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ラズールの謀略
俺は目の前で広がる光景に、頭の中が真っ白になった。だがすぐに怒りが全身を支配し、叫びながら馬を飛び降りてフィル様に駆け寄った。
フィル様を抱きしめるバイロン国の第二王子を押し退け、フィル様を大切に抱きしめた。
フィル様は真っ白な顔をして意識がなかった。そして恐ろしいことに、左腕の先がなくなってるではないか!布で固く縛られた断面は、真っ赤な血がにじみ出ている。止血と応急処置の魔法がかけられているみたいだが、地面に流れた大量の血を見て、俺の心臓が凍りついた。
血が流れすぎだ。しかもどれほどの時間、雨に打たれていたのか。フィル様の身体に温もりが感じられない。
俺は顔を上げて周りを睨んだ。ここには第二王子とその側近、そしてもう一人の騎士がいる。こいつらの中の誰が、フィル様をこのような目に合わせたのか。今すぐそいつを斬ってやりたいところだが、フィル様を助けることが最優先だ。
俺は第二王子の側近と目を合わせた。
「なぜこのようなことになっているのか、後で詳しく聞く。この辺りに高度な治癒ができる場所はあるか?フィル様の落とされた手は?」
「おっ、俺も早く連れて行かねばと思っていた!案内するっ。手は俺が大切に持っている!」
「…そうか。では頼む」
どうやら斬ったのはこの男ではないようだ。まさか第二王子ではないだろうから、もう一人の騎士か?フィル様の状態が安定したら、同じように腕を斬り落としてやる。
側近の男に手伝ってもらい、フィル様を抱えて馬に乗る。当然第二王子も慌ててついてくるものだと思っていたが、様子がおかしい。目が虚ろで、騎士に身体を支えてもらいながら馬に乗っている。
まあフィル様が大怪我をされたのだ。心配でたまらないのだろうが…。
だが今は第二王子などどうでもいい。
俺はフィル様をしっかりと抱きしめた。
側近の男が俺を見て頷き、出発しようとしたその時、「ラズールか!」と大きな声が辺りに響いた。
身体も大きければ声も大きい男だ。トラビスのことは、あまり好ましく思っていないが、今は現れてくれて心強い。
俺が「そうだ」と答えると、傍に来たトラビスが腕の中のフィル様を見て叫んだ。
「フィル様っ、どうなされたっ?おいラズール!大丈夫なのかっ」
「大丈夫ではない。だから今から治癒をしに行く」
「は?一体どういう…」
「そもそも、おまえはなぜフィル様の傍にいない?」
「追手を止めてたんだよ」
「それでも!フィル様の傍を離れるべきではなかった」
「それは…深く反省している。すまない。フィル様はどのような状態なんだ?」
「腕を…斬り落とされている」
「…今、なんと言った?」
声の大きいトラビスが、静かに話す時ほど怖いものはない。
俺は進み始めた側近の男に続いて、馬を歩かせる。
トラビスが少し遅れてついてくる。今はフィル様の治癒が先だと心得ているのだろう。しかし斬った者に対しての怒りで恐ろしい形相になっている。きっとフィル様を一人にした自分にも怒っているに違いない。
第二王子とその側近がいるから大丈夫だとは思うが、ここは敵国。フィル様の治癒を終えて国に戻る時に、トラビスがいてくれれば心強い。
この先の段取りを考えていると、いつの間にかトラビスが隣に並んで俺を見ていた。
「なんだ?」
「ラズール、今回のこと、俺はどんな罰でも受けるつもりだ」
「それならば、命をかけてフィル様をイヴァル帝国に連れて帰れ」
「もちろんだ」
まだ降り続ける雨音で、俺達の会話は他の者には聞こえない。
「ところで追手はどうした」
「捕まえた。追手を気絶させたちょうどその時に、レナードが現れたぞ。だからレナードに預けた。先に国境に向かっている。レナードはおまえと一緒に来てたのだな」
「ああ。イヴァルの国境沿いには軍を残してある。フィル様の治癒が終わり次第、急ぎ国境へ向かう。第二王子が邪魔をするとは思えないが、こっそりと抜け出すぞ」
「…邪魔をされるかもしれないから、その方がいい。今のリアム王子は、フィル様と出会ってからの記憶がない」
「なんだと?」
少し大きな声を出してしまったと、慌てて口をつぐむ。しかしトラビス以外には聞こえなかったようで、誰もこちらを気にしていない。
俺は腕の中のフィル様の白い顔を見て、胸を痛めた。第二王子のことで辛い想いをされたのではないかと、苦しくなった。
トラビスが話し続ける。
「レナードから聞いてないのか?」
「…俺はフィル様が届けてくださった薬で熱が下がると、すぐに城を出てきた。そして戦場にいたレナードからフィル様が捕虜になったと聞いて、ただひたすら馬を走らせてきた。聞く暇などなかった」
「そうか…。このことも詳しくはフィル様の治癒を終えてからだ。ラズール、魔法でフィル様を暖めているか?」
「もうやってる」
「疲れたなら俺が交代するぞ」
「問題ない。フィル様のためならなんでもできる」
「おまえはそういう奴だったな」
トラビスが辛そうにフィル様を見て、後ろにさがる。
馬に乗ってすぐにフィル様の服を乾かした。そして雨に濡れないよう俺とフィル様の身体を透明の膜で覆い、一定の温度で暖め続ける魔法を使っている。だがフィル様の身体は冷たいままだ。ずっと小さく震えている。
俺の体力や魔力が減ることなど、どうでもいい。フィル様さえ助かれば、俺の命だって喜んで差し出す。だからどうか神様、フィル様を助けてくれ。呪われた子だと言われて辛い思いをし続けてきたこの方を助けてくれ。
俺はいるかもわからない神に祈り、ふと気づく。
そういえばなぜ、フィル様の腕は斬れた?俺が刺した時は刃を弾かれたのに。なぜだ?