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くるみの方の親族は、彼女が生まれてこのかた会ったこともないような遠い遠い――それこそ他人と呼んでも差し支えがないような血縁しか残っていなくて…… 結局婚約した旨に関しては実篤さねあつ の方の家族にのみ伝える形で終わった。



けれど遠い親戚より近くの他人とはよく言ったもの――。


親弟妹おやきょうだいよりクリノ不動産の面々の方がくるみの婚約指輪に目ざとく気付いて、日々針のむしろを経験させられている実篤だ。



「社長もとうとう妻帯者になる覚悟をなさいましたしちゃったですかぁ~」


しみじみと経理の野田に言われ、


「ええなぁ。木下きのしたさんのキラッキラの指輪見ちょったら、私もはよぉお嫁さん入りしとうなりました」


総務の田岡に華奢きゃしゃな左手をひらひらされてうっとりと瞳を細められた。


木下きのしたさんの花嫁姿、絶対可愛いですいね? 和装ももちろんええんでしょうけど……俺は断然ドレス推しです!」


一時はくるみのことを狙っていた営業の宇佐川うさがわに「あのふわっふわで色素の薄い猫毛と、大きゅうていつでもいついき潤んじょるように見える瞳にはウェディングドレスが絶対映えますって」と嬉し気に言われた時にはさすがに何か面白くなかった。


結果、「宇佐川、それ以上くるみちゃんのアレコレ勝手に妄想したら減給じゃけんな?」と大人げないことを言ってしまった実篤さねあつである。


「社長ぉ~。それ、公私混同、職権乱用、パワハラもはなはだしいですけぇね?」


途端情けない顔をして訴えてきた宇佐川に、「バーカ。冗談に決まっちょろーが」と返しながらも冗談どころかバリバリの本心。心中穏やかならずだったのはここだけの話。


「もぉ、そんなにそんとに心配せんでも。誰がどう見ても木下さんは社長に夢中メロメロですけぇね?」


宇佐川と同じく営業で、長年付き合ってきた彼女と二月に式を挙げたばかりの井川いがわが、苦笑しながらそんな男達二人の間に割って入る。


新婚の強みなのか何なのか、やたら余裕ある態度に、思わず圧倒されて押し黙った二人だ。


「駐車場んトコで二人並んで仲良ぉパン売ってらっしゃるの売りよっちゃってん見よったらイヤでも分かりますいね」


井川に太鼓判を押されて「それじゃったらええんじゃけど」とほうっと吐息を落とす実篤に、「ええ大人の男がなん情けないことうちょるんね。ドーンと構えちょきんさい!」と野田が背中をバシバシ叩いてきて、


それでほいで式はいつになさるしちゃってんですか?」


すぐさま、まるで皆の気持ちを切り替えるみたいに発せられた野田の言葉に、出来れば従業員一同総出で祝いたいのだと口々に皆から言われて、実篤は胸が熱くなって鼻の奥がツン、と痛んだ。


涙腺が緩みそうになるのをまばたきの回数を減らして誤魔化しながら、「十一月二十二日じゅういちがつにじゅうにんち――良いええ夫婦の日にしよう思ぉーて式場押さえちょるんじゃけど」と壁にかかったカレンダーを眺める。


とはいえまだそれは今月――四月のものなので、数枚めくらないと十一月は見えない。


だからだろう。

カレンダーに一番近い位置にいた田岡が当然の流れみたいにカレンダーをめくって「今年の十一月二十二日じゅういちがつにじゅうにんちは日曜日で友引なんですねぇー。何か最高じゃないですか」と皆を振り返ってにっこりする。


不動産業と言う仕事柄、クリノ不動産の面々は客の引っ越しや土地の売買などと言った、いわゆる人生の転機に立ち合うことが多い。


だから社内にあるカレンダーは、父の代からずっと。毎年あえて六曜が記載されたものを選んでかけるようにしていたのだけれど。


普段からお日柄を気にする仕事をしているからだろう。

田岡も、まだ二十五歳と若いのに、カレンダーを見るなりその日が六曜の何に当たるのかを無意識に見ていた――。


「そういやぁ二月に式を済ましたばっかりの井川さんも、挙式は友引の日じゃったですいね?」


ほぅっと溜め息まじりにそんなことを付け加える。


「その方がみんなに幸せのおすそ分けが出来そうじゃないですか? 現に――」


井川が、田岡から話を振られるなり即座に実篤を見てくるから。


「えっ? 俺?」


実篤はその視線に思わずたじろいだ。


「結構すぐにご利益りやくがあったって思いません?」


そんな実篤を見て満足そうにニヤリとした井川に、皆が「ほうじゃね」と笑顔になる。


「じゃったら次は私ですかね?」


現在付き合っている恋人がいる田岡が瞳をキラキラさせて、それに被せるみたいに宇佐川が「えー? 待ってくださーい。俺だってご縁が欲しいんですよぅ」と情けない声を出した。


「宇佐川さんは私より若いんじゃけ、先輩に先、譲りんちゃい」


田岡の言う通り。現在クリノ不動産で一番若いのは二十四歳の宇佐川だ。


「そう言われて言うちゃってですけど……俺と田岡さん、ひとつしか違わんじゃないですか」


田岡の言葉に果敢かかんにも抗議の声を上げた宇佐川の鼻先に、「男の二十代半ばと女のそれを一緒にしちゃいけんのんは常識ですけぇね⁉︎」と田岡がビシリと指先を突き付ける。


「どうやら田岡さんに軍配ぐんばいが上がったみたいじゃね」


井川がそれを見て宇佐川の肩を慰めるようにポンポンと叩いた。


野田が「ちょい待って、みんな。何で先着一名様みたいになっちょるん? 花嫁のブーケトスじゃあるまいに、みんなまとめて良縁に引っ張られんちゃい!」と何とも頼もしいことを言ってくれた。


確かにその通りだと思った実篤が、そんな従業員らの様子を黙って見詰めていたら、田岡とふと目が合う。


だけどほいじゃけど未婚メンバーの中じゃあ年齢的に見て社長が一番年上じゃったけん、木下きのしたさんと上手くうもぉー話がまとまったみたいでホンマかったです」


と、心からの笑顔をもらった。


実篤が、俺はホンマ良いええ従業員らに恵まれたな、と思ったのは当然だろう。

社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味!?

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