に消したくはありません」
「ううっ……」
「ですので。元の世界に帰れるまで、三人でルールを決めましょう。これはアナタを縛るためのものではなく、アナタを守るためのルールです」
「私を守るためのルール……?」
伊織は「そうです」と、頷く。
「この世界は私たちにとって、まだまだ分からないことだらけです。……今はセージさんやロキさんが居てくれていますが、お二人とずっと一緒というわけにもいかないでしょう」
確かに、伊織の言う通りだ。いつまでも二人に甘えて、迷惑をかけるわけにもいかない。どこかで、あの二人とも別れなければいけない日も来るのだ。
妹はセージとロキの、二人を見る。
セージは少し困り顔に、ロキはそっぽを向いていて表情は上手く読み取れない。
そして見上げるように、俺へと視線を向ける。
妹の瞳には、涙が溜まっていく。
「二人にだって帰る場所や、まだまだやることがあるんだ。いつまでも俺たちと一緒には居られないんだよ」
俺は妹の頭を、わしゃわしゃと撫でる。
「……別に、今すぐ別れるってわけじゃねーんだ。そんなシケたツラしてると、不細工な顔がさらにブスになるぞ」
ロキはそう、ぶっきらぼうに言うが……妹のことを気遣った、ロキなりの優しさだと俺は感じた。
「まぁ、僕らがこの街に留まってる間までは……もう少しだけ、付き合ってやってもいいよ」
「ロキロキぃ……!」
そう頬を赤らめながら言うロキに、妹は思わず抱きつく。
妹からしっかりホールドされたロキは、逃げ出す隙がなく……力尽くで離さないあたり、本当に分かりにくい優しさである。
「ふふっ、ロキは本当に素直じゃないですよね」
「うっせー、バカセー……って、なんでお前もくっ付くんだよ!?」
「ロキが僕以外の人と、こんなにも楽しそうにしてるのが嬉しいからです♪」
「な……っ!?」
図星をつかれたのか、さらに顔を真っ赤にしたロキは、魚のように口をパクパクとする。
「よーし、これはノっとくしかないなー」
「ちょっ、ヤヒロさん!?」
俺は伊織の腕を引っ張って、ロキたちを囲うようにホールドする。
「お……っ、前ら、なぁ……!!」
とうとうロキの堪忍袋の緒が切れ、俺とセージはそれぞれ頭突きと腹に膝蹴りをお見舞される。
だいぶ加減はされていたはずなのだろうが……なんということだろうか。俺の世界が、ものすごい勢いで回転する。
フワフワする意識で、俺は床に倒れる。
「おい、バカ兄貴!」
「ヤヒロさん、しっかりしてくださ……」
妹や伊織たちの、慌てるような声が遠くから聞こえる。
(あー……コレは、マジでやべーやつだわ……)