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「正式な異動は、明日の共同会見が終了してからになります」
「明日の……」
「はい。会見が終わり次第、社内にも今回の件について正式な通達がなされる予定です。それまでは、先ほどの人事についても引き続き他言無用でお願いいたします」
「分かりました」
瑠璃香は神妙に頷く。
「異動が正式に決まりましたら、まずは企画宣伝課で引き継ぎを進めていただきます。もちろん、急に全ての業務から手を離していただくわけではありませんので、ご安心ください」
「はい」
「それと並行して、こちらで秘書業務について学んでいただくことになります」
「こちらで……」
思わず周囲を見回す。
「秘書課で、ですか?」
「ええ」
藤代が頷いた。
「小笹さんは秘書業務のご経験がないと、先ほど仰っていましたから」
「あ……」
先刻、口にした不安を思い出す。
「新沼社長補佐の専属秘書になるからといって、最初から全てをお一人でお任せするつもりはありません。まずは基本的な業務から覚えていただきます」
その言葉に、瑠璃香は少しだけ肩の力を抜いた。
「具体的には、スケジュール管理や来客対応、社内外との連絡調整。それから、会議や出張に関する各種手配などですね」
「……たくさんありますね」
思わず本音が漏れる。
藤代が小さく笑った。
「たくさんあります」
あっさり肯定され、瑠璃香もつられるように笑ってしまう。
「もちろん、新沼社長補佐の業務内容を把握していただく必要もあります。社長補佐になられてからは、社長とは別行動を取られる機会も増えていますので」
「だから、専属の秘書が必要なんですね」
「そういうことです」
藤代が頷く。
恋人として晴永のことを知っているつもりでいた。
けれど、これから知ることになるのは〝新沼晴永〟ではなく、〝新沼社長補佐〟としての彼の顔なのだ。
あの人が何を担い、誰と会い、どんな仕事をしているのか。
そして、その仕事を滞りなく進めるために、自分には何ができるのか。
考えただけで、身の引き締まる思いがした。
「覚えていただくことは、たくさんありますよ」
「……はい」
瑠璃香は背筋を伸ばす。
「頑張ります」
「期待しています」
そう言った藤代の顔は、先ほどまでと変わらず穏やかだった。
けれどその言葉は、瑠璃香の胸へずしりと響いた。
期待している。
晴永の恋人だからではなく、一人の社員として。
「では、今日はこのくらいにしておきましょう」
藤代が腕時計へ目を落とす。
「せっかくのお弁当を食べる時間がなくなってしまいますから」
「あっ」
すっかり忘れていた。
思わず声を上げると、藤代がくすりと笑う。
「午後の業務に差し支えてはいけません。どうぞ戻って、ゆっくり召し上がられてください」
「はい。ありがとうございます」
瑠璃香は立ち上がると、改めて藤代へ頭を下げた。
「これから、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
小会議室を出て、企画宣伝課へ戻る。
歩き慣れた廊下。
毎日のように行き来してきた場所。
見えるものは、何ひとつ変わっていない。
それなのに、不思議と少しだけ違って見えた。
この廊下を企画宣伝課の社員として歩くのも、あと少しなのかもしれない。
そう思うと、寂しさがないわけではなかった。
ここでたくさんのことを教わった。
失敗もした。
叱られもした。
笑ったことも、泣いたこともある。
そして――最愛の人と出会った。
けれど、ここを離れることは終わりではない。
瑠璃香自身が選んだ、新しい始まりなのだ。
企画宣伝課の扉が見えてくる。
その向こうには、いつもと変わらない日常が待っている。
けれど瑠璃香の未来は、もう確かに動き始めていた。
(今度は私が、晴永さんを支えよう)
胸の奥で静かにそう誓って、瑠璃香は企画宣伝課へ戻った。
#大人の恋
鷹槻れん

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コメント
2件
るりかちゃん、ファイト!
瑠璃香が自分の意志で新しい道を選んだこと、そして「今度は私が支えよう」と誓うシーンにじんときました。仕事として彼の隣に立つ覚悟と、同時にこれまでの日々を懐かしむ寂しさ——その両方があってこその決意なんだなと。感情の機微がとても丁寧に描かれていて、心に残る回でした🌷