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 魔獣騒動から、一週間ほど経った。


 意識をぶっ飛ばした俺は、あの後ロキにベッドに運ばれたらしい。そして疲れもあったせいか、そのまま翌日の昼前まで目を覚まさなかった。

 さすがにバツが悪いと思ったのか……ロキは少し申し訳なさそうな態度で俺の身支度を整えたり、診療所までの道案内と送り迎えを率先的にしてくれた。――――――




 そして今、俺はと言うと……。




「いいかー、おっさん……? 優しく……優しく頼むぞ!?」


 俺は目の前の初老の男性に、何度も念を押すようにそう同じ言葉を繰り返す。初老の男性は、呆れんとばかりに軽くため息をつくと、自身の顎髭を軽くなでる。


「あのなぁ……これ以上優しくなんて無理だ。お前さんも男なら、いい加減腹括って諦めな」


 俺たちは、ロキとセージの知人の営む診療所へと来ていた。


「いやいやいや、無理だから! 男とか女とか関係なく、マジで無理だからな!? ナイーブでデリケートな俺には、本当! マジで! む……」

「あーもー! ごちゃごちゃと、うるせーな! おい、ユーゼンのおっさん。僕が押さえてるうちに、さっさとやってくれ!」


 俺の言葉を遮ったロキは、近くに用意されていた診察台に、背中から押さえつける。そして右腕を初老の男性……元い、この診療所の医者兼、治癒魔法を使える治癒師であるユーゼンという男性に向けて強制的に伸ばさせた。


 ユーゼンは再びため息をつくと、手から淡い光を発する。そして骨が粉々になった、俺の右腕へと近づける。


「いや、ちょっ……待って、待って! まだ心のじゅ……ん、びぃいィいダダダダダダダダダダダダ! 痛いっ! めっちゃ痛い!! 痛い痛い痛いっ!!」


 俺は抵抗するために右腕を必死に振り、押さえられながらも隙間から動く左手で診察台を『バンバンバン!』と何度も叩く。


 それでもやめない二人……そしてロキとユーゼンは互いに目を合わせて頷き合うと、暴れる俺をさらに押さえ込む。



(うぉぉぉぉぉぉおおっ! くっっっそ痛え! なんでこんなに痛ぇんだよ!?)



 粉々になった骨が『ミシミシ……』と、鈍い音を立てる。ユーゼンいわく、これは骨が元に戻っていく音なのだとか。

 それに呼応するように、同時に激痛が走る。



 よくゲームとか漫画とか、ライトなノベルティとか。そういうので見る治癒魔法は、大体が一瞬にして治る。そして、そういった治療の際、痛みなどの描写は一切書かれてはいない。


 だから俺は、痛みもなく治療は直ぐに終わるだろうと、最初こそは思っていた。


 ……しかし、実際はどうだ?

 骨がくっつく度に激痛が走り、その度に何度も何度も中断し、そうして数日が経った。



(何故だ! 何故この治療は、こんなにも痛いんだ!?)



「さてはおっさん! アンタやぶだろ! 絶対そうだろ! そうだと言えよ、コンチクショウ!!」

「何を言うか、この若造が! ワシはこの街で五本の指に入る、上級の治癒魔法師だぞ!」

「じゃー何でそんな上級の治癒魔法師の治療が、こんなくっそ痛てぇんだよ!?」


 半べそをかきながら、俺は喧嘩腰にユーゼンに問いかける。

 俺に好き放題言われたユーゼンは、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、額に血管を浮かび上がらせて反論を始める。


「逆に聞くがな! 外傷が一切ないのに、こんなにも骨が粉々になった腕、そうそう見たことないわい!! 一体何をしたら、こんな風になるんだ!?」



 ユーゼンの言葉に思わず、視界の隅……入口付近に立っている、大・中・小の三つの人影を見る。その中で大きな影……もとい、セージは申し訳なさそうに俯く。


 残りの中と小の影……伊織と妹はと言うと。

 俺の断末魔に近い絶叫に萎縮した妹は、小刻みに震えながら伊織に抱きつき……伊織はそんな妹の耳を塞いで、黙って目を伏せていた。



「普通の骨折ならまだしも、こんなに粉々になっとるんだ! 薬だけではなく治癒魔法で早く骨を元に戻すのに、痛くないわけなかろうが!!」

「それでも患者の心身に寄り添うのが、医者ってもんじゃないかなー!?」


 こんなやり取りを、この一週間。毎日繰り返してるのだ。


「だーっ! テメーがそうやってすぐに騒ぐせいで、今の今まで全っ然、治療が進まなかっただろうが!」

「だってよぉ、ロキっつぁん! この治療、めちゃくちゃ痛てぇんだよ!? そこそこブラックな職場で、社畜として働いてはきたけれども! こんな命がけな環境と向かい合わせな生活とかとは、到底無縁な……ぬるま湯で平和ボケしてた俺には、無理だよ!!」

「だってもクソも、ねぇんだよ! 大体僕の忠告を無視した、テメーらの自業自得だろうが!」


 ロキのド正論に、俺とセージ……ついでに妹が「「「うっ……」」」っと、小声を漏らす。妹も反応したあたり、多少なりとも申し訳ないとは思っているのだろう。


 そしてロキは、俺を押さえる体制と、右腕を掴む手の位置を少し変える。


「無理だろうが、なんだろうがな」

「ちょっ、ロキさん!? 何す……」


 その行動に俺は、嫌な予感がして少し暴れる。……が、時すでに遅し。



「今日という今日こそは、その腕を元に戻す……ぞっ!!」



 ――――――ガクンッ!!



「いぃいっ……!?」


 我慢の限界でキレたロキは、俺の右肩の関節を見事に外すと、全体重を乗せる。ロキの体重自体は、そんなに重くはない。重くはないのだが……どうしてだか身動きができないよう、力技で完全にホールドされた。


「右肩は後で元通り、綺麗にはめてやる。だからその前に、黙って骨をさっさと元に戻せっ!!」




 俺は痛みで意識が半分朦朧もうろうとしながら、強制的に残りの治療を進められたのだった。

お兄ちゃんは『妹が!』心配です

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